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失格教師と屋根裏の散歩者  作者: あまやどり
第二章 失格教師とワケ有り教師
23/51

失格教師と酔っ払い


 和清主任の感じた違和感を憶えておくことにする。

「そして、指導希望が6名と」


2ーB 洋陽凛

2ーA 庭津陸我

1ーC 須川亜星

1ーA 埠頭レン

1ーA 西園寺雷人

1ーA 捨見愛離子


 ツルハシが授業で担当してるクラスの生徒だ。しかしおかしな点がある。

「C組はまだ分かるけど……」

「そうねえ。A組やB組に補習必要かしら?」

 和清主任も首をかしげている。


 S商は学力順にクラスを編成するので、A・B組は成績上位のクラスだ。成績不振の生徒なら、C・D組の方が多いはず。

 やっぱり、思惑は別にあるよなあ。


「気になることがあったら、あとで連絡します」

 さて、屋根裏の散歩者に補習のことを伝えてやるか。

【5月1日(月) 14:30】


「……お前はドコでナニしてるんだよ?」

 呆れてものが言えない。今回の密会場所は「テラス」。と捨見が言い張っている場所。


 校舎2階の廊下の真下部分に、張り出した箇所がある。一階玄関の(ひさし)になっている部分であるが、廊下には仕切りがあるので、授業中なら生徒の目に触れる危険はほとんどない。捨見はそこにチェアを置いて寝ころんでいた。

 グラウンドが一望できるが、角度の兼ね合いであちらからこっちを目撃するのは難しいだろう。こりゃあ死角だ。


「しょーがいないじゃない。宿直室に戻れなかったんだから」

 保健医が廊下で立ち話をしていて、宿直室に入ることができなかったからな。

 ツルハシの一件を説明した。

「ツルハシーって、どこのどなただっけ~?」

「お前の国語総合やってる教師な」

 自分が受けてる教科の教師の名前も知らない、というのはS商あるあるだ。

「ああ、あのヨッパライ」

「酔っ払い?」

「いっつも“俺っていい教師だろ?”みたいな自分に酔っ払ってるオーラがダダモレしてるもん」

 コイツ視点ではそうなのか。ハズレてない気がする。


「こっちまで悪酔いしそう」

 辛辣だ。でも今なら共感できる。

「で、そんな酔っ払いから補習のお誘いがきたわけだが」

「それって、別のコンタンがあるっしょ?」

 意地悪く笑って見せる。

「同感だ。熱意の暴走かと思ってたんだけどな」

 ネクタイを外せないので暑くて仕方がない。俺も何か飲み物を持ってくればよかった。

 

「S商をバカにしてるヒトが、S商生をバカにしてないはずがないもんね」

 飲んでいたコーラを手渡された。ちょっと悩むが、好意は素直に受け取ろう。……買収された気もする。

「熱血教師の看板に偽りアリ、だったわけだ」

 だから、生徒のための補習でないことは疑いようがない。

「日曜に学校に来て、ドロボーでもするつもりとか~?」

 屋根裏の散歩者が言い放つ。

「うーん、どうかな」

 経済状況を把握しているわけではないが、教師を何年も経験してる奴だ。未成年の財布を狙うなんて、間尺(ましゃく)に合わないと知ってるはず。そもそもツルハシの希望してる時間帯は放課後か土日で、生徒はほとんどいない。


