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未界警察  作者: リング
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世界は無限に広がってる訳ではない

今までの自分の人生を一言で表せと言われれば何て答えるだろうか。俺がその質問を机を囲む目の前の人にした時、そいつはハズレだと言った。その隣の奴は死ぬ直前まで分からないと言った。そいつの目の前、即ち俺の隣の奴はではお前の答えは何だと言った。質問に対して質問で返すのはいささか反則と思ったが俺は即答した。


「自分語りが許されるならば、俺の人生は全くもって無難だ。少し前迄は。」


と。

名前は間口修介(まぐちしゅうすけ)。三人姉弟の真ん中、長男として産まれた俺は幼少期から暗記だけは得意であり、そのお陰もあってか勉強で困ることはなかった。だがその代償と言うべきか対価と言うべきか、運動はてんで駄目であった。だが男と言うのは小さい頃サッカー選手や野球選手になる夢を持つものである。例に漏れず俺もサッカー選手を志した。そして直ぐに挫折した。

そのせいもあってか俺は大学まで自分の夢を持つ事無くだらだらと生きていた。俺が大学生になり警察官を志した理由は特に話のネタになるようなものですらない、ほんの小さなものだ。しかし俺は大学を中退して警察学校に入学した。そこでも運動の成績は芳しくなかったが、暗記と根性のお陰で何とか卒業することが出来た。そしてそのまま地元の警官署に配属された、という俺の人生。1から振り返ってみても無難極まりないものだろう。無難に夢を持ち無難に挫折。無難に大学に進学し無難に自分に合った夢を見つけ無難な才能で掴んだ。

決して自分の人生がつまらないだとかもっと刺激が欲しいとかいうことはないのだ。ただ俺は高を括っていただけなのだ。これまでと同様、これからも無難に良い人生が送れると。

今にして思えば、その考えが全ての元凶と言っても過言ではないのに。



◇◇



「今日8月17日。最も不運な人はO型でいて座のあなたで~す。」


「あー、マジか。朝から下がるなぁ、」


修介は朝食代わりの牛乳を片手に扇風機の風を正面に浴びながら占い結果が写し出される液晶にぽつりと呟いた。今日も最高気温は35度を上回るらしいが、修介は警察官になってまだ一年も経っていない。そんな彼はエアコンに手を出せるはずもなく、通気性の良すぎるアパートの中扇風機一つで耐えるしかないのだ。ふと手元のスマホに目を落とすと画面の中の時計は7時半を示していた。


「ちょっと早いけどもう出るか。電車は涼しいし、」


電気のブレーカーを落とし、スーツの上着を手に取ると柔らかくなってきた革靴を履いて家を出た。

最近の修介の警察署での仕事は専ら事務作業である。平和な事にここ1ヶ月は事件などは無く、朝から晩までパソコンに向き合う毎日である。部署の一番奥に置かれた席に座る課長の次に来た修介は涼しい部屋の中で今日もパソコンを開く。暫くして続々と同僚や先輩が入ってきて、一様にパソコンを開いた。その中の一人、巌伊(がんい)先輩が、


「あーそうだ間口。ちょっといいか?」


修介のパソコンの液晶を覗き込みながら言った。巌伊先輩は修介の配属時、偶々隣の席であった4つ歳上の先輩である。勤務態度は後輩である修介から見てもひどいものではあるが、捜査に参加したときの勘は一目置かれる程らしい。


「・・・良くないですね。」


無論修介は巌伊先輩のことを尊敬している。しかしそれでもなお、普段の彼の言動は声をかけられれば思わず半眼にならざるを得ない程のものなのである。


「おいおい、そんな顔するなよぉ。今日はけっこう真面目なやつだぜ?」


「捜査で閃いたから残りの作業よろしくとかですか?」


「まぁ確かに前はそんな事言ったけどさぁ・・・・・・あれ?もしかして根に持ってる?」


「悪い悪い」と申し訳なくなさそうに謝る巌伊先輩に修介は嘆息する。しかし直ぐに巌伊先輩は神妙な面持ちになると、


「でも今回は真面目だぜ?」


二度もそう言われれば修介も居住まいを正す。


「課長が、空いた時間に来いってさ。」


「っ!」


課長から直接話がある・・・。課長は寡黙な人だ。今年で勤めて50年近いらしいが滅多に喋らないし、要件も説教も直接呼び出さず人に言伝てを頼むくらいだ。しかしながら噂話と言うべきかか言い伝えと言うべきか、課長が自分から人を呼びつける時があるらしい。その時が左遷を命じる時、らしい。

まぁ修介も初めその話を聞いたとき疑ったものである。左遷などそう頻繁に起きるものではないだろう。


「・・・・・・・・」


巌伊先輩は額に脂汗が浮かび顔面蒼白でうつむく修介の肩をポンと叩くと、


「あれじゃないか?課長が冷蔵庫に入れておいたシュークリームがなくなってたってやつ。犯人と思われてんじゃね?」


軽口を叩いてくる。


「随分と愉しそうですね。それに課長のシュークリームを食べたのは先輩じゃないですか。」


「おっ、もう行くのか?」


小さく嘆息し、席を立った修介に巌伊先輩は問うた。


「はい、やるなら一思いにやって欲しいですからね。」



◇◇



部屋の最奥、大きな窓ガラスを背後にしてこの部屋にいる人間を一望できる机。修介は今その机を挟んで課長と向かい合っていた。


篠波羅(しのはら)課長、巌伊先輩から課長が私にご用があると伺いましたので参りました。・・・今空いた時間なので参りました。」


「・・・・・・・・・・」


見た目が先なのか性格が先なのか分からないが、篠波羅課長はいかにも喋らなさそうな見た目をしている。やせ形で毛先が目に掛かった前髪。瞳孔が開いた目からの鋭い視線が常に対象を品定めするかの如く向けられ、修介はどうしても畏縮してしまう。直ぐに課長は視線を落とし、手元の紙を修介に手渡した。


