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或る街  作者: 小坂戒
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踊り子

 踊り子という職業がすっかり意味をなくしてしまった時代にでも、人間は舞台で踊る何かを見ることを欲した。

 もはや人間に求められているのは共感する事、批判する事、また舞台で踊って見せる事ではなく、ただ呆然と感動する事でしかない。

 口を半開きにして馬鹿みたいに単一音を発していれば、立派に鑑賞行為となる。

 舞台の上では鉄の塊が踊っている。

 ぞっとするほどの軽さを持った鉄の塊は、かつて人間が為し得なかったであろう動きをいとも容易く演じ上げるもそれを誇るそぶりすら見せない。

 彼らの鉄はとても軽い。

 人工皮膚でさえ驚くほど軽い。

 軽さをもった彼らは積極的な存在となった。

 椅子に座ることしか能が無くなった人間はこれ以上ないほど消極的な存在となった。

 舞台に縛り付けられるのではなく、平面としてではなく立体として舞台を使える鉄の塊に人間が勝てる道理などは無く、特に執着も無かった為に人間は彼らに舞台を明け渡した。

 語彙もとても平坦になり、踊り子、妓女、舞妓などといった言葉は忘れられて人間は舞台の上の彼らをただ、踊っている何かという言葉でしか認識できていない。

 更に例えれば舞台の上で女に袖にされ、男に蹴られ、犬に笑われながらも決して舞台を去らずに喋り続ける役を狂言廻しと呼ぶだなんて席に座る誰が知っているだろうか。

 踊り、叫び、泣く彼らの表情はその人工皮膚の下に冷たい色をした鉄が隠されている事を悟らせるものではない。

 涙は言うまでもなく、激しい動きの後では汗も流れる。

 舐めて確かめるわけでもないので水をその機会に合わせて出せばよい事だと少しは頭を動かす人間ですら考えてしまっている。

 しかし、実際に水が出される機械や量を調節しているのは舞台裏の装置ではなく、人工皮膚の中に隠された鉄の丸い容器に入っている脳である。

 これは自明の理であるが賢明な脳こそ、より良く涙を流し発汗を促すものとして知られている。

 そして、舞台の上で演じられる物事について人間は呆然と感動すれば、あるいは笑えば良いのであってそもそも舞台自体は日々の労働を健やかにこなす為に用意されている休息の一環に過ぎない。

 言うなれば、椅子にじっと座っていることも立派な社会奉仕としてみなされる。

 あまりに考えすぎる脳は賢しいと捉えられ、いつの間にか平凡な脳を入れ替えられてしまう。

 元あった脳はこれ以上は求めようがないほどの素晴らしい職場環境で働ける栄誉に浴する。

 素晴らしい脳に、素晴らしい体、その二つによって得られる素晴らしい演技。

 足りないのは、素晴らしい観衆だけだがそれは本当に些細な事でしかない。

 目が、耳が正常で、それ以外を求めるのは非人間的であるのだ。

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