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失格教師と屋根裏の散歩者  作者: あまやどり
第二章 失格教師とワケ有り教師
22/51

失格教師と誘導尋問

【5月1日(月) 13:15】


 昼休憩に、俺と和清主任は鶴橋先生と話をした。揉めると風聞が悪いので、場所は図書室。

「どうしても駄目ですか?」

 鶴橋先生は不満を隠さない。  

「代わりに俺が放課後とかに補習をしますよ」

 不本意な残業だが、妥協点はこのぐらいだろう。

「いやいや、だって九字塚先生、僕のクラスの生徒のこと、把握してないでしょ?」

 おいおい。この期に及んで贅沢言うなよ。いつまで平行線を続けるつもりだ。なんだか腹が立ってきた。この無駄な時間は誰のせいだと思ってるんだ。

「教育熱心は大いに結構ですが、非常勤にはどうしたって無理ですよ。また正教員になってからやってください」

 このぐらい言ってもバチは当たらないだろう、と振り回された分、強めに言った。


 だがどうやらこの発言が、鶴橋先生のプライドをいたく刺激したようだ。

「……言いますねえ。僕は九字塚先生より8歳も年上のはずですがねえ?」

 一変険悪な雰囲気になる。が、この程度の絡みに動揺していては、S商教師は勤まらない。

「でも責任取るのは俺と和清主任じゃないですか」

 まず、責任を取れる立場になってから提案すべきだろうに。鶴橋先生ははっきりと舌打ちをした。

「僕はW大卒だけど、アンタはどこを出たんんです?」

 かなり高圧的な物言いになった。悪かったな、どうせFランだよ。

「僕は32歳まで大阪で8年間教師をやってた。しかも最後はK高校だ」

 福島主任から聞いた経歴だ。どんなに自慢しても、過去の栄光にすがってるみたいで見苦しい気がするんだが、俺のひがみか?

「今はただの非常勤でしょ」

「教員採用試験ごときに合格しない能無しが、僕に意見するんじゃないよ!」

 突然怒鳴った。豹変ぶりに温和な和清主任は目を白黒させている。

「しかもK高校で教鞭をとってた僕に、底辺の“商業高校ごとき”が指図するな!」

 どうやら、自分の怒りで暴走するタイプらしい。しかし“商業高校ごとき”とは聞き捨てならない。普段の言動と違い過ぎるだろコイツ。


「本来なら金を取れる授業を、S商生ごときにボランティアでしてやろうってんだ、何の文句があるんだ!」

 相手が怒れば怒るほど、こっちは頭が冷えて冷静になってきた。豹変した、ってよりも、こちらの方が本性なんじゃなかろうか。


……一気に不穏な気配がしてきたぞ。こんなバカにしてるS商生相手に、普通補習をしたいなんて思うか?


「前にアンタの授業を見学したときも、偉そうな態度ばかりで――」

 補習ではなくて、何か別に狙いがあるんじゃないか?


――待て待て。だとしたら、いまのこれはチャンスじゃないか? コイツはアンガーマネジメントができないタイプだ。この機会に本音を引き出してやれ。


「そこまでの熱意なら、教頭先生に掛け合っても良いですよ」

 出し抜けに言ってやった。

「ええ?」

 驚く主任。そこは馬鹿正直に受け取らずに合わせて欲しい。

「さすが九字塚先生、僕が見込んだ通りの教育者だ!」

 俺はとっくにアンタを見損なってるけどな。いまさら手の平かえされても。


「では補習希望の日時と、補習対象の生徒の名前を教えてください」

「そ、そんなこと報告しないといけませんか?」

 途端に難色を示す。やっぱりこいつ、何か隠してるな。

「当たり前でしょう! 教頭を納得させないといけないんですよ」

「わ、分かりましたよ」

 しぶしぶ話し始めた。補習をエサに、情報を引き出せるだけ引き出させてやる。

 なにやら熟考したあと、

「ええと、2ーBの洋陽(ようひ)

「下の名前は?」

「……忘れた」

 うっさんくせえ。

 だが、後は停滞無く名前を上げていく。

「Aの庭津陸我(にわつ・りくが)。1-Cの須川瀬亜(すがわ・せあ)。1-Aの西園寺雷人(さいおんじ・らいと)。1-Aの埠頭(ふとう)レン」

 名前を控えた。けっこういるな。

「あと、1ーAの」

 まだいるのかよ。

捨見愛離子(すてみ・ありす)

――はあ?


 思わず絶句した。

 え? す、すてみ? なんであの屋根裏の散歩者の名前が出てくるんだ?

