レアンドル視点
幼い頃より体格が良く、特に鍛えていなくてもめきめきついてくる筋肉のせいで服すら既存の物は合うものが無く。
いかつい身体に見合う顔は年の離れた弟とは似ても似つかず。
「レアンドルは祖父似、アランは母親似」
と、両親からはよく言われていた。
「そんな恵まれた体格だから騎士になれば良いのに」
と言われ一時期目指していたが早々に爵位を譲り引退したい父親から懇願され嫡男として領地経営を学ぶ事にした。
そうなるとなるべく早めに一緒に家を盛り立ててくれる妻を娶りたかったが、見てくれに慄いて年頃の令嬢は軒並み近寄って来ない。
面白がった同級生だった王太子が夜会の際の令嬢避けに側にいれば、そこを中心としてドーナツ状に女性の壁ができる程、自分は女性から避けられていた。
目つきが悪いわけではない。
良すぎる体格が周りを圧倒させるのだ。
それならばとご令嬢がいるお宅にお見合いを打診するが何故か片っ端から別の者との縁談が纏まって行く。
そういう事が続いた為か俺から見合いを打診されると近いうちに縁談が纏まるという噂が囁かれ始めた。
これには流石に落ち込んだ。
両親に見合いの打診を止めるように言うと物凄く悲しげに目を伏せられた。
結婚できなければ領地に行く事も出来ない為俺は毎日を無為に過ごしていた。
そんな中弟が話す学園での話が俺にとっての慰めになっていた。
弟はモテる。
幼い頃は無邪気に跡をついて回っていたが、成長するにつれ美貌の母に似た甘いマスクの美少年に成長した。
その頃からよく「ディーン」という名前の青年が出て来るようになった。
弟曰く、ディーンには可愛い婚約者がいるらしい。
同格の伯爵家のご令嬢で、親同士の話だったが周りも羨むくらいの仲睦まじさらしい。
一度見てみたいと弟がお願いしたが、「俺以外の目に触れさせたくない」と断られるらしい。
いいなぁ。
俺も婚約者の事をそういう風に言ってみたい。
度々ディーンと婚約者の惚気話を聞かされていたが、時折寂しくもあった。
ちなみに弟に「お前は婚約者は作らないのか?」と聞いてみたら。
「僕が一人に絞ったら女の子が泣いちゃうからまだいいかなぁ」らしい。
くそぅ。
顔か。やはり顔なのか。
そのうち弟は美青年に成長し、時折どこぞの令嬢だか未亡人だかと浮名を流すようになった。
「あまり浮名を流し過ぎないようにしないと、本当に好きな子ができたら振られるぞ」
と忠告すると
「一人に縛られるのやなんだよね。兄上は社交が苦手だろ?だから将来俺が社交してクレール家の為に頑張る練習だと思ってよ」
とはぐらかされてしまった。
正直俺は弟が妬ましかった。
自分は誰一人として好かれないのに、弟には数多の女性がやって来る。
一人くらいくれよ、と言う言葉は溜め息と共に流した。
あまりに惨めだ。
だが、弟が学園に入学して暫くすると、あれだけ遊び歩いていたのが急に大人しくなった。
学園にいい子でもいたのだろうか。
……まさか学園内で100人切り………とか…
「兄上」
「わあっ!!な、なんだ?」
弟の不埒な妄想をする寸前、いきなり話しかけられた。
弟は俺を気にすること無く1つ息を吐く。
「前さ、話した事覚えてるかな。ディーンと婚約者の話」
「あ、ああ、仲良しの二人だろ?」
むちゃくちゃ羨ましかったからな。忘れたくても忘れられない。
「そう。……ディーンがさ、最近連絡取ってないらしいんだよ。しかも学園内で女子とばっか喋ってる」
あらま。
俺の予想では、"ディーンの世界が広がった"んだろうなぁと思った。
「今のままだと婚約者の子が入学して来たらきっと傷付くと思うんだ。……どうしたらいいかな…」
あらーまー。
数多の女性を食い散らかして来た弟が年頃の少年みたいな顔をしてる。
それに相談されたのも初めてかもしれない。
「……アランは…ディーン君の婚約者の事が好きなのか?」
「………え…」
何だその"今初めて気付きました"みたいな顔は。
「……あ…、う、ん、そっ…か、そうかも……」
急に納得したみたいな顔をして。
何かを考えるような顔になり。
「ごめん兄上。解決した。俺あの子をディーンから奪う」
はいーー?
