優しく、甘く
学園の鐘が今日の終わりを告げています。
今日も今日とて、私はレアンドル様のお迎えを待っていました。
今日は特別な日です。
聖女シェフィール祭。
元々は聖女の友人と、敵対する愛する者との仲を取り持った為に命を狙われ、散らしてしまった聖女シェフィールを弔う日が、いつの間にか互いの想いを伝え合う日に変わって。
今ではお菓子を贈り合う、女性にとっては特別な日になったのです。
なので私も、こ……恋人…仮の婚約者である、レアンドル様にお菓子を贈りたくて。
今か今かとお迎えの馬車を待っていました。
初めて自分でお菓子を作ってみましたが、レアンドル様に喜んでいただけるでしょうか……。
料理長に習って、侍女に手伝って貰いながら作ったそれは、私のカバンの中に忍ばせています。
──そう言えば、ディーン様には手作りをあげたことはありませんでした。
既存の物をあげた事はありますが……今となっては良い思い出です。
……ふと思ったのですが。
侯爵家嫡男であるレアンドル様に不格好な手作りのお菓子なんかあげていいのでしょうか?
途端に心細くなり、カバンをぎゅっと握り締めていました。
そこへカラカラと馬車が到着した音がします。
中から出て来たのは、もちろんレアンドル様でした。
「待たせたかな?」
にこやかに近付いて来るレアンドル様に、仮婚約して随分経った今でもどきどきしてしまいます。
差し出された大きな手にそっと重ねると、レアンドル様は目を細めてはにかまれました。
「行こうか」
「はい」
レアンドル様の大きな手に包まれると、とても安心します。
先程まであった不安な気持ちが消し飛んでしまいました。
「今日はちょっと寄り道しようか」
手を繋いだまま馬車の席に腰掛けると、レアンドル様が提案してきました。
「では、いつもより長く一緒にいられるのですね」
レアンドル様との寄り道はとても嬉しいものです。
気付かぬうちに自然と顔が緩んでしまうくらいに。
送り迎えしてくださるのも嬉しいのですが、一緒にいられる時間が長くなる寄り道は私にとって貴重な時間でした。
とはいえ、レアンドル様はお忙しい方なのであまりわがままは言えません。
「ゔぅ……リアが可愛い……」
小さなその呟きが聞こえて。
私の心臓はばくばくと鳴りました。
心無しか繋いだままの手が汗ばんで来て。
それが恥ずかしくて手を引っ込めようとしましたが、逆にぎゅっとされてしまいました。
それから馬車はある場所に着きました。
レアンドル様のエスコートで降りると、見覚えのある建物が目に入ります。
「今日は聖女シェフィール祭だろう?
だから、ここで美味しいお菓子を二人で食べよう」
そこは半年以上先まで予約席で埋まっている人気のスイーツ専門店でした。
半年以上も前から準備して下さっていたと思うと、嬉しくてじーんとしてしまいます。
「レアンドル様……。ありがとうございます」
「どういたしまして。じゃあ、入ろうか」
そこで食べたスイーツはどれも美味しくて。
ベリーのケーキやチーズタルト。紅茶のシフォンなど色々な種類のスイーツを堪能しました。
でも、ガトーショコラだけは何となく避けました……。
あまりにたくさん種類があるので、色々食べたいけれど悩んでいた私に
「じゃあ二人で分けようか」
と、素敵な提案をして下さって。
様々なスイーツを贅沢にも少しずつ味わったのでした。
「美味しかったです。ごちそうさまでした」
馬車に乗って、私の家へと向かう道すがら。
先程のスイーツ店の感想をレアンドル様にずっとお話していました。
飽きる事無く話していた私を、レアンドル様は優しい眼差しで見てくださいます。
だけど、楽しい時間はあっと言う間。
馬車はハリソン伯爵邸に着きました。
それに気付いて、楽しい気持ちがしゅんとなってしまいました。
明日、またお会いできるかしら……。
レアンドル様はお忙しい方なので、毎日送り迎えしていただけるとも限りません。
それでも合間を縫って、こうして送り迎えして下さいます。
