失格教師と酔っ払い
和清主任の感じた違和感を憶えておくことにする。
「そして、指導希望が6名と」
2ーB 洋陽凛
2ーA 庭津陸我
1ーC 須川亜星
1ーA 埠頭レン
1ーA 西園寺雷人
1ーA 捨見愛離子
ツルハシが授業で担当してるクラスの生徒だ。しかしおかしな点がある。
「C組はまだ分かるけど……」
「そうねえ。A組やB組に補習必要かしら?」
和清主任も首をかしげている。
S商は学力順にクラスを編成するので、A・B組は成績上位のクラスだ。成績不振の生徒なら、C・D組の方が多いはず。
やっぱり、思惑は別にあるよなあ。
「気になることがあったら、あとで連絡します」
さて、屋根裏の散歩者に補習のことを伝えてやるか。
【5月1日(月) 14:30】
「……お前はドコでナニしてるんだよ?」
呆れてものが言えない。今回の密会場所は「テラス」。と捨見が言い張っている場所。
校舎2階の廊下の真下部分に、張り出した箇所がある。一階玄関の庇になっている部分であるが、廊下には仕切りがあるので、授業中なら生徒の目に触れる危険はほとんどない。捨見はそこにチェアを置いて寝ころんでいた。
グラウンドが一望できるが、角度の兼ね合いであちらからこっちを目撃するのは難しいだろう。こりゃあ死角だ。
「しょーがいないじゃない。宿直室に戻れなかったんだから」
保健医が廊下で立ち話をしていて、宿直室に入ることができなかったからな。
ツルハシの一件を説明した。
「ツルハシーって、どこのどなただっけ~?」
「お前の国語総合やってる教師な」
自分が受けてる教科の教師の名前も知らない、というのはS商あるあるだ。
「ああ、あのヨッパライ」
「酔っ払い?」
「いっつも“俺っていい教師だろ?”みたいな自分に酔っ払ってるオーラがダダモレしてるもん」
コイツ視点ではそうなのか。ハズレてない気がする。
「こっちまで悪酔いしそう」
辛辣だ。でも今なら共感できる。
「で、そんな酔っ払いから補習のお誘いがきたわけだが」
「それって、別のコンタンがあるっしょ?」
意地悪く笑って見せる。
「同感だ。熱意の暴走かと思ってたんだけどな」
ネクタイを外せないので暑くて仕方がない。俺も何か飲み物を持ってくればよかった。
「S商をバカにしてるヒトが、S商生をバカにしてないはずがないもんね」
飲んでいたコーラを手渡された。ちょっと悩むが、好意は素直に受け取ろう。……買収された気もする。
「熱血教師の看板に偽りアリ、だったわけだ」
だから、生徒のための補習でないことは疑いようがない。
「日曜に学校に来て、ドロボーでもするつもりとか~?」
屋根裏の散歩者が言い放つ。
「うーん、どうかな」
経済状況を把握しているわけではないが、教師を何年も経験してる奴だ。未成年の財布を狙うなんて、間尺に合わないと知ってるはず。そもそもツルハシの希望してる時間帯は放課後か土日で、生徒はほとんどいない。
「他人の物を盗もうなんて、とんでもない悪人ね!」
「鏡って知ってるか?」
どの口で言いやがるか。
「アタシの縄張りを荒そうなんて!」
「お前のシマじゃない、学校の領土だからな、いちおう」
捨見は、俺が和清主任と書いたツルハシの略歴を読み始めた。個人情報だが、まあツルハシだからいいか。この辺、俺の性根は腐ってる。
「3年も親の介護してたならエラいケド」
年齢から逆算したら、3年教職から離れてたことになる。
「本当に介護してたんならな。ご両親はまだ存命らしい」
和清主任の言葉から、虚言を疑っていた。
「親孝行を完結させるのはまだ先、と」
親孝行の完結って。
捨見からもらったコーラはぬるくなっていた。
「3年と言えば、アタシが学校占拠を終えて卒業するまでだもんね~」
「3年もいる気かよ!……3年?」
3年という期間が、何か引っかかった。
「どしたの、ベンピ?」
「記憶を掘り起こしてんだから、茶々入れんな」
ぬるいコーラを口に運びつつ瞑目する。3年が介護期間じゃなく、「教職に出られない期間」だったとしたら。
すぐに思い出すことができた。
「欠格期間かもしれない」
たしか、初任者研修で見た言葉だ。