「どうしたんですか?」

 硬直してる俺に(いぶか)し気な視線を送るツルハシ。おっと、いかんいかん。


 だがなぜ捨見の名前が出てくるのか、気になってしかたがないじゃないか。

「この捨見というのはどんな生徒でしたっけ?」

 不自然に思われないように、知らないふりをして訊ねる。

「A組の不登校の子です。リモートで授業は受けてるんですが。これを機に、学校に来るようにできたらな、と思いまして」

 善意に思える。先の「感情の発露」さえなかったら、の話だけどな。

 どんなきれいな川だって、一度水底に腐乱死体が沈んでると分かったら、水を飲もうなんて思わなくなる。


「お願いしましたよ。では僕は忙しいのでこれで!」

 重役みたいな物言いで出てゆくツルハシ。

「ほ、本当に教頭先生に掛け合うんですか?」

 和清主任まだ真に受けてたのか。

「安心してください。調子に乗らせて情報を引き出したかっただけですから」

 メモ帳をヒラヒラ振って見せると、ようやく主任は安堵した。管理職は気苦労が絶えないな。

 臨採が教頭に意見なんてできるもんか。竹やりで太陽に挑むようなもんだ。


 なお、学校のトップと言えば校長だが、基本はただのお飾りだ。実働したり人事を掌握してるのは教頭の方。

 時代劇だって、偉いだけの悪代官より悪徳商人の方が有能だしな。この譬えだと、臨採の俺は悪徳商人の丁稚(でっち)になっちまうか。


「鶴橋先生の言動はかなり怪しいです。学校に迷惑かける前に、俺たちで下調べしといた方がいいと思いまして」

「名探偵九字塚先生の出番ですね!」

 パン、と両の手の平を合わせる。

「め、名探偵?」

「タブレットの盗難事件を解決したの九字塚先生でしょう? ちょっと噂になってますよ」

 巻代先生の話を信じちゃったのか。どうでもいいが、名探偵九字塚先生って。称号と役職をかぶせないでくれ、めんどくさいから。


「国語科全体の問題ですから協力しますよ」

 名探偵は不本意だが、説明が手軽に済むのはいいことだな、うん。

「聞き出したことをまとめてみましょう」

 役に立たない可能性も高いが、仕事も勉強も推理も無駄の積み重ねだ。ここが図書室で良かった。進路指導室でナイショ話なんてできないからな。

「ええっと。大阪に32歳まで8年いたっていってたな。K高校勤務とか」

 24歳で教師になって、32歳まで働いていたようだ。W大卒だが、どこかで浪人してるのか。

「K高校は淀川区の府立高校ですね」

 和清主任が教えてくれる。

「よく知ってますね」

 俺は隣県の高校の場所さえ知らないぞ。

「夫の実家が大阪府内にあるんです。K校に勤務してたわけじゃないですけど」

 旦那の実家も、教師の家系なわけな。


 教師の家族は教師であることが多い。教師同士が職場結婚したら、相手の両親も教師だった、なんてのはよく聞く話だ。

 俺が親だったら、子どもに教師なんて絶対に勧めないけどな。


「親の介護で、辞めてこっちに帰ってきたとか、面接で言ってましたねえ」

 福島主任の証言と一致している。それでも正教員が非常勤で再出発、というのはなかなか聞かない話だ。

「で、少し前にF市(ココ)で非常勤登録したと。今でも介護継続中ですかね?」

「少なくとも、私は報告受けてないわねぇ」

 学校社会では非常勤も臨採も、身内に不幸があると上役に報告するのが常だ。

 葬式や法事は非常勤でも特休が認められることがあるし(勤務時間制非常勤講師などの場合)、亡くなったのが扶養家族ならば事務の書類に変更が必要になるかもしれないからだ。

「でもねえ」

 和清主任が思案顔で続ける。

「はい?」

「私もお婆ちゃんのやったことあるから分かるんだけど、介護って大変なのよー」

「そうですか」

 ヤングケアラーとか老々介護とか、介護を巡る問題は深刻だ。

「満足に寝ることもできないし、なによりいつ終わるか分からない、っていうのは心が磨り減るのよー」

 ためになる話だが、脱線してないか?


「でもね。どうも鶴橋先生からは、介護の生活疲れを感じないのよねえ」

どうやら俺の考えが浅かったようだ。

「いつもシワ1つないパリッとした格好でハツラツとしてて、介護のストレスを感じないの」

 経験に勝る財産はないと痛感させられる。俺1人ではこの視点はどうやっても捻りだせない。頭の片隅に刻んでおこう。

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