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失格教師と屋根裏の散歩者  作者: あまやどり
第二章 失格教師とワケ有り教師
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失格教師と非常勤講師の履歴

「九字塚先生、ちょっといいですか?」

 国語科主任の和清主任が進路指導室に顔を出した。温厚な性格の46歳。去年他の高校から転任になって、S商のあまりの世紀末ぶりに目を回した女性。図書室責任者でもある。

「ここでいいですか?」

 1時間目は進路指導室に詰める業務なので、空けるのは良しくない。主任はちらりと酒石先生を見た。さしもの拡声器(おしゃべり)の酒石先生も、クレームにかかりっきりだった。こちらを窺う余裕はない。

「隅っこの席でお話しましょう」

 それでも距離を空ける慎重派。

 イコール、ロクでもない相談をされるってことだな、はあ。


「非常勤の鶴橋先生なんですけれど」

 やっぱり鶴橋先生か。俺と鶴橋先生で2年の授業を見てるから、名目上国語科2年の責任者は俺ってことになる。鶴橋先生の方が年齢も上なんだが、役職>年齢の不等式は社会の常識。

 和清主任は国語で「最終的に責任をとらされる人」。一番損な役回りだ。

「何か言ってきました?」

「“補習に使いたいから、放課後図書室を使わせてくれ”と」

 うわあ、また面倒なことを。

 S商の図書室は普段生徒がほぼいない。本に興味ある生徒が少ないんだろう。静かで広く、自習にうってつけだ。


 図書室詰めの教師は、隣接した部屋で業務をしている。ドアで繋がっていて、(滅多にいないが)本を借りたい生徒が声をかけてきたらカウンターに移動する。

「17時までですか?」

「はい。下校時刻まで」

 S商は15時30分から放課後となり、17時には下校となる。まあ、土日だろうが放課後だろうが、非常勤のサビ残が認められるはずがない。


 どこの高校も予算は不足してる。コロナ最盛期なんかには、消毒液を買う予算さえ出なかった。必要性の疑わしい補習にひねり出せる予算はないわな。


「百歩譲って補習するにしても、教室でやればいいだろうに」

 百歩さがった先は地獄の一丁目だけどな。図書館責任者の和清主任を巻き込むなよ。

「放課後の教室はやかましくて補習に適さないとかで」

 覇気無く熱意無く授業に出てるくせに、放課後になってもダラダラ教室で話をして帰らない生徒はたくさんいる。その会話は8割がた良識人が聞いてられない類のものだ。補習には最悪な環境ではあるな。

 だから図書館での補習がOK、ってわけではない。


「一理あるだけで道理はないですね」

 鶴橋先生のしつこさに呆れた。

「朝礼で教頭先生に却下されたばっかりなのに」

「それが……」

 言いにくそうな和清主任。

「“教頭先生には黙っててくれ”と……」

「げっ、無断で補習を?」

 無許可でやるつもりかよ? それなら俺らにも黙ってやれよ。あ、いや、責任問題になるから駄目か。

「断ると、勝手に補習しそうで怖くて」

 もっともな懸念だ。暴走する危険があるか。

「今度は俺も立ち会いますから、キッチリ因果含めときましょう」

 年上だから、強いこと言いにくいんだよなあ。大阪で正教員をしてた時期があるらしく、おそらく経験年数は俺より長いし。

  授業も上手で、生徒あしらいも上手い。独断専行を除けば、文句のない人材なんだけどなあ。



【5月1日(月) 11:03】


「鶴橋大車輪だったな」

 巡回のときに、さっそく話題に上がった。福島主任が愉快そうに言うが、こっちは他人事じゃない。

「大車輪っつーか、地獄車ですよ。転落してくだけだから」


 各教室を見て回るが、空席が目立った。1クラスに5、6人は休んでいる。

「あいかわらず欠席が多いですね」

「コロナを理由にすれば、楽勝で特欠(特別欠席)にできるからな」

 コロナは現在二類感染症なので、学校での扱いは欠席ではなく特別欠席となる。特欠は通常の欠席とは異なり、欠席扱いにならない。


 しかも、朝電話で「熱が37℃以上ある」と言えば、すぐに特欠にしてもらえる。無理して学校に来させて、コロナが学校中に感染しました、ではシャレにならないからな。だから怠惰なS商生の中には、「休まにゃ損損」という不心得者が後を絶たない。


