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失格教師と屋根裏の散歩者  作者: あまやどり
第二章 失格教師とワケ有り教師
24/51

失格教師と熱血教師の過去

【5月2日(火) 13:00】


 翌日の昼休憩に、俺は和清主任に呼び出された。図書室で待っていた主任は、いくぶん困惑気味だった。何があった?

「これを見てください」

 主任が差し出したのは、A4サイズのコピー用紙。右上にK高校の印字。左上に『処分の周知』と書かれている。日付は3年前のもので、中央にはツルハシの名前。


 『処分の周知』とは。昨日の自信の根拠はこれか。えらいものを手に入れたな!


 教師が不祥事を働いて処分された場合、近隣の学校にもその旨を伝達する。それが『処分の周知』だ。

 朝礼の時に当事者教師の名前と年齢、大まかな経緯と処分の内容が記述される紙を配り、周知を徹底する。要は「お前はこんなことするなよ」という釘差しだ。

 「被害者の今後の生活に配慮して」というお題目で、対外的には発表されないことも多かった。

 

 これは、K高校近隣の学校にのみ配布された『処分の周知』だろう。この場合の処分とは懲戒免職や懲戒解雇などの格別重い内容に絞られる。

「義弟が大阪府の高校に勤めてますから。訊いてみたら、配布されたこれを保管していました」

 3年前の周知事項を保管してるって、几帳面だな。まあ何かあったときのために書類関係を片っ端から保管しておくのは、教師あるあるだが。

 もちろん大阪府の教員でない俺がこれを見るのは違反だが、「うっかり目に入っちゃった」なら仕方がないよな、うん。

 だが大手柄のはずなのに、主任には困惑の色が強い。

「読んでみて下さい」

 紙を受け取る。


『処分の周知』 通達元:K高校


名前:鶴橋マサカズ

役職:教諭

処分:懲戒免職


 うん。これでツルハシが懲戒解雇されたこと判明した。


事由:当該教員は、1年生の女子生徒にわいせつな行為をしたとして、左記の処分を行うものとする。


……げっ! これは最悪だ。

 ツルハシは大阪の高校に勤務していたが、女子生徒にわいせつ行為をしたとして懲戒免職になっていた。

 欠格期間が明けた現在、非常勤で勤務していることは、法的には何の問題もない。が、法的に問題なくとも、もしこれが事実ならかなり良くない。なぜなら、数ある犯罪の中でも、わいせつ行為の再犯率はべらぼうに高いからだ。

 今回の暴走は、わいせつ目的の可能性が俄然高くなってきた。

 しかし、補習対象者は6人もいる。6人に補習をしていて、わいせつ行為をすることなんてできないと思うが……。


 和清主任と別れたあと、1人で考え込む。

 学校教職員の性暴力犯罪件数は、年間200件を超える。1日1件発生していると考えれば大概な数値だ。しかもこれは「公になった数」なので、水面下では何倍もあるんじゃなかろうか。


 性暴力が発生するまでには、4つの壁があるらしい。

 1つめは「動機」。ストレスであったり、性的興奮であったり。

 2つめは「内的バリア(良心)」。自分のやろうとしてる行為は良くないことだ、と判断する。失敗のリスクを恐れたりもこの壁である。

 3つめは「外的バリア(チャンス)」。そもそも対象に接近する機会がなければ犯罪は発生しない。

 4つめが「被害者の抵抗」。通報されてしまうかも、と考えるだけでも大変な抑止力になる。

 他の犯罪もこれに近いメカニズムだろうか。 一般的犯罪の場合、この4つの壁を乗り越えて犯罪に踏み切るのは勇気か狂気の力を借りる必要がある。


 例えば金欲しさに強盗を計画したとして。金が欲しい、という「動機」(1)があったとしても、捕まれば刑務所に行く(2)、大金がある所が分からない(3)、失敗するかも・通報されるかも(4)といった壁によって阻まれるわけだ。

 だが、学校での性暴力については、(3)と(4)の壁がかなり低い。獲物は常に職場にいるので、接近する機会がいくらでもある。教師と生徒は立場的に差があるため、服従させやすい。下校時刻に学校付近をうろつく不審者とは、ハードルがかなり違う。

