2-13 リズの力
「よし、ひとまず舟をつないであの割れ目を調べよう。ラタ、お願い。」
「ぴうう!」
ラタが魔法の糸を飛ばして舟と岸壁とをつないでくれた。
さらに宙を舞って割れ目に移動する。
「それじゃあまず僕からあがるよ。カブ、ランタンを貸して。」
「う、うん。気を付けろよ。」
岩をつかみ、壁を登っていく。
壁面はごつごつしていてつかむところが多いので、さほど苦も無く登りきることができた。
ランタンはカイト爺が持ってくれた。
「ぴ!ぴ!」
「僕が落ちた時に備えて待機してくれてたんだね。ありがとうラタ。」
「ぴう!」
ラタの頭を軽くなで、ランタンで割れ目の奥を照らす。
どうやら奥に続いているようだ。
「先に進めそうだ。あがってきて。」
魔物を刺激しないように小さな声で伝えると、リズがおもむろにカブをつかみ、放り投げてきた。
「うわわ!」
「カブ、手を!」
危うく割れ目を通り過ぎそうな勢いで飛んできたカブの手をとり、穴の中へと引きいれる。
ついでリズがひょいひょいと岩場を登ってきた。
大剣を背負っているというのに、まったく危なげないのはさすがだ。
「ひどいよリズ!おいら物じゃないぞ!」
「手間を省いただけだ。」
カブが小さな手を振り上げて抗議するが、無表情で応えるリズはまるで意に介さずと言った感じだ。
「まあ手間が省けたのは事実だから」といってカブをなだめ、俺たちは割れ目の奥へと進んだ。
今度は俺が先頭、カブが真ん中、リズが最後尾という陣形だ。
気配を遮断するというカブのスキルは魔力の消費が大きいらしいので、ここでは使わない。
道中に現れるのはヘビとコウモリ。
いずれも戦い馴れた魔物だし、数も少ないので俺とラタとで対処できた。
新しく手に入れた短剣は佳く手になじみ、違和感もない。
さらに切れ味は、青生生魂のナイフに勝るとも劣らない。
そのまま50メートルほど進んだところで、抜け道は大きな岩の扉のようなものが道を塞いでいて、行き止まりとなっていた。
だが、その大きな岩には魔法陣が刻まれていた。
小屋で見た封印の魔法と同じもののようだ。
「どうやらイブンはここから出入りしていたみたいだね。封印はユグにお願いすれば解けると思うけど、岩が動かせないな。」
「それは私がやる。」
「リズ?」
リズが表情を変えずに声を上げる。
リズの職業は【大剣士】。
その固有スキルは【身体能力向上】というもので、腕力を大幅に引き上げることができるのだそうだ。
どうりでスラリとした体で大剣が振るえるはずだ。
「それじゃあ、やってみようか。ユグ、悪いけどまた頼まれてくれるかな?」
ユグドラシルを岩の扉に押し当て、封印魔法に込められた意志を探る。
ユグドラシルが淡い光を放つと、扉に掛けられた封印が解かれていくのを感じた。
「今度は私の番。」
岩扉は円形の板のような形をしていて、横に転がすことができるようだ。
岩扉に当てたリズの両腕が紅い靄のようなものに包まれる。
これが身体強化の魔力なのだろう。
すると、岩扉が少しずつ横に転がりだした。
「リ、リズすげえ!」
カブが感嘆の声を上げる。
人が通れるほどのすき間の向こうにランタンを掲げると、ここまでと変わらない洞窟のような通路が見えた。
「急げ!長くは保たない!」
リズが声を上げる。
俺とカブが先に扉を潜り、最後にリズが通り抜けると岩の扉は再び閉じてしまった。
床面が傾斜しており、放っておくと扉は自然に閉まるようになっているようだ。
「これ、こちら側からだと扉をつかめる場所がないね・・・。」
「だな。道理で今まで誰も地底湖の存在を知らなかったはずだぜ。」
「けど困ったな・・・いざという時に戻れないよ。」
「どうせいつかは戻らなきゃならないなら、体力のある今のうちに進んだ方がいい。」
「うん・・・そうだね。」
リズの言葉に、俺は頷く。
まったく表情が変わらないのでその真意を伺うことはできないけど、今の状況ではそれが頼もしい。
俺たちは気を取り直して先に進むことにした。
少し進むと、洞窟の出口が見えてきた。
そこで一旦昼食を摂り、小休止。
昼食は隠し部屋からとってきた果物だ。
「何か魔物の気配がする。ここはまた、おいらに任せておくれ!」
洞窟の出口付近でカブが声を上げた。
アミュレットを掲げたカブを先頭に洞窟を抜ける。
するとそこは、尖った岩が林立する岩山だった。
しかも空が見える。
「あ、わかった。ここは10階層だね。」
カブが周囲を見回して言う。
トスガルズの町の外に出てしまったのかと思ったが、どうやらここも迷宮の中らしい。
空が見えるのは、地底湖の隠し部屋みたいな魔法の効果なのだろうか。
あるいは階層自体がどこか知らない土地につながっているのだろうか。
具体的な仕組みはよくわからないけれど、周囲を一瞥しただけでどの階層かわかるのはさすが案内人だ。
「この階層はヒツジの魔物とトリの魔物が多いんだ。ほら、あそこ。」
小声でカブが指さす辺りを見ると、尖った岩の途中にいるヒツジが見えた。
捩れた角とヒズメの辺りが黒く結晶化しているのが見える。
もこもことした真っ白なヒツジを想像していたけど、実物は茶色く汚れた毛が伸び放題で、おどろおどろしい。
ヒツジというより毛の長い山羊のような印象だった。
しかも、まだらに汚れた毛が保護色になっているためか、岩肌と見分けがつきにくい。
「あいつらは岩の間を飛び回って攻撃してくるし、群れるから面倒なんだ。このままこっそり先へ進もう。」