「・・・・異動ですか、」


そこに書かれていたのは修介への懲戒処分通知ではなく、異動命令通知であった。


「来週から警視庁に新しい部署が発足するそうでな。そこの担当者がどうしても君を部下にしたいと言われてね。まぁ私としても君の様な若者をこんな田舎に置いておくのは惜しいと思っていたところであったから二つ返事で承諾したよ。」


「えっ、いやあの・・・・」


「君の戸惑う気持ちも理解出来るが既にこれは決定事項だ。故に君は来週からここには来ないように。あと、警視庁には如何なる荷物も持ち込むなとの事だ。」


突然の異動に戸惑う修介をよそに広げた新聞に視線を落としながら饒舌に話す課長。


「あの・・・私が配属される部署の場所というのは・・・」


「あぁ、それは裏面に記してあるから。」


裏返すとそこには少々歪んだ線で天面図が描かれて、右上にはB1とあった。


「名前は警視庁総合警察室。・・・これが私のもとに届いた総合警察室の案内だよ。」


目を通せという課長の視線を受けたので修介はざっと目を通す。昨今の情勢を踏まえた総合的な捜査室が必要であり、修介を是非といった主旨であった。修介は内容にも共感出来たし、今更命令にたてつくこともしない。しかしながらどうしても気になる点があった。


「あの・・・この待機責任者というのはどういった役職なのでしょうか。」


「さぁ、いかんせん私にもその総合警察室について知る権限はないのだ。」


いよいよもって胡散臭くなってきた。修介がそう感じたのも無理はないだろう。


「用は済んだ。下がって良いよ。」


「・・・・分かりました。」


結局は来週までは何も知れないのだ。

気持ちの整理は付かないが、命令であれば従う他ない。修介は自分にそう言い聞かせた。




◇◇



「8月22日、本日の星座占いでーす。」


アナウンサーがお馴染みの明るい声で占いの結果を発表しているのを修介はスマホを介して眺めていた。今修介は駅のホームで電車を待っているのだが、やはり東京は凄い所で2,3分おきには電車がやってくる。周りの人間は皆スーツもしくは制服の同じような格好で、一様に手元のスマホに視線を落としている。反対側のホームでは電車が発車目前となり、駆け込み乗車を注意するアナウンスが修介の耳まで届いた。30秒程してこちら側にも電車が到着し、修介はそれに乗り警視庁へ向かった。



◇◇



随分と早めに家を出たつもりだったが、慣れない土地のせいもあり修介が着いたのはギリギリの時間であった。しかしながら課長にもらった紙の裏面の地図に従えば、直ぐ部署に着けたのは修介にとって不幸中の幸いだったかもしれない。


「失礼します!」


修介は勢いよく扉を開けた。

警察官は上下関係が厳しい業界だ。だから新人はより明るく、元気よく振る舞わなくてはならない。


「・・・・・・・・」


しかし、修介に対しての返答はなかった。部屋に誰も居ないわけではない。ただ部屋には恰幅の良いおじさんが一人、ポテトチップスを頬張りながらヘッドフォンを着けて机上のモニターを食い入る様に見つめているだけだった。修介に気付く気配すらないので、修介は辺りを見渡してみる。やはり地下であり出来たばかりの部署があるからか壁は全面剥き出しのコンクリート。所々に棚と長机が設置されているが、おじさんが座っている席以外ダンボールと観葉植物が置かれているだけである。奥には更に別の部屋に続く見るからに頑丈そうな扉が付いており、この部屋はどちらかというと奥の部屋に人が入るのを防ぐ為の空間に修介は感じた。

暫く部屋を見渡しているうちにおじさんが此方を見ていることに気付いた修介は敬礼をすると、


「ほ、本日より配属されました。間口修介です!」


「・・・・送られてきた資料どうりだな。行きな、お前が用があるのはあの扉の向こうだよ。」


それだけを修介に言ってヘッドフォンを付けてしまった。


「了解です。」


まぁ色々言いたいことはあるが奥の部屋に行けということなので従うだけである。修介はおじさんを横切ると頑強な扉に手を付けた。


「失礼しま・・・・」


かなり重く開けにくい扉を引きながら、修介は隙間から中を見渡そうとしたその時。部屋の中、修介の視界にとんでもないものが入り込んだ。中央の机を挟んで談笑する二人のうちの一人。白髪混じりのオールバック男性だ。


「た、田中警視総監!?」


一警察官として知らないわけにはいかない。警視庁のトップ、この建物の中で最も偉い(ひと)田中茂平(たなかしげひら)警視総監であった。

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