 まあコロナは鎮静化しつつあるし、五類感染症にまで格下げされるという噂だ。そうなればこんなズルもできなくなる。

 欠席が多いと、相対的に捨見の欠席が目立たなくなることがわずかなメリットだな。



「この光景もあと1,2年ですかね。目下の悩みは鶴橋先生ですけど」

 話柄が鶴橋先生に戻る。

「あの人正教員の経験あるんだろ?」

「え、なんで知ってるんですか?」

 非常勤の場合、「科目が違えば何も知らない」が当たり前だ。

「採用面接、俺と和清さんでやったから」

 非常勤も形だけの採用面接を行う。福島主任は商業科目の簿記実務とマーケティングの担当だが、人を見る目が確かなので駆り出されたんだろう。

 有能だと大変だな。俺はヒマな無能でいいや。


「たしかW大卒で、しばらく大阪で教師やってたとか言ってたぞ。K高校に勤務してた、と誇らしげに言ってたな」

 うお、6大学か。しかもあの、偏差値70超えの名門校に勤務。堂々たる経歴だ。そりゃ自慢したいだろうな。

「なのに今は非常勤ですか?」

「“親の介護のため地元に帰った”だそうだ」

 本当なら感心な話だ。


 1年A組を通りかかると、当の鶴橋先生が授業をしていた。捨見は当然欠席中。他にも2つばかり席が空いているが、他のクラスに比べると随分マシな欠席率だ。

 すぐに鶴橋先生と目が合った。授業の邪魔をしないように、お互い目礼をかわす。

 少しだけ見学したが、授業の手腕は確かなものだった。生徒に頻繁に質問し、時に冗談を言って笑い合う。生徒受けも上々。クレームの出にくい先生は、それだけで学校にとってはありがたい。

 あまり覗き込んでると授業の邪魔になるので、見学もそこそこに巡回を再開した。


「しかし何年も正教員経験があるんだったら、非常勤の補習なんてできると思わないはずなんですけどね」

 そこが腑に落ちない。福島主任は指を立てた。

「可能性1。“優秀な自分なら認められると思ってる”」

 まあ、言動の端々から自信が「源泉かけ流し」な御仁だとは思う。

 教師という生き物は自我が肥大する傾向にある。 

 生徒から常に「先生」と敬われることで、尊大になる。「自分は特別」と他人に上から目線で接するようになる。


 困るのは、その傲慢さが学校の生徒だけではなく、例えば隣人や知り合いなどの「対等な関係の大人」にまで発揮されることだ。

 結果として教師は「偉そう」とか「社会性がない」とそしられることになる。

 伊達に10年連続「近所に住んで欲しくない職業」2位にランクインしてるわけじゃあない。

 なお、不動の1位、みんなの大好きな嫌われ者は警察官。


「可能性2は?」

 2本目の指を立てて質問する。

「生徒に感情移入しすぎて、教師の立場を忘れがちになってる」

「友だち教師ですかい」

 酒石先生のような、生徒と仲良くなってトモダチ感覚で付き合うようになる教師のことだ。


 なお、友だち教師は100%失敗する。子どもは、不利になれば平気で大人を裏切るからだ。大人と子どもの間に友情は成立しない。


「教育に熱心になりすぎて、暴走に気付いてないと」

 こればかりは学歴も経歴も関係ないか。給料以上に頑張って疲れないもんかな。

「いずれにしろ、歯止めは必要だな。ってことで」

 主任肩をポンと叩かれた。

「……やっぱそうなります?」

 和清主任は腰が重い。かといって放っておけば国語科全体の責任問題に発展することが目に見えてる。貧乏くじを引かせる役は、臨採が適任ってか。

 嫌だなあ、見えてる地雷を踏みに行く気分だ。



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