4-16 新たな従魔
ルルという新たな従魔が加わった。
館そのものが魔物というなんとも変わった従魔であり、迷宮探索などの役に立つわけでもないのだけど、後悔はない。
ないのだけど、早速困ったことが起きた。
ルルが館から出してくれないのだ。
恐らく、以前の主であった狩猟者家族のことがトラウマになっているのだろう。
新たに得た家族を外に出すのが怖いと思っているのかもしれない。
絵と館に残された記憶を覗いてしまったせいで、そういう背景も察することができてしまうから、あまり強く命令することもしたくない。
これには、館の魔物化に強い影響を与えたのが猫だったという側面もあるらしいとカイト爺に言われた。
どうやら物が魔物化する場合には、その持ち主の人格が強く反映されるらしいのだ。
たとえばカイト爺は、長年にわたって一緒に旅をしていた老魔導士の人格と思想に強い影響を受けている。
この館は、黒猫の影響を受けた。
だけどそのために、人間の感情はある程度まで理解できても言葉が理解できないのだろう。
ただ、今は俺の従魔となったので、今後は少しずつ俺の人格に影響を受ける形で言葉も覚えるだろうとのことだった。
そんなわけで、まずはルルに信頼してもらうため、俺たちはしばらく館の中で過ごすことにした。
幸いにして食料は大量に持ち込んであるし、部屋もたくさんある。
家具などはそうとう古いはずなのだけど、ルルという魔物の中にあるおかげか、劣化することもなく清潔で、普通に使うことができた。
沢山の人が亡くなった場所なのでカブとリズが嫌がるかもと心配したけど、カブからは「そんなの迷宮だっておんなじじゃんか。」と笑われた。
リズの方も「部屋は誰も使ってなかったみたいだし、気にしない。」とのことだった。
彼らの逞しさに感心したけど、もしかしたら勝手にルルを従魔にした俺を気遣ってくれていたのかもしれない。
いずれにしてもまずは館の中を改めて確認する必要がある。
みんなで揃って、館の中を探索することにした。
ルルは例の黒猫の姿になって先導してくれた。
どうやらラタが巨大な狼に変身するのと同じように、黒猫の姿も自在に作り出せるらしい。
少し自慢げな様子で歩く姿が可愛らしい。
完全に気を許したわけではないけど、少なくとも俺たちが害のない存在であることは理解してくれているようだった。
そんなルルと最初に打ち解けたのはラタだった。
自分の方が先輩だぞと言わんばかりに両手を広げるラタに、ルルの方は少し警戒気味だった。
でも、同じ動物同士で通じ合うものがあったのか、そのうち追いかけっこをして遊ぶようになった。
真っ白なリスと真っ黒な猫がじゃれ合って転げまわる姿は傍目にも可愛らしい。
そんな二匹をリズが凝視する。
無表情を装っているのだけど、無意識にリズの手がわきわきしているのが可笑しかった。
本当は近くで愛でたいのだろう。
ルルの案内でざっと館を確認したところ、1階が狩猟者家族の住居、2階が客室として使われていたことが改めてわかった。
今はもう、どこの扉も開かれていて、自由に出入りができる。
ルルにとっては大切な場所であるはずの居間も、普通に使わせてくれた。
あの狩猟者家族の絵も、どうやって運んだのか居間の壁に掛けてあった。
居間の隣には、大人が5人ほど入っても余裕がありそうな厨房があった。
これだけ大きな館であれば、当然か。
調理用具なんかも綺麗な状態で残ってるので、魔道具を持ち込めばすぐにでも料理ができそうだ。
それから、地下には訓練場があった。
おそらく、あの大量のスケルトン軍団は、普段はここに集められていたのだろう。
それらしい跡が残されていた。
ルルは狩猟者家族のいた場所に他の人間を入れたくなかっただろうし。
手を合わせて死者の冥福を祈った。
それから、嬉しいことに浴室があった。それも2つ。
2階にあるのが普通サイズの浴室で、1階には公衆浴場かと思うほどの広い浴室が備えられている。
今は魔石などがないから使えないけど、今後のことを考えるとこれはすごく有難い。
うつろいの泉を使えばイブンの隠れ家にすぐ飛べるけど、あるに越したことはないからな。
その他、一階には夫婦の寝室らしき部屋など、生活の跡が残る部屋が数部屋。
さらにかなり大きな食堂まである。
夫婦の部屋はそのまま保存することに。
他の部屋は、とりあえずそのままにして後々必要があればその時に考えるということにした。
それから、各自の部屋割りも決めた。
「これからしばらくはここが拠点になるんだったら、自分の部屋を決めちゃおうぜ!」というカブの提案に乗った形だ。
2階にあがってすぐの客室を、3人隣り合わせで使わせてもらうことにした。
階段を挟んで、その両側が俺とリズの部屋。カブは通路を曲がった最初の部屋だ。
心配していたルルへの魔力の補充については、そもそも求められることがなかった。
カイト爺に聞いてみたところ、「迷宮と同じで、タクトたちの生活の中で出た魔力や魔素を糧にしておるのじゃろう」と言われた。
ちょっと表現が悪いかもしれないけど残飯や風呂の水、排泄物なんかにも魔素は含まれる。
そうしたものを分解し、そこから魔力を得ているという事だろうか。
ルルが言葉を覚えるまでは確認しようがないことだけど、魔力量はどれだけ増えても常にカツカツだからこれは嬉しい誤算だ。
館を数日離れた時はどうなるかわからないけど、毎日大量の魔力を求められるのでなければなんとかなるだろう。