でも、本当はもっと一緒にいたいのです。
……私はいつからこんなにわがままになってしまったのでしょう。
「あ……レアンドル様、今日もありがとうございました…」
だめです。
ちゃんと笑顔でお別れしなきゃ。
でも、もう少し、一緒にいたい。
今日は聖女シェフィール祭。
特別な方と、もう少しだけ一緒に、いてもいいんじゃないかしら……。
「リア」
しゅんとなってしまった私に、レアンドル様が声を掛けられました。
「……先程から、甘い匂いが、その……カバンからするんだが」
ぎゅっと抱き締めていたカバンを指して、レアンドル様はじっと見つめてきました。
……忘れていたわけでは無いのです。
先程行ったスイーツ店のお菓子に比べたら、私が作った物を出すのが何だか恥ずかしくなって。
それをごまかす為にずっとおしゃべりしてしまったのもありました。
「えっ……と……」
「見せてくれるかな?」
レアンドル様の妖艶な笑みに逆らえず、私は観念しておずおずと差し出しました。
あまりにも抱き締めすぎて、少しぐしゃっとなってしまったそれを、レアンドル様は宝物を貰ったかのように受け取ります。
「これは……?」
レアンドル様にお渡ししたそれは『ガトーショコラ』と言うお菓子でした。
カバンを抱き締めてしまったからでしょうか。
ボロボロと形が崩れていて私は泣きそうになりました。
「もしかして、リアが作ってくれたとか……?」
こくりと私が頷くと、いびつになってしまったそれを、レアンドル様は一層大事そうに持っていました。
「……レアンドル様のお口に合うか分かりませんが……」
スイーツ店のガトーショコラを敢えて避けていたのはこれが理由でした。
俯いていた私の耳に、がさがさという音が響きました。
なんと、レアンドル様はガトーショコラを口にしていたのです。
「うん、美味しい。今まで食べた中で一番美味しい」
欠片まで全てぺろりと食べてしまわれました。
「ありがとう、リア。……聖女シェフィール祭で女性からお菓子を貰ったのは初めてだ」
レアンドル様は恵まれた体格が何故か周りを圧倒してしまうようで、今まで婚約者がいなかった方です。
だからでしょうか。
とても喜んで下さいました。
「レアンドル様の初めてをいただけて嬉しいです」
私も、レアンドル様の一番になれた事が嬉しくて。
滲んだ涙はどこかへ消えてしまいました。
「俺も初めてをリアからたくさん貰えてるな。……また夢が一つ叶って嬉しいよ。
ありがとう、リア。愛しているよ」
「私も……愛しています……」
その日の口付けは、甘い味がしたのでした。
──────────
優しさのお裾分け(レアンドル視点)
「レアンドル様、少しの間お待ちください。すぐ戻りますので」
リアが馬車から降りて、邸宅内に入って。
少し時間が経って再び馬車に向かってきた。
その手には大事そうに何かを抱えている。
「あの、これ……。日頃お世話になってる侯爵家の皆さんにお渡しいただけますか?」
受け取った紙袋の中にはクッキーが入っている。
「これもリアの……?」
「……はい。形はいびつなんですが、良かったら…」
リアが照れながら笑う。
侯爵家の者たちにも気配りをしてくれるとは、俺の婚約者ホント、天使か。
「ありがとう。きっと喜ぶよ」
本当なら俺が全ていただきたい。
だが、リアの気持ちを無下にはできない。
帰りの馬車の中で葛藤しながら、貰ったそれは俺の理性があるうちに出迎えた執事に渡した。
リアのクッキーは、その日の晩餐後のデザートとして出された。
「これはリアから、侯爵家の皆さんへ、という事でいただきました。ぜひ食べて下さい」
「あら、それは嬉しいわね。早速いただきましょう」
「ん、なかなか美味いな。いいお嫁さんだな」
両親はにこにこしながら食べている。
もう一人。
「……うん、美味しい…」
ゆっくり、味わいながら食べる弟。
今日は聖女シェフィール祭。
狭量は閉じ込めて、聖女に免じて許してやるか。




