4-20 次の一歩
土の迷宮での初日はアスナイさんの暴走があったものの、大きな問題もなく町に戻ることができた。
ただ、たった一回の迷宮探索でも課題は見えた。
まず問題となるのはカブの武器をどうするかということだ。
ルルを購入するのに所持金をほとんど使い果たしてしまったので、武器の購入は難しいと思っていたのだけど、カブが案内人時代にため込んでいた貯金を使うからと言い出した。
カブは意外とこういうマメなところがある。
パーティとして装備の購入とか収入の分担とか、ルールを決めておいた方がいいのだろうけど、今回はカブの強い希望もあったので、言う通りにすることにした。
今後、ルールが明確になったところで、カブには必要経費の一部をパーティから返すことにしよう。
そんなわけで、迷宮で話していた通り、アスナイさんに武器屋を紹介してもらった。
武器屋の主人は予想通りドワーフで、ギンガさんという白髭をたっぷりと蓄えた爺さんだった。
ドワーフということでカブはちょっと警戒していたけど、ギンガ老は寡黙な職人という感じで、信頼できそうだと思った。
ただし、ギンガ老にはシャミズさんという弟子がいて、こちらは女性ながらに勝気な性格らしく早々にカブと口喧嘩を始めていた。
それでも、険悪な感じというわけでもなかったので問題はないだろう。
口喧嘩の原因は、カブの武器についてだ。
魔物をつぶしてしまった反省を踏まえてリーチの長い斧を希望したカブに対し、シャミズさんは「絶対に槌!それか棍にすべきでしょうが!」と言って譲らなかった。
リズが大剣、俺が双剣なので、バランスを考えれば確かにそちらの方がいい。
さらにカブがいかに力持ちと言っても、カブの体格で柄の長い斧を振るうとどうしてもブレが出るのでやめた方がいいとのことだった。
カブは納得できない感じだったけど、シャミズさんの言うことももっともだし、カブ自身のことを考えたうえでのアドバイスであることも分かる。
アスナイさんもそれが良いと言うので、カブも渋々了承し、カブの体格に合う槌を作ってもらうことになった。
といっても、ドワーフ用の武器があるので、その微調整で済むらしい。
カブが武器を新調するついでに、俺とリズの武器も見てもらった。
どちらの武器もこれまでの戦闘で歪みや刃こぼれが生じているらしく、一旦預けてメンテナンスをしてもらうことにした。
メンテナンス代も馬鹿にならない金額になって動揺したけれど、アスナイさんが「宿賃を先払いしてやるよ」と言って立て替えてくれた。
こんなに気風が良いのに、なぜアンジェさんの借金が返せないのだろう。気風が良いから借金返済のお金が残らないのだろうか。
借金返済がまた遅れることを心の中でアンジェさんに謝りつつ、ありがたく立て替えてもらうことにした。
明けて翌日の夕方。
俺たちは再びギンガ老の下を訪れた。
カブの新武器は槌というより槌矛というのか、メイスのような形状だった。
柄の先端部には三角形の突起が4つ付けられていて、敵を砕くだけでなく、穿つこともできる武器だ。
全体に銀色に輝いていて、格好いい。
持ち手が長いので、リーチを変えながら戦うことができるし、重心がよく考えられているので練習用の槌よりはるかに扱いやすそうだ。
これなら、魔物の破壊も前回よりは抑えられるだろう。
文句を言っていたわりに嬉しそうなカブを見てシャミズさんがドヤ顔をしていたけど、それを言うとまたカブが不機嫌になりそうなので、黙っておくことにした。
俺とリズの武器についても、メンテナンスは済んでいた。
戻ってきた武器は、以前よりも少し輝いているように見えた。
だが受け取った時に、ギンガ老に「武器に名を付けておけ」と言われた。
なんと俺とリズの武器は、生成化しつつあるらしい。
青生生魂のナイフは元々呪具だったからわかるけど、イブンの隠れ家で手に入れた短剣リジルも生成化しつつあるとは思わなかった。
リジルはリジルという銘をそのまま名として、青生生魂のナイフにはクトネシリカと名付けることにした。
リズの大剣についても名を考えてほしいと言われ、こちらはグラムという名を与えた。
さらにカブまで武器に名を付けたいと言い出したので、短筒の方はテュルソス、メイスの方はミョルニルと名付ける。
なんだか伝説に出てくる武器の名前だらけで、しかもゲームで得た知識なのでちょっと気恥ずかしいけど。
飛鳥馬に知られたらきっと笑われるから、彼には内緒にしておかないとな。
ただ今後、どれかひとつでも魔具化することがあれば大きな戦力アップになるので、大切に育てていきたい。
ともあれカブの武器も手に入り、翌日からは土の迷宮に潜って使い勝手と連携の確認を始めた。
さすがにアスナイさんも連日こちらに付き合うわけにはいかないので、早朝に稽古、朝食後にお弁当をもって迷宮、夜は夕食を食べながらアスナイさんに報告したあとアドバイスを受けるというのが日課になっていった。
カブのメイス(ミョルニル)はさすがにセミオーダーというだけあってかなり扱いやすいようで、カブはメキメキと上達していった。
先端部以外の素材は鍛鉄だと聞いたけど、耐久性も随分高いように感じるのはドワーフが鍛えたからだろうか。