「そうと決まれば……ディーンの好みそうな子を……あの子がいいかな。調教して、懐柔して」
ちょ、まっ
「兄上、手に入れられたら紹介するね」
思わず見惚れるような笑みを残し、弟は去って行った。
嫌な予感と言い知れぬ不安が残った俺は、弟の侍従に説明して動向を探ってもらった。
すると、弟はディーンと親しい令嬢を片っ端から懐柔しているそうで。
その中から特に気に入られている子を調教しているらしい。
懐柔はまだ分かるが調教て何だ調教てーー!?
そして出来上がった子をディーンにけしかけ、遂にディーンとそのご令嬢はコトに及んでしまったらしい。
それはだめだ弟よ。
ディーンの婚約者が一番傷付くパターンじゃないか…。
「アラン、馬鹿な真似は今すぐやめろ。ディーン君の婚約者を傷付けたいのか?」
侍従から話を聞いた俺はすぐに止めた。
だが
「だーいじょーぶ。俺が慰めるから」
とにこやかに笑った。
「お前がけしかけた事もいつかはバレる。今のうちに止めておけ」
「そんなヘマしないよ」
何を言っても自信家の弟には届かなかった。
願わくばディーンの婚約者の令嬢が傷付く事が無いよう、祈る事しかできなかった。
それから数カ月が経ち、弟達の1つ下である、ディーンの婚約者が入学してきたらしい。
その頃にはディーンとけしかけられた女性の噂は学園内で知らない人はいないらしかった。
弟は表ではディーンを窘めながら浮気相手でディーンの気を引かせている。
無理かもしれないが何度も弟には「その子が好きならせめて他の女性とは付き合うな」と言ったが、性欲旺盛な若者には響かなかった。
むしろ
「ディーンの婚約者……リアって言うんだけど、リアの事は大事にしたいんだ。迂闊に手は出したくない。だから溜まった物は他で発散する」
と開き直っていた。
ここまで来ると俺はもう、その"リア嬢"に特別な思いを持っていた。
同情もあったのかもしれない。
だが知り合いでもない俺には何もできなかった。
せめてリア嬢が傷付かないように。
弟が彼女を傷付けないように。
祈るしかできなかった────。
暫くして、ディーン君とリア嬢の婚約が解消された事を知った。
弟は悲しむリア嬢を慰めたらしい。
「抱き締めたから、彼女の涙で制服が濡れちゃったよ」と優しげに言っていた。
それならば、何故他の女性と───。
仮に弟とリア嬢がうまく行ったとして。
リア嬢は幸せになれるのか?
ぞ、わっと何かが走った。
俺は───見知らぬ彼女を───────
それから俺は両親に弟には内緒でリア嬢に会いたい旨を伝えた。
両親は久々の見合いの要望だと、喜んで動いてくれた。
弟の1つ下で学園に通う"リア"という名前の女の子と聞けば次の日にはその正体が掴めた。
リア・ハリソン。
ハリソン伯爵家のご令嬢だ。
ディーンとは確かに最近婚約が解消されていた。
俺はすぐさまハリソン家に婚約の打診をした。
これ以上浮つく男に傷付けられたくない。
──弟にも、譲りたくない。
顔も性格も分からないが、きっといい子だろう。
弟が結婚するならこの子と言っていたくらいだ。
それから返事を待っていたが、『検討中』以外の返事を貰えなかった。
ハリソン伯爵は娘の気持ちを優先しているらしく、まだ婚約を打診されている事は言ってないらしい。
それも学園内にいい人がいるせい、と聞けば一人しか思い付かなかった。
俺は『令嬢の気持ちを最優先にして欲しい。他に正式に婚約者ができるまで待つ。良縁に恵まれたなら取り下げるが、他にいなければ考えて欲しい』と返事した。
彼女を傷付けない男ならば身を引く事も考えた。
彼女の気持ちが一番だと思った。
だが、ある日『婚約前に一度会えないか』と返事が来た。
是非も無いと快く了承し、リア嬢と初対面する事になった。
おそらく、姿絵を見ていないのだろう。
初めて会った彼女は驚いているのか声を失っていた。
だが俺に対しての怯えのようなものは無いようでホッとした。
拙いながらも自己紹介をする彼女は可愛らしく。
その後時間が来るまで色んな話をした。
弟の話の中でしか無かった女性が、俺を怖がる事無く楽しげに話している。
そして想像した通り、いや想像以上に良い子で益々惹かれていた。
彼女と話す時間はあっという間に過ぎた。
もっと話したいと思い、婚約を進めても良いか尋ねた。
だが、婚約の話を進める条件に俺は憤った。
大人しく淑やかでまるで女神のような天使のような彼女は先の男達によって傷付いていたのだろう。
『優しさには裏がある』などと言わせた事に悲憤していた。
「優しくしないで」と言われたから、「甘やかす」と言ったら泣きながら笑われた。
ああ、やはり笑った顔が可愛いな。
すぐにでも婚約して、学園卒業と共に結婚したいくらいに彼女を気に入ったが、彼女からの提案で「学園にいる時はただの恋人として過ごしたい」と言われ、二つ返事で了承した。その間は『仮婚約』だ。
また裏切られるのが怖いのかもしれない。
縁談自体断りたかっただろうが、格上相手で渋々受けたと思うとちょっぴり残念だ。
だがリアと出会えた。
勇気を出して来てくれた事がとても嬉しい。
絶対幸せにするし、大事にしようと誓った。
そして、極めつけに「出会ったのがレアンドル様で良かった」と言われた。
初めて!
