5-13 白虎
白虎は微動だにせず、近づく俺たちを睨めつける。
4つある瞳は3メートル近くあるムスペルさんよりもさらに高い位置にあって、二股に別れた尾と4つの足は青白い結晶に覆われている。
気を抜けばひと薙ぎで命を摘み取られてしまいそうな緊張感。
それを切り裂いたのは、ムスペルさんの鋭い叫び声だった。
「行くぞおおおお!!!!」
ムスペルさんとイヒカさんが走り出す。
同時にロギさんが矢を、スカジさんが氷魔法で作り出した氷塊を飛ばす。
だが白虎は動じることなく、無数の氷柱を前方に生み出してこれを防ぎ、同時にムスペルさんとイヒカさんの進路も塞いで見せた。
(真正面からはムリそうじゃな!まずは散開して、攪乱するのじゃ!)
(ち、了解じゃ!右から回る!)
(ほいじゃ、うちは左!)
(動きが速そうだね、弓でけん制するよ!)
(私はまず周囲を塞ぐわね!)
(武器に属性を付与しますね!ラタは遊撃を頼むよ!)
(ぴうう!!)
全員が一斉に動き出す。
この辺の連携は、これまでの戦いで十分に培ってきた。
互いがどう動くかもよくわかっている。
俺がすべきは、まずはムスペルさんとロギさんの武器に炎属性を纏わせること。
それから、白虎が使ってくる魔法の発動を逃さずに、カイト爺を通じて他のメンバーに伝えることだ。
だが、白虎の動きは、その巨体からは考えられないほど素早かった。
手足だけでなく、二本の尻尾を巧みに操って攻撃してくるので、背後に回り込んでも隙がない。
さらに、下から掬い上げるように曲線を描いて伸びる氷柱を生み出すのが得意なようで、ロギさんとスカジさん、ラタの攻撃を防いでくる。
氷柱を生成し、その氷柱ごとこちらを切り裂かんと爪撃を繰り出す白虎。
周囲は見る間に氷片が散らばり、足場が悪くなっていく。
氷原の上にバラまかれた氷片を踏むと、滑って足を取られることがあるのだ。
足場環境の変化の影響を最も受けるのは、前衛を務めるムスペルさんとイヒカさんだ。
それが分かっているかのように、白虎は二人を集中的に狙い始めた。
それだけではない。
周囲に散らばった氷片に、再び魔力が集まっているのが見えた。
こいつ、もしかして砕けた氷片も操れるのか?
(たぶん氷片を動かすつもりです!離れて!!)
(ちい!図体の割に小賢しい奴じゃ!)
(せやけどこの足場じゃうまく立ち回れへんわ!)
(まずい来るぞ!タクト溶岩弾じゃ!)
ムスペルさんと白虎の間を裂くように溶岩弾を飛ばしたのと、白虎が氷片をヘビのように操るのはほぼ同時だった。
氷片のヘビに溶岩がへばりつき、爆発するような勢いで水蒸気が湧き上がる。
その水蒸気を爪で切り裂いて、白虎が飛び出してくる。
今度はこっち狙いかよ!
溶岩弾を見せたことで警戒させたか?
「ぴうう!!!」
ラタが氷壁を築いて進路を妨害。
それによって、白虎との間の視界が遮られる。
(ラタ、ナイス!!)
目まぐるしく変化する戦況の中で唐突に生まれた死角。
それがわかる。チャンスだ。
白虎がその氷壁を砕くのに合わせて、再び溶岩弾を放った。
「ギシャアアアアアアア!!!!」
死角を突いて放たれた溶岩弾は、氷壁を砕いた白虎の左足にぶつかり、そのまま焼き落とした。
よし!ようやく大きなダメージを与えたぞ。
だが、片足を失った白虎は、狂ったように暴れはじめた。
ラタとスカジさんが慌てて氷壁を築くが、次々と砕いていく。
さらに、砕いた氷片に魔力を通して氷のヘビとして操り始めた。
(こいつ、私が作った氷も操れるの!?)
どうやら一度創り出された氷は、誰がつくったものであろうと操れるらしい。
白虎はさらに3匹のヘビを生み出した。
(こりゃ氷魔法はマズイのう。ムスペル、ロギ、タクトの3人で氷ヘビの対処、残りで白虎のけん制を頼む!ただし氷魔法はなしじゃ!)
カイト爺が指示を飛ばす。
火属性を武器に纏える者を当ててヘビを溶かそうということか。
ところが、スカジさんが異を唱える
(まって、あいつに氷片が操れるなら、私にだってできるはず・・・私があいつから制御を奪って見せる!!)
