2-7 ラタトスク無双
「タクトのは売りものになんないね。ラタみたいに脳天か首を狙わないと。」
「すみません・・・。」
3匹のネズミは、その場でカブの手ほどきを受けながら解体することにした。
現代日本で生きていた俺にはなかなかハードルが高いが、生きていくために必要なことと割り切ってがんばった。
ところが、俺が仕留めたネズミは胴体に大きな切り傷があるので、毛皮は売り物にならないと言われてしまった。
魔ネズミは肉も毛皮も素材になるが、多くの狩猟者が狩る魔物だけに買取価格は低い。
それゆえに瑕疵のあるものは大した儲けにもならないので、放置されることがほとんどだという。
「肉の方は売れるけど、大して高くもないし、嵩張るからほとんどの狩猟者は放置だね。タクトはどうする?」
「うーん。それはそれでもったいないというか、なんかネズミに申し訳ない気がするね。」
「ギルドに持ち込まないんだったら、おいらがもらうよ。もちろんそっちは荷物運びには含まないから安心しておくれ。」
「食べるの?」
「うん。雑役夫にとっちゃ貴重な食料だからね。仲間と分け合うんだ。」
「だったら持っていって構わないよ。」
「やった!」
カブが嬉々として、背中に担いだ巨大なリュックに魔ネズミの肉を詰めていく。
リュックというより、背負子だな。
何のためにそんなものを担いでいるのかと思っていたけど、そういうことか。
まあ、俺たちが狩れる量など知れてるだろうけど、それで多少なり子どもたちが飢えずに済むのなら、わずかな収入よりもそっちを優先してあげたい。
仕留めた魔ネズミの肉はすべてカブに譲ることにした。
毛皮の方はラタが仕留めた2匹だけでなく、俺が倒したネズミのものも持っていくことにした。
売り物にはならないだろうけど、なんというか迷宮で初めて倒した魔物ということで。
解体するときによくよく観察してみれば、魔ネズミは毛の一部が結晶化しているようだ。
そのせいで斬撃が通りにくいのだろう。
「それにしても、まさか上から襲ってくるなんて思わなかったよ。隠れる場所なんてなさそうなのに。」
『タクト、すべての枝道が人間の通れるサイズというわけではないぞ?中にはネズミしか通れないような小さな枝道もあるんじゃ。』
「ああそうか。じゃあさっきネズミが出てきた辺りに、小さな抜け穴があるんだね。」
『そういうことじゃな。』
「ちなみに魔物はどうやって湧くの?魔素が溜まったところから、一定時間ごとに突然生まれたりするのかな?」
「そんなわけないだろ。まあ、レイスみたいなのはそうやって湧くこともあるけど、迷宮の魔物はだいたい、種族ごとの女王が生み出すんだ。」
「へえ・・・。」
ゲームのように一定時間でリポップというわけではないんだな。
「ちなみに、この迷宮のネズミの女王はどこにいるかはわかってない。女王はだいたい特殊な力をもっていたりするから、もし狩ることができたら結構な稼ぎになると思うぜ。」
「へえ。ラタだったら小さな穴も通れるから、もしかしたら見つけられるかもね?」
「ぴ!ぴう!」
ラタが小さな手を広げてやる気を見せててかわいらしい。
ラタは手(前肢)の指が4本、後肢の指が5本となっていて、指の数が違う。
そういう種族らしく、最初に気付いた時は驚いたが、その指の形に妙な愛嬌があるのだ。
「あはは。そんなに簡単に見つけられたら苦労はねえよ。んじゃ、ぼちぼち行こうぜ!」
そこから、さらに奥へと進みながら狩りを続けた。
ネズミは上からだけでなく、足元の岩の割れ目から飛び出してきたりもするので油断がならない。
さらにモタモタしているとすぐ逃げられてしまうので、俺はまったく成果をあげることができなかった。
だがラタの方は糸と尻尾の先のクリスタルを巧みに使って、着実にネズミを倒していく。
「タクトより、ラタの方が頼りになるね。」
「め、面目ないです。」
「あはは、そんなにしょげないでよ。最初はそんなもんさ。ラタがすごいんだ。」
そんな感じで狩りを続け、ラタが6匹目を仕留めて、さらにしばらく進んだ時だった。
「ぴう!」
「え?ラタ、どうしたの?」