「レアンドル様で良かった」と!!
言われた!!!
その時点でもう俺の頭の中では教会の鐘が鳴り響いていた。
だが節度は守る。
交流は週1回のお茶会。
最初は可愛く微笑む彼女を見て、この夢のような時間が覚めないように何度も何度も頬を抓っていた。
「夢ではありませんからそんなに抓らないで下さい」とクスクス笑われ、俺は自分の顔が赤くなるのを感じていた。
それからもう少し会いたいからとお茶会は週2回になり。
俺達の仲はほのぼのと和やかに進んでいた。
彼女が学園を卒業して正式な婚約者となったので王太子に挨拶をしに行った。
「女性避けが使えなくなるじゃないか!
てゆーか何その可愛いご令嬢?
リアちゃんて言うの?
いいの?こいつでいいの?今ならまだ間に合うよ?」
なんて失礼な事を言うので反論しようとしたら
「レアンドル様に出会えて幸せです。
レアンドル様は裏切りませんから」
と言っていた。
泣いた。
王太子は王太子で
「確かにこいつは裏切らないよ。女性関係も安心して。寄って来ないしむしろ逃げられるから。
……そっかー、良かったなぁ、レアンドル」
と感慨深そうにしていた。
ちょっと泣きそうになった。
ちなみに弟は。
リア嬢と初顔合わせの数日前に弟が顔色悪くして帰って来た。
リア嬢に他の女性と致していた場面を見られたらしい。
「だから散々言っただろう。やめておけ、いつかは必ず明るみに出ると」
「お、れ…、そんなつもり無くて……リアには手を出せないから……気持ちは無いのに…………」
「じゃあリア嬢が同じ事をしたらどうだ」
弾かれたように顔を上げた弟の顔は想像したのかくしゃりと歪み。
がくりと崩折れた。
「お前がリア嬢を幸せにできると思うなら、俺は何もしなかったんだがな」
「──え……」
「今度リア嬢と見合いをする事になった。
俺から打診した。話を聞いていて、彼女を幸せにしたくなった」
「そん、な……兄上、俺の気持ちを知ってるでしょう!?」
「散々忠告した。だがお前は変わらなかった。リア嬢と結婚できたとしても、続けるつもりだっただろう?」
弟は目を見開き、視線を彷徨わせ、俯いた。
「そんな奴に渡したくないくらいには、リア嬢に惹かれている。
……お前には譲らない」
弟の後悔の声が聞こえた。
弟は俺達が婚約してからは真面目になった。
学園を卒業した後は王都に残り領地経営の手伝いをする事になった。
クレール侯爵家の領地は広いから助かる。
社交も自分がすると言っていた。
まだ気持ちに結着はついてないが、いずれは家の為に結婚するとも言っていた。
女性遊びは止めたらしい。
結婚式の時、弟はリアを眩しげに見つめていた。
──初恋だったのかもしれない。
「リア………義姉さんを泣かせないでくれよ」
そう言って顔をくしゃりとした。
「リアには笑っていて欲しいからな。
甘やかして慈しむよ」
と誓った。
それからリアと領地で働き、時折王都にやって来る生活になった。
俺達の仲は王都でも仲良し夫婦だと話題なようだ。




