4-35 天魔ヴォラク
リズとアスナイさんが作ったスキをついて、ローガンさんの必殺の一撃。
確実に決まったと思った。
天魔の命に届いたと。
だが次の瞬間、吹き飛んだのは、ローガンさんの右腕だった。
さらに男の手から魔力が溢れ、リズとアスナイさんを襲う。
二人は飛びのいて躱したものの、魔法の余波を受けて男との間に大きく水をあけられた。
そのすべてが、わずか数瞬のできごとだった。
「は?」
意味が分からない。何が起きたのかまったくわからなかった。
だがローガンさんは眉一つ動かさず、魔力の腕を伸ばして宙を舞う自らの腕を拾い、警告を発する。
(気をつけろ!こいつは身の内にヘビを飼っているぞ!)
男はそこで構えを解き、牙を見せて嗤う。
「言っただろ?俺は受肉してから長年をかけて、しっかりと体を馴染ませてきたから強えって。だから、こんなこともできる。」
男の金瞳が妖しく光る。
するとその瞳に呼応するかのように、その首元から金鱗の双頭ヘビが顔を覗かせた。
あのヘビがローガンさんの剣を防ぎ、その隙に男が長剣で腕を切り飛ばしたのか。
ヘビはそのまま這い出て、ボドリと地に落ちると、その場で見る見る巨大化した。
さらに男のズボンの袖からはズルリと銀肌のカエルが這い出て、同じく巨大化する。
カエルの方は額にももう一つ、小さな頭がついていて気持ち悪い。
男と同じサイズにまで成長したカエルがこちらに、ヘビがアスナイさんの方へと迫る。
速い!
「行かせませんよ!」
「炎纏。」
アンジェさんが弓を射かけ、ユーミリアさんが前に飛び出て進路を塞ぐ。
カエルの背に矢が刺さり、炎を纏ったユーミリアさんの拳がその体を焼く。
だが次の瞬間、矢と拳が触れたところから弾けるように体液が吹き出した。
(こいつら毒持ちっぽいねえ。気を付けよう。)
(ユーミ、手は大丈夫ですか?)
(炎で相殺したからたぶん問題ないよ。)
その一方で、白狼となったラタは天魔に攻撃を仕掛ける。
3カ所での戦闘。
急いで俺も加わらないとまずい。
そこにローガンさんが腕を持ってやってきた。
「小僧。つないでくれ。」
「え!?そ、そんなことできるんですか?」
「切断面はキレイだからいける。急げ。」
「あ!わ、私がやりますです、はい!」
起き上がったハイセちゃんが手をあげる。
気が付いたのか、良かった。
これで回復は彼女に任せられる。
急いでカブの治療を済ませて、サソリ型ルルの荷台に運ぶ。
そこでローガンさんの治療も終わった。
「いくぞ小僧。」
「はい!ハイセさんはルルの荷台に!」
「わ、わかりました、はい!」
「カイト爺、連携の指揮は任せたよ。」
『もちろんじゃ!』
俺はローガンさんとともに天魔の元へ。
走りながら溶岩弾をつくり出し、そのまま天魔へと飛ばす。
そこで気づいた。魔法の発動が早くなってる。
これは土の精霊の加護のおかげか?土魔法の適性を得たのかもしれない。
(タクト!お主それは・・・。)
(確認は後!今は目の前の敵に集中しよう!)
(わ、わかったぞい!)
「ははは!獲物が自分から向かってきたか!」
溶岩弾を避けた男がこちらに向かって横なぎに剣を振るう。
速すぎる!
来ると分かっているのに、受けるので精いっぱいだ。
だが次の瞬間、俺の首めがけて振るわれた男の右腕が切り飛ばされて宙を舞う。
ローガンさんだ。
「さっきは油断して悪かったな。お返しだ。」
「くくっ!切り口がきれいすぎたか。次はぐちゃぐちゃにすり潰してからちぎってやんよ!」
言いながらも男は素早い動作で己の腕を拾い、無造作にグリグリと切断面を押し付ける。
こいつも回復魔法が使えるのか?それとも再生能力でも持ってるのか?