最初は不満そうだったのに、毎日嬉しそうに武器を磨いたり革を巻いたりしてるカブが可愛らしくて可笑しかった。
そんなカブはいつの間にか雑役夫の少年たちと仲良くなっていて、迷宮に入る際には雑役夫の少年たちの誰かに荷物運びをお願いするようになった。
さらにカブは案内人からもちゃっかり情報を入手していて、迷宮の上層についてかなり詳細な地図を作り上げているようだ。
一方で訓練については、石礫の数を増やし、迷宮で手に入る灌木なども使って、ルルが扱える魔人形の数を大幅に増やした。
土の迷宮の中には灌木地帯があって、その幹は細くて建材には向ないのだけど、かなり硬いのだ。
実際に戦ったことのある魔物であれば【共感の糸】を使ってルルにイメージを伝えられるので、かなり実践に近い訓練ができるようになった。
これにより、連携上の課題はかなり克服することができた。
練習相手が増えたことに一番喜んだのはアスナイさんだったけど。
アスナイさんは、ユーミリアさんが魔力増強の訓練を始めたことを聞いて火が付いたのか、最近ではギルドの仕事を終えた後でもルルの操る石人形を相手に訓練を繰り返している。
投擲用の鉄球もわざわざギンガ老に作らせたらしく、時折夕食後にリズと投擲の練習をしている。
その一方で、俺はカイト爺と一緒に魔法の練習を始めた。
カブがメイスを手に入れたので、いま攻撃面で一番役に立てていないのは俺だ。
土の迷宮での俺の役割はタゲ取りがメインなので必要ないと言えばないのだけど、手数は少しでも増やしておきたい。
そうこうしているうちに蒼月の週が過ぎ、紅月の週になった。
トスガルズの町では、再び<蝕>が起きたらしいとアスナイさんから聞いた。
<蝕>が続くのはとても珍しいことらしいのだけど、今のところは騎士団の活躍でうまく抑え込めているらしい。
いくつか伝えた訓練法がうまく機能しているといいけれど。
また、南方では天魔の仕業と思われる魔物の大発生があり、勇者の一行がそれに対応しているらしい。
アスナイさんの話によれば、シャハリザク王家秘蔵の飛空船の使用権限が正式に勇者に時限移譲され、勇者一行はそれを活用して各地を転戦しているということだ。
状況が少しずつ動いているなかで、自分たちだけが世界から取り残されているようで、焦りが募る。
確実に前進しているのだと、自分に言い聞かせるようにして迷宮に潜る。
今の俺たちにできることは、それしかないのだから。
成果が実りつつあるという実感はある。
この間、土の迷宮に馴れるためにさまざまなエリアで戦闘を繰り返してきた。
それぞれに苦手な魔物はいるけれど、そこは互いに補うことである程度対処できることも分かった。
上層だけであれば、どんな魔物であってもなんとかできるという自信もついた。
中層から現れる魔物は、基本的に上層の魔物の強化版に過ぎない。
迷宮攻略に向けての条件は整った。
「それじゃあ今日からは、中層に進むよ。二人とも、準備はいいかな?」
「おう!任せとけよな!」
「もっと歯応えのある魔物と戦いたいと思っていた。望むところ。」
「まあ、今回は中層の戦力確認と下層へのルートの確認、それと迷宮内での野営訓練が主だから。ケガをするのはどうしようもないけど、無理をせずに行こう。」
今回は、土の迷宮では初めてとなる野営も行う。
食料などはセバスチャンが用意してくれたし、アスナイさんからは野営の際の注意点を何度も聞いて確認してある。
今回は数日間いなくなることがわかっているのか、いつもよりごねるルルをなんとかなだめて館を出る。
そして、迷宮前で案内人と待ち合わせ。
下層へと向かう最短ルートを覚えるため、今回は雑役夫ではなく案内人を頼むことにしたのだ。
「おう!待ってたぜ!今回はよろしくな。」
雇ったのは、テッドさんという人族の男性だ。
年齢は40手前と言った感じだろうか。元狩猟者で、案内人としてはかなりのベテランらしい。
土の迷宮ではわざわざ下層まで行く狩猟者は少ないらしく、中層までの案内人しかいないのだけど、テッドさんは狩猟者時代に下層まで行ったことがあるということだった。
アスナイさんからも色々と聞いてはいるけど、下層の情報は希少なので合わせて話を聞いておきたい。
紹介してくれたのはアスナイさんだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
「おう。アスナイから釘を刺されてっからな。きっちり案内してやっから、そう緊張すんない。」
どこか飄々とした雰囲気のあるテッドさんはそう言って、カラカラと笑った。
「おっし、そんじゃあ気合を入れていこうぜ!」
「ふふ。腕が鳴る。」
テッドさんの後を追って、カブとリズが迷宮へと足を踏み出す。
『ふはは。二人とも随分と頼もしくなったのう。』
「ほんとにね。負けないように僕も頑張らないと。」
『そうじゃのう。何、儂とラタ、それにユグとルルもついとるから安心せえ。』
「ぴう!ぴうう!」
「ははは、うん。よろしくね。」
さあ。いよいよ土の迷宮中層の攻略だ。
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