3-15 連戦
鬼人はトロルよりも速く、強く、硬い。
全身を覆う血色の結晶はもちろん、分厚い筋肉の鎧で全身を守っている。
状況に応じて戦い方を変える知性もあり、周囲に転がっている魔物の死骸などを投げたり蹴り飛ばしたりして、こちらが避けている間に距離を詰めてくることもある。
さらにリズが使うような【身体強化】に似たことができるらしく、一撃でも喰らえば骨ごと砕かれそうだ。
そんな鬼人と1対1で向き合う。
ローガンさんが2体、リズと俺が1体ずつ、そして飛鳥馬たちが1体だ。
ギースさんはそのすべての戦闘に目を光らせ、鬼人たちに牽制の矢を放ち、時には鎧のすき間を縫って直接矢を撃ち込み、鬼人たちの戦力を着実に削いでいく。
共感の糸の使い方に馴れてきたおかげか、全員の状況がわかる。
誰かがスキルを使っている時の魔力の流れまでが伝わってくる気がした。
すでに疲労はピークに達しているはずなのに、むしろそれが高揚感と集中力につながっている。
アスリートにとってのゾーンはこういう状態を言うのだろうか。
ローガンさんは4本の剣を巧みに操り、2体の鬼人を相手に着実に攻撃を当ててダメージを与えている。
しかも剣ごとに異なる属性を持たせているようだ。
ギースさんは戦場全体を広く見渡している。
鬼人だけでなく、俺たちの動きの先を予測し、的確に矢を打ち込む。
この先読みと当て勘も、【弓術士】の固有スキルである【看破】によるものらしい。
リズは似たようなスキルを持つ鬼人に対して一歩も引かず、打ち合っている。
力は鬼人の方が上だけど、技術と手数で対抗し、鬼人の鎧を破壊していく。
最近ずっと取り組んできた型稽古の成果だろう。
だが、さらに圧巻なのは飛鳥馬だ。
なんと飛鳥馬は、【大剣士】の固有スキルである【身体強化】や、【剣士】の固有スキル【瞬撃】をはじめ、それぞれの天職だけがもつはずの固有スキルを併用して使っていた。
そういえば以前カブから、【勇者】はすべての職の固有スキルが使えると聞いた気がする。
さらに今は見せていないが、【勇者】だけが使える固有スキルまであるって言ってたな。
そして彼とともに戦う王女は、多彩な魔法で支えていた。
移動中にも騎士団の魔法部隊がさまざまな魔法を見せてくれたが、それとも異なる魔法も使っているようだった。
周囲の奮闘に触発され、俺も目の前の鬼人に立ち向かう。
親殺しの短剣リジルに炎を纏わせ、肉を焼く。
青生生魂のナイフに冷気を通し、血を凍らせる。
ロッカさんに教わった歩法を駆使し、カイト爺のサポートを受け、さらにラタによる牽制に助けられて、超近接の間合いで鎧のすき間に刃と突き立てる。
この距離でなければ、俺の攻撃は通らない。
一撃でも喰らえば即死という極限状態の中で、限界まで集中力を高めていく。
一瞬が、驚くほど長く、濃い。
超近接の間合いでは、対格差のせいで鬼人の表情すら見えないため、どれだけダメージを与えているのかもわからない。
わずかな動きの起こりも見逃してはならない。
【共感】を駆使して、鬼人の使う【身体強化】を捉え、動きの先を読め。
そして。
やがて周囲から雑音は消えていく――。
「ゴァアアァアアッ!!!!!」
だがその時間は、鬼人が上げた悲鳴によって終わりを告げた。
見れば鬼人の首に一本の矢が刺さっている。
ギースさんだ。
(・・・助かりました・・・。)
(いやいや、少年が鬼人の足を止めてくれたお陰だよ。大殊勲だよ、少年。)
ゆっくりと倒れていく鬼人を見ながら、心の中でギースさんに感謝を伝える。
見れば、すでにローガンさんは2体の鬼人を屠り、さらにリズと共闘で鬼人にとどめを刺しているところだった。
そして反対側に目を向ければ、飛鳥馬たちは自分たちの手で鬼人を倒し、膝をついていた。
一人では倒しきれなかった。
でも、どうにか鬼人たちを倒した。
カブとギースさんが枝から降りてこちらに向かっているのが見えた。
「はああ・・・・しんどい・・・。」
大きく息をはいて、天を仰ぐ。
だが次の瞬間。
それまで、いや今までにも感じたことのない大きな力の波動を感じた。
(まだです!まだ何か来ます!!!!)