突然走り出したラタが、岩のスキマに飛び込んでしまったのだ。
一体どうしたんだろう。
「なんだろう。何か見つけたのかな?」
「かもね。けどこんな穴、タクトは通れないだろ?おいらはギリギリいけるかもだけど、先に何がいるかもわかんないし、見に行くのはごめんだな。どうする?」
「ううん。悪いけど、ラタが戻ってくるのを待たせてもらえる?」
そんな話をしていると、穴の音からカサカサと音が聞こえてきた。
「タクト!なんかくるよ!」
カブが慌てて穴から飛びのく。
それと前後して、10匹ほどのネズミが飛び出してきた。
「うへえ!タクト早く!倒して!」
「わかってる!」
俺はすでに持っていた両手の剣とナイフを構えた。
だがネズミたちはなぜかこちらに襲い掛かる事なく、そのまま一目散に迷宮の奥へと走り去ってしまった。
「な、なんだったんだ?」
『ふむ。ラタが飛び込んで来たのに驚いて、慌てて逃げ出したのではないか?』
「ああ、そうかも。」
穴に近づいて耳を澄ましてみると、どこか遠くで争うような音が聞こえる。
ラタが何かと戦っているのだろう。
「ラタ!」
声をかけてみるが返事はなく、争う音だけが変わらず聞こえてくる。
これはまずいかもしれない。
どこか穴の奥に続く道がないかと周囲を見回すが、さっぱりわからない。
どうするべきか迷っていると、突然穴の奥から聞こえてくる音がやんだ。
「ラタ?大丈夫?ラタ!」
「ぴ!ぴああ!!」
「ラタ!」
穴の奥に向かって呼びかけるとラタが応える声がした。
さらにしばらくすると、ラタが戻ってくる。
「ラタ!いきなりどうしたんだよ。心配したじゃないか!」
「ぴ!ぴう!ぴうう!」
「え?糸?これを引っ張れってこと?」
「ぴ!」
ラタが手から伸ばした糸を俺に渡してくるので引っ張ってみる。
重い。
両手で思い切り引くと、何かを引きずる感触があった。
そのままズルズルとひっぱると、糸でぐるぐる巻きにされたネズミが出てきた。
他より2倍ほどもありそうな大ネズミだ。
その額にはラタの尻尾で穿たれた穴が開いていて、すでに絶命している。
「タ、タクト、そいつはもしかして女王じゃないかい?」
「へ?そうなの?」
「こんなにでかいネズミ、おいら見たことないよ!しかもほら、爪や尻尾が結晶化してるだろ?女王はこんな感じで、他の同族より結晶化が進んでることが多いんだ!」
「すごいなラタ!ラタだったら女王を見つけられるかもって言ったから、見つけてくれたんだ。」
「ぴ!ぴ!」
「しかも一人でやっつけちゃうなんて!あ、でも、一人で勝手に行くのはダメだよ。心配したじゃなないか。」
「ぴ?」
褒められたのになぜか注意されたラタは、よくわからないという顔をして首を傾げる。
こういう可愛い仕草をされると怒りにくくて困るな。
でもこういうことはきちんと教えておかないとな。
『まあ無事だったし良いではないか。朝の稽古ではあまり良いところがなかったから、役に立つことを示したかったんじゃろう。』
「ああ、そっか・・。」
カイト爺の言う通りかもしれないと思った俺は、ラタを両手でわしゃわしゃしながら褒めておいた。
ラタはくすぐったそうにしていたけど、俺が褒めていることは伝わったのか、少し誇らしげに見えた。
「タクト。こいつは女王で間違いないと思うけど、一応キチンとギルドで確認してもらった方がいいよ。解体せずにこのまま持っていこう。」
「そっか。じゃあそうするよ。それじゃ、今日はもうここまでにしてギルドに戻ろうか。」
「了解。ギルドまでおいらが運ぶよ。」
見た目は幼児のカブに重い荷物を持たせるのはなんだか幼児虐待のような気がしてしまうのだけど、カブはそれが仕事だと言って俺に獲物は持たせてくれない。
仕方がないのでそのままカブに持ってもらって、ギルドへと戻ることにした。
××××××××××
まだ少し早い時間だったのか、ギルド内は朝よりも人の数が少なかった。
受付にいるユーミリアさんが見えたので、カブを促して向かう。
だがそこで、すれ違いざまに一人の狩猟者がカブの前に足を突き出してきて、カブは盛大に転んでしまった。
「な、何するんですか?危ないじゃないですか。」
