5-6 オンディガルズ
※リズ視点
「水上都市オンディガルズは、巨大な噴水によって浮く都市だったのですね!話には聞いてましたが、まさかこのようなことになっているとは。あの巨大な噴水をどうやって生み出してるんでしょう?魔力だって、尋常ではないはずですよね!いやあ、解き明かしたいですねえ。」
なぜか手をワキワキさせながらアンジェさんが説明してくれた。
そんなアンジェさんに、アスナイさんが問いかける。
「それは好きに解き明かしゃいいけどよ。あんなところにどうやっていくんだよ?」
「確かにそうですね・・・。」
水上都市は、いわば巨大なお盆の上にできた町だった。
そのお盆がいくつかあり、それぞれに町が乗っている。
そのすべてを称して水上都市というらしい。
それぞれの島は下から噴水で支えられているのとは別に、いくつかの排水口から滝のように水を吐き出している。
入り口らしきところと言えばその排水口くらいしか見当たらないのだけど、もしかしてあそこから出入りするのかな。
だけど、どうやってあの滝を登るんだろう。
というか、まずこの小島からどうやって降りたらいいのだろう。
そんなことを考えていると、突然背後から声をかけられた。
「あ、あの・・・み、皆さまは水神さまの御使いなのですか・・・?」
そこにいたのは一人の少女だった。
8歳くらいだろうか?
くるぶしまで届く貫頭衣に身を包み、頭髪を覆い隠すように大きな布を巻いている。
トスガルズでは見かけない格好だけど、この地域の宗教だろうか。
水上都市に目を奪われて全然気づかなかった。
少女の質問に、ユーミリアさんが代表して答える。
「いやいや、私たちは通りすがりの旅人とでも思ってもらえるとありがたいのだけど。」
「え、で、でもいま、突然現れたのは・・・?」
「ああ・・・それはなんていうか、そういう魔法なんだよね。」
「魔法、ですか?」
「うん・・・。ええと、お嬢さん、お名前は?」
「あ!も、申し遅れました。私は水神さまの斎女を務めております、パニアと申しますです。」
ユーミリアさんの質問に、パニアと名乗った少女は予想以上にしっかりと受け答えを返してきた。
そこで分かったことは、この島が水神教という宗教の聖地になっているということ。
なんでもこの地で最初に水神さまが顕現されたのがこの島だったらしく、私たちが門として開いた<うつろいの泉>は決して枯れることのない泉として祀られているらしい。
そして、この泉の維持と手入れがパニアの役務ということだった。
斎女というのは、神に仕える童女を差す名称らしい。巫女とか、神官みたいなものなのだろう。
「この地に危難が訪れるとき、この泉から御使いさまが現れ、道をお示しになると伝えられてます。つまり、皆さまが御使いさまということですよね!」
「い、いやそういうことじゃないんだけど・・・。」
「わかってます!御使いさまであることが人に知れるとまずいってことですよね?私、口は堅いのでご安心ください!決して誰にも話したりしませんですので!」
パニアが盛大な誤解をしているようだけど、なんと言っていいのかわからずユーミリアさんが苦笑いを浮かべている。
「ま、まあそれはともかくとして、とりあえずあの町に行きたいんだけど、どうしたらいいのかな?」
「あ、それなら私がお送りいたしますですよ!こちらへどうぞ!」
パニアに連れられて島の奥に移動する。
そこには三日月を二つ並べて間を板で隙間なくつないだような、不思議な形の船があった。
舟の底は平らではなく、羽根板が一定間隔で張り出している。
さらに不思議なのは、舟が浮かべられたこの入江のような場所。
この島も噴水の力で浮いているため、入江のすぐ向こうは滝。
それなのに、この入江はなぜか枯れることなく水を湛えている。
「さあどうぞ、こちらにお乗りください!」
「こ、これに?こんなんでダイジョウブなのかい?」
恐る恐る尋ねるカブに、パニアは笑顔で応える。
「もちろんですよ。ささ、どうぞ。」
一抹の不安を感じながらも、全員で舟に乗る。
三日月型なので、うまく乗らないと片側が上がりすぎて前が見えなくなりそうだ。
「それでは参ります。いと高き水神オンディーヌに願い奉る。枯れることなき慈愛をもって、御身に揺蕩う揺籃を導きたまえ。」
パニアが聖句を唱えると、周囲の水がまるで意志を持ったかのように舟を押し出す。
「ちょ、ちょっとまって!落ちる!落ちるよ!!!」
「はい落ちますよ。舌を噛まないように、口を閉じていてくださいね!」
「いやなんでまって!?うわああああ!!!・・・あ?」
