1-5 襲撃
ふと気づくと、視線の先にあったのは見知らぬ天井だった。
またどこか知らない場所に飛ばされたのかと焦り、飛び起きようとして全身の痛みに呻き声をあげる。
「痛っ!!・・・いててて。」
痛みをこらえながらなんとか身を起こすと、そこは板張りの小部屋だった。
ベッドが10ほど並んでいるから、病室だろうか。
鏡がないので比較的痛みの少ない左手で耳を触ってみる。
特徴的な尖った耳の感触は、タクト少年のものだろう。
ということは、おっさんとの稽古の後で俺は気を失って、ここに運び込まれたのだろうか。
さて、どうしよう。
まだ体のあちこちが痛むけど、耐えられないほどではない。
とりあえず誰かを呼びに行った方がいいのかと悩んでいると、部屋の扉が開いて一人の女性が入ってきた。
「あ、起きた?良かった良かった。ちょっと心配しちゃったよー。」
少し癖のかかった灰赤色の長い髪を後ろでまとめた女性で、年の頃は20代前半と言った感じだろうか。
目鼻立ちがはっきりした美人さんなのだけど、大きな笑顔とそばかすがアクセントになっていて、親しみやすそうな印象だ。
「えっと・・・。」
「あ、私はユーミリア・ロッサム。狩猟ギルドの職員だよ。それで、ここは狩猟ギルドの応急処置室です。今の状況、わかるかな?」
「えっと、なんとなくですけど・・・。頭にキズのある禿げたおっさんに稽古をつけてもらって・・・。」
「ぶふっ。そんな言い方しちゃだめだよ。あの人はローガン・ルガルドさんって言って、竜撃級の狩猟者なんだよ。」
ちょっと噴き出したのを真面目な顔で取り繕って、ユーミリアさんがおっさんの名前を教えてくれた。
竜撃級というのがどういう位なのか、細かい階級まではロッカさんに聞いてなかったから知らないけど、かなり上位なんだろうということはわかる。
とりあえず謝っておこう。
「すみません。名前を伺ってなかったもので・・・そのローガンさんに稽古をつけてもらったあと、気を失ったんですよね。ご迷惑をおかけしました。」
「うんうん。もう意識はハッキリしてるみたいだね。体が痛むだろうけど、痛み止めは必要かな?有料になっちゃうけど。」
「いえ、単なる打ち身だと思うので必要ないです。」
「そっかそっか。あのローガンさんに稽古をつけてもらえる機会なんて滅多にないんだから、傷跡も勲章みたいなもんだよね。」
単に所持金が心もとなかっただけなんだけど、ユーミリアさんは勝手に納得して何度も頷いている。
この人は話しやすそうだな。
丁度いいから色々聞いておこう。
「ローガンさんて、そんなにすごい人だったんですね。あの、竜撃級っていうのは・・・?」
「あれ、最初に登録するときに聞いてないかな?」
「すみません、聞き洩らしていたのかもしれません。」
「君は若いのに言葉づかいが丁寧だねえ。よし、じゃあお姉さんが教えてあげるね。」
それからユーミリアさんに色々と話を聞いた。
まず狩猟者は能力に応じてランク分けされているらしく、下から順に羊蹄級、狼牙級、熊爪級、魔人級、竜撃級、王竜級となっている。
それぞれ、特定の魔物を倒すことで認定されるらしい。
ちなみに少年は階級外。俗に鼠級とも言われる駆け出し狩猟者らしい。
さらに王竜級の上は幻獣級という呼ばれるらしいけど、その位に上り詰めた狩猟者はほとんどいないので実質的な階級は王竜級が一番上なのだそうだ。
ちなみに今この町にいる狩猟者は竜撃級が一番上で、俺を助けてくれたアレッセさんとロッカさんは共に魔人級ということだった。
二人と知り合いだというと「この町でも上位狩猟者の3人と縁があるなんてすごいね!」と驚かれた。
それから、少年の能力でも稼げる狩場も教えてもらった。
この町の北東側には迷宮があるらしく、駆け出しの狩猟者はその浅い層で経験を積むらしい。
ただの草木や小石までもが襲ってくるこの世界では、外より迷宮の方がいくらか安全と考えられているのだそうだ。
もちろんそれも、浅い層に限ったことではあるけれど。
迷宮に出てくる魔物や換金できる素材についても話を聞くことができた。
稼げる場所を聞くのがギルドを訪ねた目的だったので、たっぷり時間をかけて説明してもらえたのは結果的にラッキーだった。
「とはいえ、ムリは絶対にしちゃだめだよ?ローガンさんやアレッセさんたちがムリでも、誰か上位の狩猟者と組めるんならその方がいいからね?」
「ありがとうございます。自分がどれくらい弱いかは身に染みてわかりましたから、ムリはしないようにします。」
「それと、狩猟者たちのこともごめんね。君があんまり歓迎されてないみたいだってのはわかってたんだけど、かばってあげられなくて。」
「いえ。実力がないのは事実ですから。彼らにも認めてもらえるよう、がんばります。」