「いいか、教師が悪いことをすると、懲戒免職になる」
「さすがにそれは知ってます~」
頬を膨らませる。本題はこれからだよ。
「当然教員免許は失効する。が、失効しても3年で再申請可能になるんだ」
失効してる3年間を欠格期間と呼ばれる。
「え~? 犯罪したのにまた教師やれるワケ?」
「非難がましい声を上げるが、お前も犯罪者だからな?」
だが気持ちは分かる。
「教育職員免許法第5条に規定があるんだ」
犯罪をしておいて、のうのうと復帰できるのはおかしな限りだと俺も思う。
「だからもう1度免許を取り、他県で再就職する教員はいる」
「じゃ、ツルハシーも3年待って敗者復活系?」
おかしな名称を付けるな。
「確証はないけどな。ついでに違反でもない」
学校は隠蔽体質だ。少々の不祥事なら、隠して転勤という措置を取る。なのに懲戒免職を食らったのだとしたら、相当なことをしたことになる。学校の信用をひどく傷つけたとか。
「つついたヤブからアナコンダが出てきたわね~」
「その言い方でいくと、1匹目のアナコンダはお前だけどな」
しょうもない窃盗犯を捕まえようとして、屋根裏の散歩者を見つけちまったんだから。
「そのセンセのフルネームは?」
捨見がスマホを出す。
「鶴橋マサカズ」
「検索しても出てこないねー。事件起こしてるなら記事になってるかもとか思ったケド」
つくづく便利だな、ネット検索。新聞に載るような不祥事の類ではなかったんだろうか。
放課後になった。本来今日は俺と酒石先生とキバヤシが進路に詰めてるスケジュールだが。
「九字塚先生、部活に行っても良いですか?」
酒石先生が部活に行きたそうにしていた。お願いする前からジャージに着替えるなよ。こういった「甘え」の部分が俺と合わないんだろう。
「いいですよ。俺の方は副顧問がやってくれる日なんで」
まあこれはとやかく言うことじゃない。酒石先生の仕事を俺がするわけじゃないしな
「ありがとうございます! カウンセリングとかで最近行けてなくて、部員に文句言われてて。あ、D高校に行って練習試合の打ち合わせもしなきゃ」
言い終わるのと、部室棟の鍵束を取って部屋から出るのが同時。別にいいんだが、感謝が伝わらないな。
放課後に進路で仕事をしてると、和清主任から内線がかかってきた。
『進捗どうなったかと思いまして』
乗り気だな。進展と言うには心もとないが、「成果なし」も味気ない。3年の空白期間について話してみるか。
幸い進路にいるのはキバヤシだけだ。キバヤシは他人に無関心なので、聞こえても問題ない。
カカシが突っ立てるようなもんだ。ま、カカシほど働き者じゃないけどな。
「……と、いうわけで、欠格期間の3年だったんじゃないかなあ、と。仮に懲戒解雇を受けてても、正統な手続きで再取得してるはずですが、あの怪気炎がちょっと気になって」
落胆するかと思いきや、国語科主任の声は明るかった。
『最後の勤務校はK高校でしたね。府立の』
「そう言ってましたね」
メモを確認しながら首肯する。
『ひょっとしたら、確認できるかもしれませんよ』
おかしなことを言い出した。
『期待せずに待っていてくださいね』
返事を待たずに内線は切られた。
大阪府の高校だぞ。どうやって確認するつもりだよ。
S商と親交はないし、あったとしても話してくれるわけがない。
そもそもにして商業高校と普通科高校は、県内であっても連携しない。交流があったとしてもせいぜいが部活だけだ。
「また変なことに首を突っ込んでるんですか?」
突然言われてびっくりする。意外なことだが、カカシは電話の内容をしっかり聞いてたらしい。
「外野から見物してる分にはそうでしょうけどね」
「見物客は多いですよ。もう教師の間じゃ有名になってるから」
なんだか皮肉気な物言いだった。
「和清主任が嬉しそうに“名探偵九字塚先生が調査を開始しました!”って言って回ってましたから」
主任、もっと年相応の落ち着きを持って!
失敗した場合、その失態を多くの教師が知ることになるのか。
「僕はどうでもいいけど、恥をかかなければいいですねえ」
コイツの器はお猪口ぐらいの大きさしかないな。他人が注目されると不機嫌になる。