「んじゃまあ。とっとと死んどけや!」
そこからは、乱戦となった。
天魔がつくり出したヘビとカエルは共に強く、連携したり互いに位置を入れ替えたり、ときにはハイセちゃんを狙うような素振りを見せてこちらを翻弄してくる。
途中からはカブが目を覚まして参戦したが、戦況はそれほど好転していない。
何よりも、いずれも再生能力を持っているのが厄介だ。
何度か良い攻撃が入ったけれど、すぐにその傷が塞がってしまう。
さらにヘビとカエルの毒攻撃がキツイ。
徐々に体力を奪われ、さらに毒の影響で目に見えて動きが鈍っていく。
そもそも女王たちとの連戦で、魔力にまだ余裕があるのは俺とカブくらいしかいない。
「どうしたどうした?もう限界か?もっと抗ってみせろよ人間!モタモタしてると先に地上の人間どもが滅びるぞ?」
天魔ヴォラクが嗤う。
ローガンさんとラタが必死に食らいついてくれているけど、戦力差は徐々に開いていく。
そもそも、彼らでなければここまで渡り合うこともできていなかっただろう。
だがそれももう限界だ。
何より男の言う通り、モタモタしていては地上にアリの群れが溢れてしまう。
焦りがさらに判断を鈍らせる。
(タクト。狙われとるのはお主じゃ。あまり前に出過ぎるな。)
(わかってるけど、このままじゃまずいよ。)
(それでもじゃ。お主がやられたらヤツの狙い通りじゃぞ。)
釣り役に徹してはいるけど、やはりもどかしい。
俺の魔力はまだ余裕がある。もしかしたら、加護を得たおかげで魔力がまた増えたのかもしれない。
けれど、それもいつまでもは続かない。
相手の再生力を上回り、一気呵成に切り崩す方法が必要だ。
考えろ。考えろ。考えろ。
共感の糸。それを活用した相手の感覚遮断と仲間の武器への魔力付与。
あとは、土の精霊からもらった加護。
これでできることはなにか。
「金剛纏。」
その時、ユーミリアさんが土属性を体に纏ってカエルの飛ばした舌攻撃を受け止めているのが目に入った。
土の理に触れたおかげか、その魔法の仕組みが驚くほど自然にわかる。
これだ。
これなら、今の俺でも使える。
(皆さん、そのままで聞いてください。)
俺は仲間に呼びかける。
(こいつらを倒すには、全力の攻撃をまとめてぶつけるしかありません。今から全員に僕の魔力を渡します。全員、最後の攻撃の用意を。)
(魔力を渡すだと?お前、そんなこともできんのかよ!)
(はい。魔力があればアスナイさん、もう一度獣身化ができますか?)
(そりゃできるけど、あたしは自分では制御できねえんだ。今の混戦状態で使ったら、お前らも巻き込んじまうぞ。)
(カイト爺に制御してもらいます。カイト爺、できるかい?)
(や、やってみよう。)
(僕が隙をつくります。それと、全員の防御も僕がやります。みなさん、防御を捨てて攻撃のみに専念してください。)
失敗すればその場で全滅しかねない危険な賭け。
全員が俺のことを信用してくれなければ成立しない賭けだ。
だが、メンバーの反応は意外なものだった。
(乗った!タクトの作戦ならうまくいくに決まってる。)とカブ。
(当然乗る。私はもうずっと前に、全部タクトに賭けたから。)とリズ。
(うんうん。いいねえ、少年たちの成長。お姉さんも乗ったよ。)とユーミリアさん。
(何やら面白そうです。いいでしょう。私も乗りますよ!)とアンジェさん。
(お、おう。あたしはちょっと不安なんだけど、獣身化を制御できるってんならやってもらいてえ。乗るぜ!)とアスナイさん。
(わわ、私は戦闘はできないので。あの、回復はお任せください、はい!)とハイセちゃん。
まさかの即断。
そして。
(いいだろう。乗ってやる。失敗したら承知せんぞ。)
ローガンさんが最後に乗っかる。
あとはもう、やるだけだ。
俺は作戦の概要を伝えると、武器をしまう。
ここからはもう、武器を手にする余裕はない。
代わりにポケットからユグドラシルを取り出し、握りしめる。
天魔の狙いが俺だというのなら、その狙いに乗ってやろう。
無防備で前に出る。
さあ、俺を殺してみろ!
「んん?なんだ、何か企んでやがるな。させねえよ!」
天魔の合図で、ヘビとカエルが共にこちらに向かってくる。
俺は3つの敵に共感の糸を伸ばす。
同時にユーミリアさんのスキルをまねて防御を上げる。
「金剛纏。」
土魔法を全身に纏うのと、三つ巴の攻撃がぶつかるのはほぼ同時だった。
なんとか魔法を纏うことはできた。加護を得た今なら、土魔法を纏える。
だが、それで攻撃を完全に相殺できるわけではない。
衝撃が全身を駆け巡る。
あちこちの骨に亀裂が入ったのがわかる。
(今です!)
