1-13 結ばれたものは
※会話の一部と誤字、後書きを修正いたしました。
黒髪の女がゆっくりと剣を振り上げる。
月光を受けて、振り上げられた細剣が妖しい輝きを放つ。
俺は身動きもとれないまま、ただそれを見ている。
永遠と錯覚するような、引き伸ばされた時間のなかで、女が嗤う。
だがその永遠は、近づいてくる一つの足音によってあっけなく破られた。
そしてその足音は、今まさに消えようとしていた俺の命をつなぐ福音となった。
「・・・見つけたぞ。」
「あれれ?今夜はお客さんが多いのねえ。珍しい。」
黒髪の女につられるようにして、俺は声の主の方を向く。
そこにいたのは、俺が最初に蜂と戦った時に助けてくれた、あの獣人の娘だった。
彼女は俺に気づくと、わずかに目を見開いた。
だがすぐに黒髪の女へと向き直る。
「えっと。それで?私を探してたみたいだけど、どこかであったかしら?」
「なんだと?」
黒髪の女の言葉に、獣人娘の眼光が鋭さを増す。
「ごめんね。ちょっとわからないから、教えてくれると嬉しいな。」
「・・・私から家族を奪っておいて、私の顔を忘れたというのか!」
「・・・ああ、そういう・・・。中途半端に見逃したから、変な縁が結ばれちゃったのね。なるほど、それで私とこうして話ができるんだ。強い怒りで恐怖を抑え込んでるんだね。」
獣人の娘にとって黒髪の女は因縁の相手であるらしい。
それと、黒髪の女を前にすると普通は声を上げられなくなるようだ。
「つまり、勝てないと分かってるのに私に勝負を挑もうというわけか。ごめんね、二度も怖い思いをさせることになっちゃったね。」
「黙れ!あの時の私と思うな。家族の仇、ここで討たせてもらうぞ!」
「あはっ!元気いいね!じゃあちょっと遊んであげよう。」
「な、なめるなああ!!!」
獣人の娘は、構えていた大剣を振りかぶると、素晴らしい速さで突っ込んできた。
「あぶなっ!!」
彼女に意識を奪われたおかげで、恐怖による金縛り状態から脱することができた。
俺は慌てて転げるようにして、その場を離れる。
「死ねえええ!!!」
俺のことなどすでに意識にはないのか、黒髪の女が構える細剣ごと切り飛ばすような勢いで、獣人の娘が剣を振り下ろす。
だが黒髪の女は細剣を盾に、後方に飛んで衝撃を逸らす。
二撃、三撃・・・獣人の娘は大剣の重さを生かしてコマのように回転しながら、止まることなく攻撃を続ける。
まるで小さな台風と、その周囲を飛び回る蝶のようだ。
「ちょこまか逃げるなっ・・・!!!」
「あら、こういうのは嫌い?それじゃあこれはどうかな?」
突然、黒髪の女が足を止める。
そこに、遠心力によって速度を増した大剣が横から迫る。
だが黒髪の女は慌てもせず、細剣を下から振り上げ、大剣に合わせる。
軽く合わせたように見えたのに、大剣は大きく軌道を変え、獣人の娘は体勢を崩されてしまった。
「なっ・・・!!!」
「あらら、攻撃とまっちゃったね。」
「このっ!!!」
再び大剣を構えなおし、黒髪の女に迫る獣人娘。
だが黒髪の女はその場を動くことなく、細剣一振りで獣人娘の猛攻を凌いでいる。
信じられない光景だ。
黒髪の女が凌ぐたびに、獣人娘の体が泳ぐ。
それを無理やり抑え込み、獣人娘は激情を乗せるかのような勢いで剣を振るう。
だがついに、獣人娘が大きくバランスを崩してしまった。
「どうかな?自分がいかに無謀な勝負を挑んでいるか、わかってもらえたかな?」
「なにをっ・・・!!!」
その瞬間、黒髪の女の気が大きく膨れ上がった気がした。
その気にあてられたかのように、獣人娘の体が硬直する。
黒髪の女の口が、三日月のように裂ける。
「わかったみたいだね?うんうん。それじゃあ、そろそろ死のうか?」
「ひっ!!!」
まずい!
さっきまでの俺と同じだ。獣人娘は恐怖に体の自由を奪われてしまっている。
だが、ここからでは助けようにも間に合わない。
俺は自分の短剣を手に取り、黒髪の女に投げつける。
気がつけば、体が勝手に動いていた。
――キンッ!!!