「おう、すまねえな。小さすぎて見えなかったぜ。」
「だはははは!確かに見えねえから仕方ねえな。」
「・・・そんなわけないでしょう!」
足をかけてきたのは、無精ひげを生やした長髪の男だった。
背後にいる3人は同じパーティのメンバーだろうか。
どいつもニヤニヤと薄笑いを浮かべている。
絶対わざとだ。
だが、重ねて彼らを注意しようとした俺をカブが止める。
「いいんだタクト。おいらの注意が足りなかったんだ。」
「カブ・・・?」
「おう、気をつけろよカブ。つうかお前、目障りだからウロチョロすんなって前言ったよな?なんでギルドにお前がいんだよ?」
「きょ、今日は案内人の仕事があったから、し、仕方ないだろ・・・。」
「案内人だ?狩猟者を危険な場所に誘導する能無しが何言ってんだコラ?」
「それは・・・あ、あのときはあんたたちが・・・。」
「は?俺たちのせいだってのか?死んだ狩猟者から装備をくすねて日銭を稼ぐコソ泥が!」
どうやらこの狩猟者とカブには何かの因縁があるらしい。
それがどんなものなのかは今の会話でもなんとなくわかるけど、さすがに放ってはおけない。
「ちょっとやめてください。」
「あん?これはこれは、最近上り調子の従魔士さまじゃありませんか。て、なんだその目は?俺たちは悪者か?こいつに俺たちがどんな目にあわされたのかもしらねえで。」
「たしかに何があったのかは知りませんが、こんな小さな子を相手にそんな上から威嚇することないじゃないですか。」
「事情を知らねえなら黙ってろ小僧。ローガンさんやユーミリアちゃんに構ってもらえてるからって調子に乗ってんじゃねえぞ?」
「調子になんか乗ってませんよ。」
「タクトやめて。おいらは大丈夫だから。」
「だって・・・。」
「こらー。そこ、何をやってるのかなあ?」
俺たちの言い争いを見かねたのか、ユーミリアさんが受付から出てくる。
それを見た狩猟者の男とその取り巻きは忌々し気に舌打ちをする。
「なんでもねえよ。こいつが俺の足にぶつかってきたんだよ。」
「ほお、カブくん、そうなの?」
「う、うん。そうなんだ。ご、ごめんよ。」
「ふうん、そっか。じゃあきちんと謝ったから、もう問題はないよね?」
「ち。ああ、ねえよ。」
「うんうん。一時は狩猟ギルドの期待の星と言われたグロストさんは、ひ弱な後輩をいじめたりしないよねえ。」
「なんだそりゃ。あてつけか?」
「まさか。私は今も期待してるんですよ、グロストさんに。」
「ふん。」
長髪の男はグロストというのか。
覚えておこう。
「さて。それじゃあタクトくんとカブくんはあっち行こうか?迷宮に行ったんだよね、買い取りかな?」
「あ、はい。」
「ふん。どうせネズミが数匹だろうが。」
グロストが鼻で笑いながら言う。
なんだろうこいつ。嫌な奴だな。
それを取りなすようにユーミリアさんはカブのリュックに手を伸ばしながら言う。
「別にいいじゃないですか。誰もが通る道なんですから。カブくん、お姉さんが預かるよ。て、重っ!何が入ってるの?」
ユーミリアさんがリュックの口を開ける。
「え?でかっ!これって・・・女王?タクトくん、女王ネズミを仕留めてきたの?」
「いや、女王かどうかわからないので確認してもらおうと。ていうか、仕留めたのはラタですけどね。」
だが俺の返事の途中で、周囲の狩猟者たちがざわめき、近づいてきた。
どうやら女王ネズミというのは、かなり珍しいようだ。
「すごいよラタちゃん!さすがだね!」
ユーミリアさんがラタを抱きかかえてわしゃわしゃとなで回す。
いつもはすぐ遠い目をするラタも、なぜか少し誇らしげだ。
周囲の狩猟者たちも、珍しいものを見たという表情だ。
だがその中で、ひとり暗い表情を浮かべていたのは先ほどのグロストだ。
彼が俺に向ける感情。
それはこれまでもギルドに来るたびに感じていたものだ。
あの殺意の主は、このグロストのものだったらしい。
お読みいただきありがとうございます!
ブックマーク&評価、本当にありがとうございます。
ものすごく書き進めるモチベーションになっております!
引き続きがんばります!