カブの叫び声と共に、舟が滝から落ちていく。
だけど不思議なことに、舟は島の周囲を螺旋を描くように落下しているため、落下速度はそれほどでもない。
そして舟はそのままゆっくりと降下して、下の巨大な湖に着水した。
「これは水魔法ですね?水を操り、舟を操作しているのですか?」
「そうなのですよ。上るのも、水魔法であの滝をさかのぼりますですよ。」
「おお面白いですね。こういう魔法の使い方は初めて見ました。なるほど、滝の上り下りをするときにも落ちないようにするために、このように三日月型の舟になっているのですね!実に興味深い。」
「わかりますか御使いさま!」
アンジェさんが目をキラキラさせている。
この人は自分の興味に正直だ。
それに対してパニアも目を輝かせて応えている。
良い子なんだろうな、と思った。
パニアは言葉の通り舟を操作して、水を操って滝をさかのぼらせ始めた。
凄い光景だ。
そして、先ほど見た排水口へ。
やはりこの排水口が町への出入り口になっているようだ。
排水口の中は大きな水路になっていて、そのまま町に上陸できるらしい。
水路の水は噴水から受けた水の一部を流しているらしく、町の中も水路が張り巡らせられているらしい。
「この町の人たちはみんな水魔法を使えるのか?」
「全員ではありませんが、水神さまのご加護を賜り、水魔法を修める者はそれなりに多いですね。」
「水魔法が使えなきゃ、町への出入りすらできないだろ?使えない奴はどうするんだ?」
「渡し守がいますので、その方々に代金を払えば舟を出してくれるのですよ!」
「へえ。それにしてもこんだけ大人数を乗せた船を動かせるなんて、パニアはすげえな。さすが水神さまのいつきめ?をやってるだけあるな。」
「い、いえ私なんて。えへへ。」
そんな会話をしていると、町へ通じる門が見えてきた。
ここは異国の地なので、どういう審査があるかわからない。
思わず身構えてしまったけど、門衛はパニアの顔を見て気やすい感じで話しかけてきた。
「おうパニア、人を乗せてるとは珍しいな。その人たちは?」
「お疲れ様ですユグランジェさん。こちらは水神さまの神殿にお参りに来られた信者さまですよ!わざわざローガンジェから来られた方々で、私がお迎えにあがったのですよ!」
「おおそうかい。ご苦労さま。」
パニアが信頼されているのか、水神教への信頼が篤いのか、単にゆるいのかはわからないけど、あっさりと入市の許可が下りた。
ともかく、パニアに会えたのは私たちにとっては幸運だったらしい。
そして舟は町の中へ。
町の中も水路がいたるところに張り巡らされているらしく、舟のままで街中を進んでいく。
「へえ。この町も石の家が多いんだな。」
「そうですね。水の町なので石でないと保たないのだと思いますです。」
「魔物化しねえのか?」
「この町は水神さまによって常に浄められておりますです。そのおかげで、建物は魔物化することがないのだと聞いてますです。」
「へええ。すげえな水神さま。」
アスナイさんとパニアのそんな会話を聞きながら、舟は進む。
舟を相手に水際で開く露店があるかと思えば、舟そのものが露店になっていたりして、すごく面白い。
きっとタクトがここにいたら、目を輝かせていただろうと思った。
そして舟は、船着場らしきところにたどり着く。
だけどそこで待っていたのは、パニアと同じ格好をした、キツイ目つきの少女の罵声だった。
「遅いじゃないのパニア!なにしてたのよ!その人たちは誰?」
「ご、ごめんユカシス。えっとあの、この人たちは水神さまの御使いさまでして。」
「は?あんた何言ってんのよ。昼間から寝ぼけてんじゃないわよ!」
「いや、あのですね。」
「ああもういい!あんたの寝言きいてたらキリがないわ!とりあえずまだ洗濯が残ってるんだから早くしてよね!あと、今晩の食事の準備もね!」
ユカシスという名前の少女は、言うだけ言うと、そのままどこかへ行ってしまう。
「あ、あはは。すみません皆さん。あの、どうかお気になさらずに・・・。」
パニアはそう言って、曖昧な笑顔を浮かべる。
どうやらこの子にも複雑な事情がありそうだ。
そんなことを考えながら、私たちはこの見知らぬ水上都市オンディガルズに上陸したのだった。
「み、皆さんどうぞこちらへ!聖女さまにぜひご紹介させてくださいです!さ!こちらです!!」
そして。
気を取り直したように元気な声で先導するパニアについて、私たちは水神教の教会へと向かった。
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