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樹海暮らしの薬屋リヒト  作者: 高崎閏
第一章
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閑話02 樹海暮らし2

※本編とは時間軸が異なります。

※シキと出会う前のリヒトの話。

 目的地として目指していた、採取場所に辿り着いた。巨木が幾つも連なるその場所は、真昼間なのに霧が残り、今は真上にあるはずの陽光も僅かしか届かない場所だった。


 足場も木の根がうねうねと巡っているため、乗り越えたり、くぐったりと、進むのも楽では無い。


 リヒトが少し息を上げ始めても、共に進むモノケロースは四足で器用に巨木の根を越えていく。


「さすがは樹海の住人……、でも、私だって、ここに住んでだいぶ経つんです、よ……よいしょ!」


 リヒトを四人束にしても足りないほどの根をどうにか乗り越えて、リヒトの目にそれが飛び込んできた。


「……これ、は」


 木々が陽光を遮り、ほの暗い場所だったはずなのに、その場所だけは天から一筋の光が差していた。まるでそこにある何かを守るように木々の根はうねり、行く手を阻んでいたかのようだ。


「光の祝福、ルクペルトゥス」


 すっと伸びる茎の先に花をつける植物だ。花期には葉が無いので茎に対して、非常に花弁が重そうに見えるが真っ直ぐに茎は天を向いている。


 花の形は散形花序に分類され、放射状に花柄を持つ花がついている。リボンのように白い花弁は、ほの暗い森の中で光を受けて花自らが発光しているかのように見える。


「美しいものには毒があるとはまさにこういうことなんだろうな……」


 光が拡散するかのような真白いリボン状の花弁になぞらえて、ルクペルトゥスと名付けられたその花は、生き物が口にすると害をなす花だった。処理の仕方次第では生薬となるが、得られる効果は咳止め薬なので、それは栽培しやすい他の薬草からも得られる効能だ。


 リヒトは根を乗り越えて行き、花にもう少し近づいた。ルクペルトゥスは光が差し込むその場所以外にも木の根の隙間の大地に、数本ずつまとめて花を咲かせていた。薄暗い周囲に白く浮かび上がるその花たちは、まるで道標のようにさらに樹海の奥深くへと誘っているようだ。


 自作の地図を埋めるために、もう少しだけ歩みを進めてみると、後ろから着いてきていたモノケロースが嘶いた。


「……びっくりした、ありがとうね」


 モノケロースはリヒトの鞄の紐を咥えて、進む足を止めてきた。


 木々の根と蔓延る霧で気づくのが遅くなったが、地底変動の影響か、魔の森の影響か、はたまた元々だったのかはわからないが、樹海はリヒトの目前で突然終わり、足元には大地の裂け目があった。崖下は光が届かずに闇をたたえており、霧の先にうっすらと見える対岸は樹海がまた続いていた。


 木の根は花へと導くように。


 花は闇へと導くように。


 魔の森はこうして容易く生き物を闇へと取り込もうとしてくる。蔓延る霧も、巨木の根も、美しい花に毒があるように、それらもまた別の意味を孕んでいるかのようだ。


 リヒトはふぅ、と息をつくと梢の隙間から差す陽光の角度からおおよその時間を割り出した。


 昼食をとってから数刻は経ってしまった。そろそろ帰路へとつかなければ、日暮れ前に我が家へと帰れなくなってしまう。


「次の時はこの裂け目がどこまで続いているのかを確認するか」


 リヒトは大地の裂け目から引き返し、手近な花の近くへと向かう。


 鞄から布手袋と麻袋を取り出すと、花の根元の土を掘り起こした。ころりとした球根を傷つけないように一輪の花を、根ごと収穫する。根と茎の部分が覆えるように丁寧に麻袋に入れると袋の口を縛り、花だけが袋から出ている状態で鞄に袋を縛り付けた。