「他人の物を盗もうなんて、とんでもない悪人ね!」

「鏡って知ってるか?」

 どの口で言いやがるか。

「アタシの縄張り(シマ)を荒そうなんて!」

「お前のシマじゃない、学校の領土だからな、いちおう」

 捨見は、俺が和清主任と書いたツルハシの略歴を読み始めた。個人情報だが、まあツルハシだからいいか。この辺、俺の性根は腐ってる。 


「3年も親の介護してたならエラいケド」

 年齢から逆算したら、3年教職から離れてたことになる。

「本当に介護してたんならな。ご両親はまだ存命らしい」

 和清主任の言葉から、虚言を疑っていた。

「親孝行を完結させるのはまだ先、と」

 親孝行の完結って。


 捨見からもらったコーラはぬるくなっていた。

「3年と言えば、アタシが学校占拠を終えて卒業するまでだもんね~」

「3年もいる気かよ!……3年?」

 3年という期間が、何か引っかかった。

「どしたの、ベンピ?」

「記憶を掘り起こしてんだから、茶々入れんな」

 ぬるいコーラを口に運びつつ瞑目する。3年が介護期間じゃなく、「教職に出られない期間」だったとしたら。

 すぐに思い出すことができた。

「欠格期間かもしれない」

 たしか、初任者研修で見た言葉だ。


「いいか、教師が悪いことをすると、懲戒免職になる」

「さすがにそれは知ってます~」

 頬を膨らませる。本題はこれからだよ。

「当然教員免許は失効する。が、失効しても3年で再申請可能になるんだ」

 失効してる3年間を欠格期間と呼ばれる。

「え~? 犯罪したのにまた教師やれるワケ?」

「非難がましい声を上げるが、お前も犯罪者だからな?」

 だが気持ちは分かる。

「教育職員免許法第5条に規定があるんだ」

 犯罪をしておいて、のうのうと復帰できるのはおかしな限りだと俺も思う。

「だからもう1度免許を取り、他県で再就職する教員はいる」

「じゃ、ツルハシーも3年待って敗者復活系?」

 おかしな名称を付けるな。

「確証はないけどな。ついでに違反でもない」

 学校は隠蔽体質だ。少々の不祥事なら、隠して転勤という措置を取る。なのに懲戒免職を食らったのだとしたら、相当なことをしたことになる。学校の信用をひどく傷つけたとか。


「つついたヤブからアナコンダが出てきたわね~」

「その言い方でいくと、1匹目のアナコンダはお前だけどな」

 しょうもない窃盗犯を捕まえようとして、屋根裏の散歩者を見つけちまったんだから。

「そのセンセのフルネームは?」

 捨見がスマホを出す。

「鶴橋マサカズ」

「検索しても出てこないねー。事件起こしてるなら記事になってるかもとか思ったケド」

 つくづく便利だな、ネット検索。新聞に載るような不祥事の類ではなかったんだろうか。


 放課後になった。本来今日は俺と酒石先生とキバヤシが進路に詰めてるスケジュールだが。

「九字塚先生、部活に行っても良いですか?」

 酒石先生が部活に行きたそうにしていた。お願いする前からジャージに着替えるなよ。こういった「甘え」の部分が俺と合わないんだろう。

「いいですよ。俺の方は副顧問がやってくれる日なんで」

 まあこれはとやかく言うことじゃない。酒石先生の仕事を俺がするわけじゃないしな

「ありがとうございます! カウンセリングとかで最近行けてなくて、部員に文句言われてて。あ、D高校に行って練習試合の打ち合わせもしなきゃ」

 言い終わるのと、部室棟の鍵束を取って部屋から出るのが同時。別にいいんだが、感謝が伝わらないな。


 放課後に進路で仕事をしてると、和清主任から内線がかかってきた。

『進捗どうなったかと思いまして』

 乗り気だな。進展と言うには心もとないが、「成果なし」も味気ない。3年の空白期間について話してみるか。

 幸い進路にいるのはキバヤシだけだ。キバヤシは他人に無関心なので、聞こえても問題ない。

カカシが突っ立てるようなもんだ。ま、カカシほど働き者じゃないけどな。

「……と、いうわけで、欠格期間の3年だったんじゃないかなあ、と。仮に懲戒解雇を受けてても、正統な手続きで再取得してるはずですが、あの怪気炎がちょっと気になって」

 落胆するかと思いきや、国語科主任の声は明るかった。

『最後の勤務校はK高校でしたね。府立の』

「そう言ってましたね」

 メモを確認しながら首肯する。

『ひょっとしたら、確認できるかもしれませんよ』

 おかしなことを言い出した。

『期待せずに待っていてくださいね』

 返事を待たずに内線は切られた。

 大阪府の高校だぞ。どうやって確認するつもりだよ。

 S商と親交はないし、あったとしても話してくれるわけがない。

 そもそもにして商業高校と普通科高校は、県内であっても連携しない。交流があったとしてもせいぜいが部活だけだ。


「また変なことに首を突っ込んでるんですか?」

 突然言われてびっくりする。意外なことだが、カカシは電話の内容をしっかり聞いてたらしい。

「外野から見物してる分にはそうでしょうけどね」

「見物客は多いですよ。もう教師の間じゃ有名になってるから」

 なんだか皮肉気な物言いだった。

「和清主任が嬉しそうに“名探偵九字塚先生が調査を開始しました!”って言って回ってましたから」

 主任、もっと年相応の落ち着きを持って!

 失敗した場合、その失態を多くの教師が知ることになるのか。

「僕はどうでもいいけど、恥をかかなければいいですねえ」

 コイツの器はお猪口ぐらいの大きさしかないな。他人が注目されると不機嫌になる。

 

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