(なんじゃと?しかしいきなりそんなことができるのかの?)
(やってみせる。やらせて!)
どうやら、白虎の巧みな氷魔法を見せられて闘争心に火が付いたらしい。
得意な分野だけに、負けられないということか。
(だったら、僕が視界を貸します。魔力が視えていた方がやりやすいでしょう。)
(ふむ、そうなると二人は動きがとれなくなるね。ムスペルと僕とで二人を守ろうか。)
(ええじゃろう。)
(よし、良かろう。スカジは制御を奪え。白虎の相手はイヒカとラタで頼む!)
(任しとき!)
(ぴうう!!)
ラタが白狼に変身して、イヒカさんとともに白虎の正面に立つ。
白虎は、氷で失った足を補っていた。
くそ、ようやく与えたダメージだったのに、もう復活したのか。
ムスペルさんとロギさんの武器に魔力を送り込みつつ、白虎の操るヘビを凝視する。
ローガンさんが【操剣】でつくる魔力の腕みたいなものか。
ただし、固有スキルであるローガンさんよりも汎用性は低いと思う。
おそらく、氷限定なのだ。
けど、氷魔法ならスカジさんも負けてはいないはずだ。
スカジさんの魔力が青い帯となって氷のヘビの一匹に纏わりつく。
すると、途端にその蛇の挙動が怪しくなった。
制御を奪えないまでも、白虎の操作を攪乱することになっているようだ。
(でかしたスカジ!!)
ムスペルさんがその蛇を切ろうと迫るが、白虎もまた、そうはさせじと他のヘビで牽制する。
互いに譲らぬまま、白虎とスカジさんが一匹のヘビのなかで魔力を戦わせて主導権を奪い合っている。
ラタとイヒカさんと向かい合い、数匹のヘビを操りながらさらにスカジさんと渡り合うとは、さすが迷宮の主といったところか。
(こいつの魔法の使い方がだいぶわかってきた・・・なるほど・・・氷を魔力で操るんじゃなくて、氷と魔力を反応させてるんだ・・・)
だが、氷属性による主導権争いという未知の体験は、スカジさんにとってはむしろ成長の糧となったようだ。
魔力操作の質が変わっていくのが、色でわかる。
青い魔力は、さらに深い蒼へと変わっていく。
主導権争いが激しさを増し、氷のヘビがキシキシと歪むような音を立てる。
そして。
不自然な体勢で固まっていたそのヘビが、唐突に他のヘビにかみついた。
(やった!奪ったわ!さあ今のうちに!!)
なんとスカジさんは、このわずかな時間に白虎の氷魔法を盗んだどころか、越えてしまった。
今までよりも純度の高い、氷属性に特化した魔力が視える。
奥義に開眼したのか、あるいは覚醒してしまったのか。スーパースカジさんになったのかもしれない。
(おっしゃあ、一斉に畳みかけるぞ!!)
(魔法で支援するよ。ムスペル、イヒカ、頼むよ。)
(頼まれた!)
ロギさんは味方の身体能力を底上げする珍しい魔法を使う。
いわゆる攻撃バフってやつだな。
リズ達が使う【身体強化】の魔法版で、【身体強化】よりは効果が低いけれど、魔法をかけると数分の間、身体能力が全体的に1.3倍くらいになる。
魔法をかけるときに体に触れる必要があるのと、魔法がキレた時の落差に注意が必要だけど、畳みかけるときには有効な魔法だ。
そこからは、一方的な展開となった。
白虎が創り出すさまざまな氷魔法は、即座にスカジさんにコピーされ、相殺されてしまう。
スカジさんはまさに水を得た魚のようだ。完全に覚醒モードに入っていた。
そこに、ロギさんの魔法で底上げされたムスペルさんとイヒカさん、そしてラタが迫る。
そうなるともう、数の分だけこちらが有利。
白虎は少しずつ傷を増やしていく。
その傷を塞ぐための氷さえ、スカジさんによって相殺され、砕かれる。
そして。
徐々に動きを鈍らせた白虎の首に、ついにムスペルさんの斧が食い込む。
「ギシャアアアアアアアア!!!」
断末魔の雄たけびを上げて、ついに白虎が倒れた。
その瞬間、視界がふっと暗転する。
これは、土の迷宮でも体験した。
迷宮への最奥へと転移したのだ。
「こ、これは・・・他のみんなは?」
「どうやら、最奥にたどり着ける資格を持っていたのは僕たちだけみたいですね・・・。」
迷宮の最奥に立っていたのは。
スカジさんと、ラタトスク。
そして、ポケットの中に納まったままの、ユグドラシルだった。
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