「よし、帰るか。今日は道中、共にしてくれてありがとう、本当に助かったよ」


 モノケロースの鬣を撫でると、返事をするかのように嘶いてくれた。


 リヒトは来た道と同じ道を辿り、モノケロースと付かず離れずの距離で自宅へと向かった。






 自宅付近の小川でモノケロースに再度、御礼の密煮を食べてもらい、リヒトは家へと帰り着く。


 桶に井戸から汲んだ水を貼り、 採取してきたルクペルトゥスを麻袋から取り出して球根を水にさらす。


 その他道中で採取してきた薬草はウッドデッキにて日が落ちるまでは乾燥させる。


 一通り干し終えたあと、ようやくエントランスから室内へと入り、厚手の上着や外履きを自室で着替え、楽な服装になる頃には夕焼けの時分になっていた。


 暖炉に火をいれて、部屋を温めつつリヒトは薬草保管室の机に手書きの地図を広げ、今日辿り着いた大地の裂け目を新たに地図に追記していった。


 そして道中で採取した薬草たちを大まかに記入し、最後に巨木の根が張り巡らされたルクペルトゥスの咲く場所を記して一息つくと、ランプが必要な程に室内は薄暗くなっていた。


「わっ、薬草を仕舞わないと」


 リヒトはペンを置き、インク瓶に蓋をして慌ただしく保管室を後にする。エントランスから外に出ると、ウッドデッキに広げていた薬草を籠にいれ、日干しの続きは明日へと持ち越すことにした。


 水に晒していたルクペルトゥスも、一先ずエントランス内に桶ごと移動させ、これの植え付けも明日にすることにした。


 明日やることを指折り確認しつつ、一階のランプを付けて回る。


 程よい疲労感に、もうこのまま湯浴みをして寝てしまいたくなるが、夕餉にしなさい、と食事を摂ることを執拗に厳命してきたマギユラの顔が浮かび、リヒトは律儀にもそれを叶えるべく調理場に立った。


 特にこだわりはないので、古くなりそうな食材から順に手に取る。芋類と腸詰、それと半端な葉物野菜が目に付いたので全て鍋に入れて、スープにすることにした。


 二人前ほど拵えたので、残りは明日に食べることにして、一人前を皿に取り分ける。


「一人分って作るのが面倒だよねぇ……」


 自炊するのが面倒くさいな、と感じて七日ほど水とパンで暮らしたときに、マギユラに激昂されたことがある。あの時は明らかに頬が痩けてしまい、誤魔化すことが出来なかった。


 その事があってから以降は、配達の頻度が上がり、尚且つ食材がこれでもかと納品されるようになってしまった。


『少しでも食材たちを腐らせてしまったら、樹海暮らしはそこで終了だからね!? ちゃんと食べて消費すること!!』


 わかった!?と、遥かに年下の女の子から叱られてしまうなんて。あの時のマギユラの剣幕が忘れられない。当の本人はブチ切れていたが、リヒトは当時を思い返して苦笑してしまう。


 植物や薬草の研究が好きなだけできて、調合して薬を拵えればそれがお金になって、朝から夜まで樹海のことを考えられる。とても贅沢な暮らしだった。


 ここで生きていこうと決めた時から、返し切れない恩がどんどん振り積もっていった。


 もう少し定期的にユーハイトに寄りたい気持ちはあるが、たとえ寒期であっても芽吹く草木はあり、それらが薬や道具の材料になるならそれを摂りに行きたいと思ってしまう。


 根っからの植物馬鹿とは、レイセルからマギユラに移ったリヒトを揶揄する言葉であったが、そう言われても仕方ないなと思ってしまうのだった。


 夕餉を終えたリヒトは食器を片付けると、湯浴みを済ませる。結構な距離を歩き、その上巨木の根を何度も潜ったり乗り越えたりしたのだ。湯桶の中で肩まで湯に浸かると、縮こまっていた筋肉がほぐれる感覚があった。


 今日採取してきたルクペルトゥスをどこに植えようかと思案しながら、寝る支度を整えていく。


 新たに手に入れていた植物学の本を読もうとしたが、微睡む視界に読書を諦め、リヒトはベッドに横たわった。リネンの香りを吸い込み、眠りに落ちる。

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