ここからは時間との勝負。
3体の敵に共感の糸をつなぎ、強制的に視覚を共有する。
俺とは全く異なる3つの意思が一気にこちらに流れ込んでくる。気持ち悪すぎて吐きそうなのをぐっとこらえる。
「な、なんだこれは!」
気持ち悪いのは向こうも一緒。
それで動きを止められるのは一瞬。それでも、その一瞬があればいい。
わずかな隙をついて、アンジェさんから魔力を受けたルーネンが人化して、頭の上の枝を伸ばす。
同時にアスナイさんが獣身化して、襲い掛かる。
さあ、ここからだ。
リズの武器に炎を纏わせ、カブの武器には紫電を付与する。
(いくぞ!)
ローガンさんの合図とともに、仲間たちが一斉に動き出す。
全員の動きを追いかけ、カブとリズの武器の魔法付与を維持。
さらに状況に応じて、ユーミリアさんの金剛纏を真似した土魔法で仲間に迫る相手の攻撃を防ぐ。
頭が割れそうに痛い。
目まぐるしく変わる戦況を追いかけるのに、脳が悲鳴を上げる。
個々の動きに惑わされるな。全体を見るんだ。
歯を食いしばり、戦況を追いかける。
俺自身の防御は完全に捨て、金剛纏を信じるのみだ。
アンジェさんが弓を連射して相手の動きを制限し、ルーネンが伸ばした枝でヘビを拘束。
ヘビの尻尾がリズに向かうのを、金剛纏で防ぐ。
リズが炎を纏った大剣グラムでヘビの胴に大きな傷をつけ、アスナイさんが凄まじい膂力でその傷から胴の分断に成功。
カブが紫電を纏った大槌ミョルニルで、カエルの動きを止め、ユーミリアさんが業火をもってカエルの全身を毒ごと焼き尽くす。
ローガンさんが鬼気迫る勢いで天魔に切りかかる。
その反撃を金剛纏で防御。
ローガンさんの剣技がさらに冴える。
ラタが氷壁を築いて、天魔の退路を塞ぐ。
頭が痛い。目が痛い。耳が痛い。
天魔の全身に魔力が溢れる。
範囲攻撃だ!全員に金剛纏を付与。
さらにユーミリアさんの魔法を真似して、ハイセちゃんとルルの前に石柱の防壁を築く。
耐えた!
「くそが!!」
「今だ!全員でかかれ!」
ルーネンが鞭のように枝を振るう。
アンジェさんが神速の矢を放つ。
ラタが巨大な氷塊を飛ばす。
アスナイさんの大剣は唸りをあげて、リズの大剣は炎を纏って天魔に向かう。
カブは武器を切り替え、黒魔法でサポートだ。
そして追い詰められた天魔を、ユーミリアさんの火炎魔法が焼く。
「くそくそくそっ!!手前ら力を隠してやがったな!ふざけやがって!ふざけやがって!」
焼かれた端から再生をくり返す男を、ローガンさんが巨大な魔力の手で拘束する。
「答えろ。なぜこんなことをする?天魔の狙いはなんだ?」
男は業火にその身を包みながら、歪んだ笑みを浮かべて言う。
「は。ははは!んなもん決まってる。別の天魔を呼び寄せるためだよ。」
「なんだと?」
「この国に顕現するには、俺たち天魔の魂は強すぎる。だから奪うのさ。因果を。因果で魂を重くしなければ、俺たちはこの地に至れないのさ。」
「つまり血肉を捧げて、それを代償に召喚を果たすということか。」
「ああそうさ。もう遅い。俺の使い魔はすでに地上に至ったぞ。アリの群れが地上に溢れるのも時間の問題だ。地上の人間どもを皆殺しにすれば、俺よりはるかに強い天魔がこの地に降りる。ははは!絶望しろ!人間!力を使い果たしたお前らに生き残る道など!!」
天魔の言葉を遮るように、ローガンさんの剣が閃く。
次の瞬間、男の首が狂相を浮かべたまま、胴から離れる。
「急ぐぞ。地上に戻ってアリどもを迎え撃つ。」
ローガンさんの言葉に、俺たちは力強く頷いた。
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