失格教師と問題校
教師視点の学園日常もの+軽めのミステリです。残酷描写はありません。
更新は早めの予定。流行りとかガン無視です(笑)
好みが合う方はお付き合いのほどを(/・ω・)/
【4月24日(月) 11:50】
泥棒を探して入った、誰もいないはずの宿直室。
「あら、九字塚センセ、どしたの?」
そこには、学校に住み着く女子生徒がいた。
呑気に昼飯を作っているエプロン姿を見て愕然とする。
これが俺と、『屋根裏の散歩者』との出会い、そして腐れ縁の始まりだった。
【4月24日(月) 8:13】
「あーあ。いますぐ隕石が落ちてきて、校舎を破壊してくれないもんかな」
俺は職員専用駐車場から校舎を見上げて、物騒な空想をする。
「やっぱり、教師なんかなるんじゃなかった」
ここに勤務するようになって以来、こうやってぼやくのがすっかり日課になってしまった。
まあ、ぼやけるのも今のうちだけだ。一度校舎に入っちまったら最後、便所の独り言でもこんなこと言えなくなる。
休憩時間に「あのクラスの授業行きたくねえ」の一言を上司に聞かれただけで厳重注意、なんて事例は腐るほどあるからな。
重い足取りで向かうはH県立S商業高校。創立60年の年季が入ったオンボロ校舎だ。
この高校は、
「最底辺の受け皿」
「名前を書けば受かる」
「近所の店舗10軒が生徒を出禁にしている」「H県一荒れている高校」
と悪評に事欠かない。
で、これらはどれも事実のため、陰口ではなく単なる事実の羅列に過ぎなかったりする。
ココに勤める教師は、知性よりも忍耐と根性と何よりも寛容の精神が必要だ。そんなものが備わってるんなら、教師なんぞよりも悟りを開くことを目指した方が早そうだが。
勤務校がココだと知ったときには、どんだけ辞令を断ろうかと思ったことか。
いやいや、不毛な考えは止めて、そろそろ気持ちを切り替えよう。教育理念とか使命感とかやりがいなんてどうでもいいが、商売なんだから。
「……最近頻発してるとかいう強盗団が入って、臨時休校になってくれないもんかな」
ただし、俺は往生際が悪かった。
まずは職員室へ。廊下で生徒たちとすれ違った。
「おはよう」
呼びかけると、
「おはよーございまーす」
元気な挨拶を返してくれた。早い時間帯に登校してくる生徒は、キチンと挨拶を返してくれるから気持ちがいい。ただし、S商で挨拶を返してくるのは全校生徒の3割ぐらいだ。
背後に注意しながら階段を上る。S商では、教師が階段を利用するときは常に背後に注意を払っておかなきゃいけない。タチの悪い生徒にいきなり腕を掴まれて、引き倒されることが稀にあるからだ。力の弱く性格が悪い女子なんかは、傘の柄を襟首に引っ掛けて倒そうとするから、悪質極まりない。
これぞS商名物『袖引き』……って、そんな物騒な名物があってたまるか!
いや、実際にあるから厄介なんだが、何かが狂ってる。
先輩教師から「階段を利用するときは、背後に気をつけろ」なんて言われたときは、「ゴルゴかよ!」と笑ったもんだが。
まったくもって冗談じゃなかった。これまでに数名の教師が怪我している。
恐ろしいのは、ここまでのことをする動機が恨みや怒りでなく、ただの「悪ふざけ」という点だ。
ノリで殺されてたまるか!
なお、この手の学校内で起こった教師が巻き込まれる事件は、学校側が隠蔽しちまうから世間に漏れることが少ない。闇から闇へ。反社組織の構成員が蠢くことで有名な、R川風俗街の路地裏よりもある種物騒な界隈だ。
注意を払いつつ階段を上っていると、背後から足音がする。とっさに袖を引き寄せて身構えた。
「センセー、おっはよーっ」
掴まれることはなかった。追い抜いてゆく女子生徒が1人。階段を2段飛ばしに駆け上がっていく。
「こらこら、階段を駆け上がるんじゃない」
女子生徒が足を止めて振り返った。肩までの髪を怒られない程度に脱色していて、すらりとした体型。
見慣れない生徒だ。胸のプレートには、
【1ーA 捨見】
とある。
1年の生徒はあまり把握していないんだよな。教師は『担任や副担任をしている学年』の行事担当になる。俺は2年C組の副担任だから、2年生の修学旅行や体育祭の担当だ。
だから1年生は、授業で担当してるクラスの生徒ぐらいしか憶えていない。
「ごっめーん。急いでたから~」
S商でちゃんと謝れる生徒は貴重だ。
「あと、スカート短すぎだ。そんなんで走るな」
S商は生徒の7割が女子で、服装や髪型の違反は日常茶飯事だ。面倒がって見逃す教師もいるが、不思議と後で“見逃し”が発覚するケースが多い。あまりにも多いので、「生徒の中に教頭のスパイがいて、故意に違反してみせて見逃した不真面目教師を密告しているのではないか」なんてデマが流れたぐらいだ。
なお、女子生徒の多さに「華やかでいいな」とか部外者に言われたりすることがあるが、そいつらはS商の実態を知らない。ウツボカズラやムシトリナデシコみたいな食虫植物が群生してて、華やかに見えるか?