黒髪の女は、俺の投げた短剣を自らの細剣であっさりとはじき返す。
それと同時に、獣人娘を蹴り飛ばしたらしい。
その蹴りの威力も非常識なものだったようで、獣人娘は少し離れた場所でうつぶせに倒れたままピクリとも動かない。
マズイマズイマズイ。なんとかしないと。
「それ以上、彼女に手を出すのはやめてください。」
「・・・君も話せるんだね?最初に切りかかってきたのは彼女の方だよ?」
「そうですね。でも、命を奪うことはないでしょう?」
「彼女は復讐にとり憑かれているよ。このまま生きていても、苦しいだけじゃないかな?」
とにかく時間を稼ぐつもりで言葉をかけたら、意外にも彼女は会話に乗ってきた。
このまま、獣人娘が意識を取り戻すまで気を逸らしたい。
だが、わずかな言葉の綾がそのまま死につながりそうな緊張で、思考が鈍る。
肌が恐怖でひり付く。
ものすごい勢いで脳が空転している気がする。
「・・・それでもです。それとも、成長した彼女が再びあなたの前に現れるのが怖いですか?」
「そんな安い挑発には乗らないよ?」
「単なる挑発かどうかは、その時が来なければわかりませんよ。」
「ふうん・・・。まあ、彼女がどれだけ強くなろうと興味はないけど、そこまで言うのなら見逃してもいいよ?」
「え?」
「あはっ!君の言ったとおりにするって言ってるのに、なんで驚くの?」
「・・・代わりに、何を差し出せばいいんですか?」
「話が早いね。代わりは、君の命をもらおうかな?」
「嫌だと言ったら?」
「言わせないかな。まあ、抵抗できるならすればいいよ?」
黒髪の女が細剣を振りかざして、こちらに迫る。
くそ!ほとんど時間を稼げなかった。
慌てて剣を構えようとして、さっき投げてしまったことに気づく。
まずい、俺にはあの剣を躱す技量なんてない。
走って逃げるか?
こっちを追ってくれればいいけど、獣人娘を放置するのはマズイ気がする。
わずかな躊躇の間にも、黒髪の女がこちらに迫る。
「ぴ!ぴう!」
その時、屋根の上からラタが飛び降りてきて、女の細剣に糸を飛ばした。
助けに来てくれたのか!
だが、黒髪の女に対するには、ラタはあまりにも小さい。
「あはっ!あはは!何この子?」
「ぴい!!!」
女が剣を振り払うと、糸でつながったままのラタはそのまま飛ばされて壁に激突した。
「ラタ!」
何かないか!ポケットを探ると、手に固い感触があった。
確かめもせず、女に投げつける。
女は、振り回した剣を持つのとは反対の手で、それを受け止める。
瞬間、まばゆい光が女の手からあふれ出た。
いやちがう。あれは俺が投げたものが光っているんだ。
大光樹イザヤの実にして俺の従魔、ユグドラシル。
咄嗟に投げつけたユグドラシルが、どういう理由かはわからないが光を放っている。
その閃光は、ほんの数瞬だった。
それでも、女の足を止めるには十分だった。
そして女の手を見れば、焼けただれたような跡が残っていた。
女はその手を不思議そうに見つめた後、俺に向き直る。
「なんなの君?ものすごく面白いんだけど。」
焼けた手を気にも留めず、地面に落ちたユグを拾い上げてまじまじと見つめる。
直接触れるのではなく、魔力の膜みたいなもので包んでいるようだ。
「この実も、さっきのフクロリスも、君の従魔か・・・どうしよう。面白すぎない?私と言葉を交わせるのすら稀なのに。」
舌なめずりでもしそうな表情を浮かべて、女が俺の元へと近づいてくる。
まただ。一瞬にして、俺の体を恐怖が支配する。
あの目を見ると体が動かない。
だけど、視線を外すことがどうしてもできない。
そして、女が俺のすぐ前に立つ。
俺は、どうすることもできず彼女を見上げる。
女は俺の瞳をじっと見つめ、そして嗤う。
「どうやら、いま君を殺すよりも、生かしておいた方が色々と捗りそうだね。」
女が口にしたのは、今の俺にとって希望となるはずの言葉だった。
でも俺の中の恐怖は、消えるどころかますます大きくなって俺を縛る。
今すぐここから逃げ出せと本能が強く叫ぶ。
だが、どうしても体を動かすことができないのだ。
女は、魔法の膜で包んでいたユグをそっと俺に手渡し、間近で俺の目を覗いて言う。
「また必ず会えるように、縁を結んでおこうか?そうね・・・その大きな耳。あんまり好みじゃないし、目障りだから、とっちゃおうか。」
ヒュン、という剣を振る音が、聞こえている途中で変質した気がした。
その直後、左耳の辺りが激しい熱に襲われる。
どこか遠くで誰かが叫ぶような音が聞こえる。
数瞬後、その音の正体が自分の出す悲鳴だと気づいた。
激しい痛みによって、金縛りから解けた俺は、耳を押さえて身をかがめる。
だが俺の手をつかんで無理やり俺の体を起こすと、女はまたあの笑みを浮かべて囁いた。
「また会おうね。次に会ったら、今度は反対の耳を切ってあげる。約束だからね。」
そして女は、俺に口づけをした。
冷たい唇の感触を感じた直後、俺は意識を失った。
お読みいただきありがとうございます!
ここまで書き進めてきましたが
ちょっと駆け足すぎたかも、心象描写が少なくて分かりにくいかもと思ったので
どこかで時間を見つけて、修正を加えていきたいと思います。
主に心象描写の追加で、大きな流れの変更はありません。