排水やごみの処理なんかも任せられるのなら環境にも優しいしな。
こんな感じで3日は瞬く間に過ぎた。
そんななかで、少しずつルルとの距離も近づき、わずかながらも心を許してくれるようになったと思う。
ラタが仲介役をしてくれたのが大きかったと思う。
だが、食料や飲料水はまだまだあるとはいえ、さすがに風呂に入れないのは辛い。
折角立派な厨房があるのだから、温かい料理も食べたい。
共感の糸を使ってそろそろ外に出たいとルルに伝えると、やはりかなりの抵抗を示されてしまった。
そこでまずは中庭へと出してもらうことにした。
中庭に出るのもかなり嫌がられたが、外よりはマシと思ったのか、粘り強く頼んだら扉を開けてくれた。
中庭から<うつろいの泉>を通ってイブンの隠れ家へ。
全員がいきなりいなくなるとルルが動揺するだろうから、カブにお願いすることにした。
そして、隠れ家にいたセバスチャンとアンジェさん、マンドラゴラのルーネンに事情を話し館へと来てもらう。
従魔となった以上、彼らとも仲良くしてもらいたいし、少なくとも館に誰かが残っていればルルも寂しくないだろうと思ったのだ。
泉を介してのお隣さんだし、出会う機会は今後も多いだろうし。
ルルは突然の来客にかなり驚いて警戒はしていたけど、いきなり敵意をむき出しにすることはなかった。
俺たちの仲間だとわかっているのだろう。
思った以上に賢い子なのかもしれない。
マンドラゴラのルーネンを珍しがる様子もない。
もしかしたら狩猟者夫婦と一緒に活動しているときに出会ったことがあったのだろうか。
かなり高名な狩猟者だったみたいだし。
「事情はよくわかりました。<地獄の門>を守るというお役目がございますので、こちらに常駐するというわけにはまいりませんが、館の管理とルルへの指導はお任せください。」
「部屋を貸していただけるなら、私はこっちに移り住んでも構いませんよ!門に仕込まれた魔法陣はだいたい写し終わりましたし、研究はこちらでもできますからねえ!」
「あたしも構わないわよ。あっちの家だと、誰かを驚かせて遊ぶこともできないし。」
セバスチャン、アンジェさん、ルーネンの了解を得たので、早速引っ越しをしてもらうことにした。
と言っても主にはアンジェさんの書き溜めたメモと研究道具、生活に必要な魔道具をイブンの家から運び込むだけだ。
その後、アンジェさんは二階奥の一番大きな部屋を占拠して研究を再開。
セバスチャンはルルの案内で館の中を確認して回った。
魔人形であるセバスチャンは、同じ物に宿った魔物ということなのか、なぜかルルと意思の疎通ができるようで、早速従者の心得をルルに説いていた。
黒猫に説法をする人形というビジュアルは、とてもシュールだった。
ともあれこうして、俺たちは4日ぶりに温かい食事と風呂にありつくことができた。
風呂にはイブンの隠れ家に置いてあった魔道具を持ち込んだ。
あちらでは自分で魔力を通して湯を張る必要があったけど、こちらではルルが勝手にお湯を張ってくれる。
まさかの自動給排水機能付きだ。
食事は持ち込んだ料理がまだ残っていたので温めるだけだったけど、それだけでも美味しさが格段に違う。
かつて狩猟者家族が囲んだ食卓での食事は、アンジェさんとルーネンも加わったことでかなり騒がしいものになった。
ルルには、セバスチャンに捕ってきてもらった生のサカナを出してあげた。
黒猫の状態なら食事はできることはこの3日間で分かっていたけど、人間用に調理したものしか出してあげられなかったからな。
ルルは喜んでサカナにかぶりついていた。
果物にかぶりつくラタと並んで食べているのが可愛らしい。
でもその途中、ルルはサカナと取っ組み合うのやめて、ふと俺たちを見て、それから壁にかかっている絵を見た。
「昔を思い出したのかい?」
声をかけると、ルルはピクリと体を縮こまらせる。
「この数日はルルにとっては嵐みたいなものだっただろうね。でも、これからはこれが日常になる。ルルにも楽しんでもらえると嬉しいな。」
共感の糸は使わず、あえて言葉にして言ってみた。
ルルは黙って、じっとこちらを見つめていた。
「でも、昔のことを忘れる必要はないからね。それに、比べる必要もない。楽しかった昔は大切にしたらいい。いつか、僕たちとの出会いが同じくらいに大切なものになったら嬉しいけど、急ぐ必要はないんだからさ。」
どこまでその思いが伝わったのかはわからないけど、ルルはその後しばらく食卓を囲むみんなと絵を交互に見比べ、最後にナア、と一声鳴いて、またサカナと格闘を始めた。
そんな様子を、食事を終えたラタが見守っていた。
そして翌日。俺たちはついに、館を出る。
ルルはやっぱり俺たちが外に出るのを渋っていたけど、セバスチャンが取りなしてくれたおかげで、渋々ルルも折れてくれた。
――ギギギギギ。
重い音を上げて、頑丈な木の扉が開く。
その先に現れたのは、高い塀に囲まれた殺風景な庭。
庭にもいくらかの骨が散らばっているところを見ると、この庭までがルルの支配下らしい。
それらの骨と、カブのカバンに回収した骨の処理をセバスチャンに頼み、俺たちは門を出る。
そこはトスガルズとは全く異なる石造りの家が立ち並ぶ町だった。
トスガルズからはるか西方に位置する町。
土の迷宮を抱える鉱山都市ノルムガルだ。
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