「お、スカートの中見たい? オープンセサミ?」
スカートの裾をつまんで挑発しやがる。
「やめてくれ。冗談の通じない教師なんて、つくだ煮にするほどいるんだぞ」
こういう挑発には、取り合わないに限る。
「ぶ~、つまんな~い」
口を尖らせる。つまんなくてけっこう。
「すぐに直しとけよ。生徒指導室行きはイヤだろ?」
「は~い。ではでは~」
手を振りながら走って行った。
よし、一応注意はしたからな。あとは俺の責任じゃない。
俺の忠告は、成分の9割が世間体で構成されている。
それにしても、生徒が朝に東側の階段を使うのは珍しい。生徒用下足箱のすぐそばに、教室直通の西側階段があるのに。
ここにくるまでに保健室や進路指導室があるから、どうしたって遠回りになる。朝練でもやってたんだろうか。
「おはようございます」
職員室に入ると、同僚教師たちに軽く挨拶をしながら通る。俺のデスクは職員室の真ん中。
職員室では、同じ学年の担任副担任がデスクを集めて通称“島”を作る。職員室のど真ん中が、2年担当教師のデスクの塊、通称“2の島”だ。俺はいつも「シマ」って聞くと「縄張り」の方を連想する。
座ると同時にパソコンの電源をオン。ここの教師は電源を入れることがタイムカード代わりになっているので、出勤したらまずやることがこれ。忘れると遅刻扱いにされるから深刻だ。
パソコンは全教師に支給されている。いまや出欠も成績もパソコンで管理する時代。パソコンとは別にタブレットも貸出されている。
引き出しからネームプレートを出して首にかけた。プレートには、
『臨時採用教員 九字塚恭二』
と印刷されている。
臨時採用教員。それが俺の役職だ。
学校の教師には「正教員」と「臨時採用教員」と「非常勤講師」の3種類がある。
正教員とは、教員採用試験を合格した教師のことで、たいていの部外者が思い描く「教師」はこれだと思う。
非常勤講師は授業だけを受け持つ役職。担任や部活の顧問などをすることはなく、卒業式とか体育祭などの学校行事に参加する義務もない。が、同時に年金や保険もない。要は1年契約の時間給だ。
一方、俺のやっている臨時採用教員は、担任も部活の顧問もする。年金も保険もかけてもらえる。ボーナスも出る。正規の教員と同じ責任と待遇だ。ではなにが違うかと言うと、雇用期間が違う。
臨時採用教員は、名前の通り「臨時」。契約期間は1年と決まっていた。学校側と円満な関係が築けていれば、「じゃあ来年も契約を」と言ってもらえるが、学校側の都合で「今年で契約打ち切りです。さよなら」と言われて来年から職にあぶれる不安が常に付きまとう。
正教員と同じ待遇と責任でありながら、不安定な立場。それが臨時採用教員だ。
臨時採用教員は教員採用試験に合格しなくとも、名簿に登録するだけで就ける。だから臨採は教員採用試験に合格するまでの腰掛けに過ぎない、という心づもりの教師は多い。何せ不安定だからな。
だが中には、教師を一生やってく踏ん切りがつかないから、臨採で足踏みしてるなんてハンパ者もいる。俺のことだ。
踏ん切りがつかない理由は、ひとえに教師という職業の過酷さにある。世間一般じゃあ教師はブラックな仕事って認識だろうが、それはまったくもって間違ってない。月80時間の残業が過労死ラインとして、180時間以上の残業を強制する企業なんてそうそうないからな。
しかも、就労者の150人に1人が精神に病気を抱える職業なんて他にあるか? ブラックを通り越して暗黒だ。
……なんて、教師を散々にこき下ろしてる俺が、じゃあなんで教師なんかやってるんだ、といえば、将来への見通しが甘くて就活に失敗したからに外ならない。
出身がいわゆるFラン大学だったせいか、あるいは俺の世渡り下手が原因か。就職活動にことごとく失敗した。まあコレには、大事な大事な就職活動の初動時期が、教育実習と丸かぶりしてる現状にも原因があるとは言いたい。
それで、どうにか活かせそうな資格は、親の強い勧めでしぶしぶ取得した国語科教員資格しかなかった、ってオチだ。
だがこんなブラックで一生働く決心がつかずに、臨採で様子見を続けている非常勤2年、臨採3年目の27歳。
……つくづく自慢にならん経歴だ。
舞台のS商はモデルにした高校が存在します(/・ω・)/
が、モデルにした高校はS商より3割増しで荒れています(/・ω・)/