思わず心の中で叫び、周囲を見渡す。
死んだ魔物に残っていた魔力が漏れ出て、ひとところに集まり渦を為す。
ローガンさんとリズの背後だ。
だが、二人それに気づいていないようだった。
(ローガンさん!リズ!その場から離れて!!)
二人に向かって走りながら叫ぶ。
その間にも渦はさらに濃くなり、瞬く間に人の形を成していく。
それは男だった。
だけど人間じゃない。
背中に大きな黒い鳥の羽を生やし、漆黒の軽鎧を身に付けた偉丈夫。
そいつが、現れるなり目の前にいたリズに向けて、手に持っていた真闇の大剣を振りかぶる。
「止めろおおお!!」
「!!」
男に向けて投げた青生生魂のナイフが、男の頬をかすめた。
その隙に思いっきりリズに体当たりをしてその場から引きはがす。
「やってくれたな・・・小僧が!!!」
男の大剣を再び構える。
まだ体勢が整わない。
辛うじて右手にもつリジルで防ぐ。
だが男の膂力は異常で、リジルごと吹き飛ばされてしまった。
「ぴう!ぴうう!」
「タクト!!!!」
『タクトすまん!油断した!』
ラタとリズが駆け寄ってくる。
くっそ・・・今ので右手がイカれた。リジルもどこかへ飛ばしてしまった。
いや、右手だけじゃない。打ち所が悪かったのか、左足も動かない。
「リズ、俺の武器を・・・。」
「わかった!」
飛ばしてしまった短剣とナイフを取りにリズが走る。
俺は左手でどうにか体を支え、上体を起こして現れた男を見る。
癖のある短い黒髪に、エルフほど長くはないが尖った耳。
猫のような縦長の虹彩は金。
そして嘲るように笑った口には牙が見える。
その全身から立ち上る闘気はまさしく強者。
常夜の剣姫がもつ隔絶したものとは異なるが、明らかに俺より数段上の格を感じさせる。
「て、天魔・・・・。」
男を挟んで反対側にいた王女が呟くのが聞こえた。
どうやら、天魔という種族らしい。
「我が名はアンドロマリウス。頭が高いぞ小虫どもが。【勇者】が現れたと聞いたのでな。丁度<蝕>で贄も十分だったので、こうして現れてやったのだ。感謝するがいい。」
狙いは勇者か。
くそ!体が動かない。
回復薬はまだあるけど、骨折はきちんと治療してもらわないとまずいと聞いた。
事実上、俺は戦線離脱だ。
「全員下がれ!こいつは俺の獲物だ!!」
そこで動き出したのはローガンさんだった。
獰猛な笑みを浮かべ、アンドロマリウスと名乗った男に襲い掛かる。
だがアンドロマリウスは大剣を巧みに操り、ローガンさんが操作する4本の剣を弾きながらもさらに攻撃を繰り出してくる。
「こっちもお忘れなく!」
ローガンさんに向けて剣を振りかぶったアンドロマリウスに、ギースさんが矢を放つ。
そのわずかな隙に、ローガンさんは距離を開けて体勢を整えなおす。
「ギース!余計なことをするな!」
「悪いんですけど、こいつは確実に倒さなきゃいけない相手なんで。ローガンさんの趣味に付き合う気はありませんよ。」
「ちっ!!」
その間にリズが俺の武器を拾って戻ってきた。
カブも一緒だ。
「ありがとうリズ、カブ。カイト爺、ラタ、リズについてあげて。」
『なんじゃと?』
「情けないけど、骨折で動けない。その代わり、全体の指示役は僕がする。あいつは連携しないと倒せないから、頼むよ。」
『ふむ・・・いいじゃろう。だが儂らが離れた隙にやられるでないぞ。』
「ぴうう!!」
「もちろん。カブに力を使ってもらって隠れるつもりだよ。」
「ああ、任せときな!」
カブに手伝ってもらい、カイト爺をリズに羽織ってもらう。
リズの技量ではまだローガンさんたちには及ばないが、ラタとカイト爺のサポートがあれば戦えるはずだ。
(すみません!動けそうにないので、指示役に徹します!)
(了解了解。天魔は魔法も長けているから、少年は観察に徹してもらった方がいい。見逃さないようにしてくれよ。)
(わかりました。飛鳥馬、まだ動けるか?)
(正直しんどい。けどなんとかするさ。)
(それならまずこっちに合流してくれ。回復薬を渡す。無理してケガをする方がまずい。)
(わかった。)
まだだ。
まだ終わらない。
体が動かないなら頭を使え。
俺にできることが、まだあるはずだ。
天魔というのがどれだけ強いのかは知らないが、絶対に勝ってみせるぞ。
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