 だからこそ教師の性犯罪は卑怯の極みともいうべき代物で、何が何でも食い止めなければならない。

 しかし現段階では、止める手立てすらなかった。



【5月2日(火) 15:40】


 掃除終わりに捨見が声をかけてきた。幸い今年度の掃除監督場所は体育館階段なので、周囲に人目はない。

「ラブレターもらっちゃった♪」

 捨見がにやにやしながら、スマホを見せてきた。ピンクの古いタイプの型だ。

「ん? テラスで持ってたのと違うスマホか?」

「2台持ってるもん」

 ポケットから、もう1台のスマホを出して見せた。こっちは最新のタイプだ。高校生の分際で、2台もスマホを持ってるとは生意気な。

「しかしこっちはちょっと古い型だな」

 液晶に亀裂も入っている。

 わざわざ2台持ち歩くことが理解できない。しかも1台は古い。

「い~じゃない、お気になんだから」

 そんなもんか。


「で、なんだっけ? 警察から果たし状でも来たか?」

 画面に映ってるのは「classroom」。リモート授業のため、ネットに設置されたページだ。クラスのページに生徒の個人ボックスがあり、教師は各生徒に通達を行う。

 生徒の携帯の番号聞くことは禁止なので、こうのでもないと教師は連絡に困るんだよな。


 【捨見 愛離子】のフォルダに、メールが届いていた。

「拡大してくれよ、字が小さい」

「メンドウだもん。読めるでしょ?」

 中年に小さい字は天敵なんだよ。

『5月4日15時30分より、成績不振者を対象にした補習を行います。予定のない者は、可能な限り出席するように:国語科より』


 やりやがった。もちろん俺は聞かされてない。このままだと埒が明かないと思って、先手を打ったな。メールというのがまた(こす)い。授業中に言ったりすれば、他の生徒の耳にも入る。書面にして渡すと証拠が残る。なので、チェックの甘いメールで、ってわけだ。

 しかも差出人は国語科全体。問題が表面化したとき、俺たちに責任を擦り付ける気満々だ。

「4日って、連休中じゃないか。何考えてんだ」

 仕事が山積しているので、連休に出身する教師はいくらでもいる。が、やはり意図的だよな。


 宿直室に移動する。なんだかんだ言いつつも、他人の目も耳も気にせず会話できるのはここしかない。

「他の生徒も確認してみるか」

 教師のパスを使用すれば、生徒のフォルダの内容物が確認できる。もっとも、確認は強制でも何でもないので、定期的に行っている教師なんていない。

「洋陽、庭津、須川、西園寺、埠頭の5人も同じメールが届いてるな」

「コレをチクっちゃえばいいんでないの?」

「“下書きを誤って送信してしまった”といか言ってしらばっくれるつもりだろ」

 でなければ送信者を「国語科」になんてしない。

 1つ確定したのは、和清主任や俺が舐められてる、ってことだ。


「報告しても、ツルハシは教頭のお小言をもらって終わりだ」

 そして、俺ら責任者は大説教をもらうことになる。

「えー? ヌルくない?」

「学校は“疑わしきは罰せず”の精神なんだよ」

 島国根性とか、触らぬ神に祟りなし、とも言うけどな。


「チクれば、今回のジャマはできる?」

「ああ。でもイタチごっこになるだけの気がする」

 少しの間大人しくしておいて、次の機会を待つだけだろう。いつどうやって起こすともしれない犯罪を予防するのは至難の業だ。

「それより今回、ツルハシ()の動きが知れたのは大きい」

 これは捨見の大きな手柄だ。犯罪を未然に防ぐのが難しいのなら、このアドバンテージを生かして決着をつけたい。


「これを機に、ツルハシを叩き潰す。売られたケンカを買ってやろうじゃないか」

 暴言吐かれたの忘れてないからな。俺の器は小さいんだ。

「へー、ヤル気たっぷしじゃない。乗ったげるわ」

 捨見が嬉しそうに微笑んだ。

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