よくよく見れば、あちこちの岩場に数多くのヒツジがいる。
体格も大きいため、まとめて襲い掛かられたらと思うと恐ろしい。
リズが8階層で足止めをくらっていたのも、この数に対処するのが厳しかったからなのかもしれないな。
この先のことを考えるとできるかぎり負傷は避けたいので、俺たちはカブに従ってゆっくりと岩山を進んだ。
足元も平たんではなく、場所によってはよじ登ったり飛び降りたり、高低差が激しいためなかなか進まない。
ヒツジたちに気づかれないように、慎重に歩を進めていくと不意に視線を感じた。
視線の主を探ると、少し離れた崖下にひと際大きなヒツジがいる。
全身が金色の毛に覆われたヒツジだ。
「うわ、あれ女王だぜ。こんなところにいたんだ・・・。」
「なんかこっちを見てるけど・・・。」
「ヒツジの女王は、こっちから手を出さない限りは襲ってこない。このままやりすごそうぜ。」
カブの言葉に従い、俺たちはそのまま恐る恐る進んだ。
完全に視界から消えるまで、女王はただじっと俺たちのことを見つめていた。
そこから先は、2回ほどヒツジたちとの戦闘になった。
一回は足元の岩が崩れてヒツジたちに気づかれた。
もう一回は、おそらくカブの魔力が切れてきたのだろう。
ただ、いずれも近くにいたヒツジの数が少なかったのでなんとか撃退することができた。
とはいえ、やはりヒツジの魔物は強かった。
ラタと同じく立体機動に特化したタイプのようで、上下左右を飛び回りながら突っ込んでくる。
さらに大量の毛に覆われているため、中途半端な攻撃ははじき返されてしまうのだ。
確実なダメージを与えられるのはリズの大剣とラタの尻尾攻撃のみ。
そこで俺は毛の少ない足狙いの攻撃に切り替えることにした。
俺が釣り役、リズがアタッカーという形が次第にできあがっていく。
ゲーム的に言うなら、俺は回避盾役ってところだろうか。
ヒツジの魔物は肉も皮も、角やヒズメも売れるらしいので、その場で捌いてカブのカバンに詰め込んでいく。
その後は順調に歩を進めたが、カブの魔力が限界に近付いたため、9階層に上がった時点で夕食と仮眠をとることにした。
9階層に上がる階段も、隠し部屋と同じように空中で階段が消える不思議仕様だった。
リズと交代で見張りを務めながら、初めての野営。
緊張のあまり、ほとんど眠ることはできなかった。
翌日は朝からカブの力を借りて、ひたすら9階層の突破をめざす。
昼前に9階層を抜け、8階層へ。
8階層からはカブの魔力消費を抑えるために戦闘を繰り返して進む。
この階層からはヒツジの魔物が減るうえ、リズは普段から単独で戦っている場所だ。
俺もある程度はヒツジの動きに馴れてきていたので、どうにかリズの足手まといにならないくらいには働けたと思う。
だが最短ルートをカブに案内してもらっているとはいえ、迷宮は広く、戦闘を繰り返しながらでは歩みは遅い。
5階層まで上がった時点で再度夕食と仮眠をとり、町に戻ったのは翌日の午後になってしまっていた。
実に4日ぶりの地上だ。
地上に戻った俺たちは、そのまま揃って狩猟ギルドへ向かった。
ギルドにつくと、俺たちを見つけたユーミリアさんが駆け寄ってきた。
「タクトくん!カブくん!それにリズちゃんも!よかった、心配してたんだよお!ラタちゃん、会いたかったよお!」
勢いのまま抱き着いてきたユーミリアさんは、それで納得したのか、ラタをがっしと抱え込む。
あっさりと彼女の興味がラタに移ってしまったことにちょっとだけ寂しさを感じた。
「タクトくん、なんとなくだけど事情は分かるよ。上でお話をきかせてもらえるかな?」
すでに死んだふりを始めたラタを抱いたまま、ユーミリアさんが言う。
それを受けて、ピロティにたむろしていたグロストたちが不機嫌そうに顔を背ける。
いなくなった俺たちとグロストたちの関係を疑ったユーミリアさんが、グロストたちを問い詰めてくれたのかもしれない。
だが、当然グロストたちはしらばっくれただろう。
「もちろんお話します。すごいお宝を発見したので、その報告も。」
俺はあえて大きな声で言う。
「お宝」という単語に、周囲の狩猟者たちがざわめく。
俺はそれを無視して、グロストたちの元へと足を運んだ。
「色々やってくれて、ありがとうございます。グロストさん。」
「は?なんだお前?俺たちが何したって言うんだよ?」
グロストの回答は予想通り。
だが俺は言葉を続ける。
「まあそう言うと思ってました。だからグロストさん、試合をしてください。」
「は?」
「お互い武器は下にある訓練場にあるものを使って。僕が勝ったら、今後、僕とカブ、リズには一切手を出さないと約束してください。もちろん、お仲間もですよ。」
「てめえ・・・なめてんのか?」
「あ、怖いなら、従魔たちには手を出させませんので。純粋に剣だけの勝負ですよ。僕が負けたら、迷宮でのことは水に流します。さらに、迷宮で見つけたすごいお宝を差し上げます。」
「言いやがったな小僧が。いいだろう、後悔させてやるぜ。」
我ながら安い挑発だが、グロストは乗ってきた。
まあ体格も小さい従魔士ごときには負けないと思っているだろうから当然だけど。
こめかみに青筋を浮かべながら、グロストは獰猛な笑みを浮かべた。
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