「ああもう、可愛いなあ君は。これからも、なんかあったらお姉さんが相談に乗るからねー。」
ユーミリアさんは俺の頭に手を乗せて髪をクシャクシャにしながらそう言った。
実際の年齢は俺とあまり変わらない女性に子ども扱いされるのは何とも言えない気分だったが、悪い気持ちはしない。
その後、武器や装備のことなどを簡単に聞いてから、改めて礼を言った後、宿に戻ることにした。
その頃には、体の痛みもだいぶマシになっていた。
帰り際、ユーミリアさんに「逢魔時が近いから寄り道しないように」と言われた。
なんのことか分からなかったけど、あんまり色々聞きすぎるのも悪いと思ったので、そのまま狩猟ギルドを出た。
宿に戻る途中、昼食を食べ損ねていたことに気付いた。
時計がないので時間がわからないけど、太陽の位置を見る限り夕刻にはまだまだ時間がありそうだ。
体を酷使してお腹がすいたので、露店で適当に見繕ってその辺で小腹を満たそう。
道すがら、コロッケっぽい揚げ物を出している店があったので購入。
赤銅銭2つと言われて銅銭を出したらちょっと赤い銅銭が8つ返ってきた。
赤銅銭が1つで100円、銅銭が1つ1000円くらいなのかな。
この地域の硬貨は平たい棒のような形をしているのが面白い。
少し進んだところで小さな広場のような場所を見つけた。
手作り感満載のベンチが置かれていたので、そこに座ってコロッケ風の何かをかじる。
コロッケ風の何かは、つぶした豆とひき肉を丸めて揚げ焼きにした感じだった。
普通のコロッケと比べると食べ応えがあるわりに味が薄いけど、枝豆コロッケと思えば食べられないこともない。
揚げ焼きコロッケを頬張りつつ、今日のことを振り返る。
あのローガンというおっさんの技はすごく参考になった。
彼に指導してももらえたのは偶然なのだろうか。
アレッセさんとロッカさんに会えたのも含めて、もしかしたら本当に「業」の影響なのかもしれない。
そこで、初めて家にいる父親のことを思い出した。
小学校の時に母親が亡くなって以来、家事は俺の仕事だ。
俺がいなくなって、親父は飯を食えているのだろうか。
丸一日思い出せなかったのは、地味にショックだな。
実はそれだけテンパっていたということなのかもしれない。
そんなことを考えていると、町のどこかから鐘の音が聞こえてきた。
それと同時に露店の辺りの雰囲気が慌ただしくなってきたのに気が付いた。
どうやら店じまいを始めたようだ。
道行く人も慌てた様子で足早にその場を去っていく。
ふと、ユーミリアさんに言われた「逢魔時」という言葉を思い出す。
もしかしたら、何かあるんだろうか。
なんとなく嫌な予感がしたので、俺は残っていた揚げ焼きコロッケを口に放り込んで宿屋に向かうことにした。
そこで気づいた。
道順がわからない。
どこかから聞こえてくる鐘をつく間隔が次第に短くなってきた。
これはヤバい気がする。
何度か道を間違えながら、宿屋をめざす。
と、背後から突然、ブウウウウンという音が聞こえてきた。
振り返ってみると、そこにいたのは巨大な蜂だった。
形状はスズメ蜂そのもの。だが人の頭よりも大きい。
体の色は毒々しいムラサキと黒の縞模様。
こいつは魔物だ。
直観というより、本能でここにいてはまずいことを理解する。
どこかに隠れなければと周囲に目を向けた時、路地から声をかけられた。
「おい坊主こっちだ!急げ!」
そこにいたのは、壁に立てかけた戸板のようなものの影に身を潜めた露天商だった。
ありがたい。俺は慌てておっさんの元に駆け寄った。
「すみません!助かりました!」
「いいからすぐに隠れろ、いいか、動くんじゃねえぞ!」
おっさんが少し下がってくれたので、俺は板の下に身を潜める。
その直後、数匹の蜂が視界に入ってきた。
どうやらこの魔物はあまり目が良くないらしい。
だがこいつらの目的は明確だ。
明らかに俺たちを獲物として探している。
未練がましく戸板の上を飛び回る羽音が恐怖心を呼び起こす。
息を潜めてひたすらじっと耐えていると、蜂たちはあきらめたのか、1匹ずつ飛び去っていくのが分かった。
残るのは最後の一匹だけだ。
その一匹が道の反対側の路地へと飛んでいく。
そこには、俺たちと同じように戸板の影に隠れる親子連れの姿があった。
子どもは5歳くらいの女の子だろうか。
恐怖のあまりパニックを起こしていて、それを母親が必死に抑えているのが見える。
あれはちょっとまずいかもしれないと思った。
そして、その嫌な予感は的中する。
蜂が彼女たちの真上に近づいたときに、恐怖の限界を超えた少女が母親の制止を振り切って飛び出してしまったのだ。
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