1-10 ラタトスクの力
不思議な老人のお店で契約した木の実ユグドラシルとフクロリスのラタトスクを連れて、ひとまず宿屋に戻ることにした。
逢魔時に差し掛かるとまずいので、のんびり出歩いているわけにもいかない。
戻ってきたところで、宿の名前が<イザヤの木陰亭>だったことを思い出した。
イザヤというのは大光樹とかいう木の名前だって爺さんが言っていたっけ。
宿の女将ミゼリアさんの元旦那さんの名前なのかとか、変な気をまわして聞けなかったよ。
それにしても宿の名前までって、できすぎてる感じだな。
もしかしたら少年がこの宿を選んだのも、こういう未来を予想してのことだったのかもしれないな。
そんなことをつらつらと考えていて、ようやく気がついた。
従魔って宿屋に連れてきてもよかったんだろうか。
と言っても今更契約を解除する選択肢はないんだけど。
そっと宿の扉を開けるとマリスちゃんが受付にいた。
「おかえりなさいタクトさん。わあ、どうしたんですか、その子?」
「新しく従魔になったラタトスクと言います。すみません、従魔を宿に連れ込めるか確認せずに連れてきてしまって。」
「あ、問題ないですよ。ただ、宿の備品を汚したり壊したりしたらその分のお代はいただきますけど。」
よかった。従魔同伴でも問題はないらしい。
でも汚れたら弁償か。
長い旅のあとだし、いっかい洗っておこうかな。
「了解いたしました。軽く洗ってあげたいので、魔石を貸してくださいな。」
「はい。あ、もしよかったら、私に洗わせてください。」
どうやらマリスちゃんは動物が好きみたいだ。
マリスちゃんに洗ってもらってもいいかとラタトスクに尋ねると、なんとなく肯定するような感情が伝わってきた。
これは従魔士がもつ【共感】スキルのおかげなのかな。
問題はなさそうなので、マリスちゃんを噛んだりひっかいたりしないように、とだけ伝えて、マリスちゃんと一緒に洗面所に向かう。
「この子の毛、光の当たる角度で薄茶色になったり黄緑になったりするんですね!すごくきれい!それに目も耳も大きくて可愛いですね!わわ!腕の下に膜がある!」
しっかり者という印象が強いマリスちゃんが、ラタトスクを洗いながらはしゃいだ声を上げる。
珍しく子どもらしい側面が見れて、俺まで嬉しくなる。
やっぱり子どもは、子どもらしくあるのが一番いい。
対してラタトスクの方は、あまり洗われるのは好きではないようで、なんというか無の表情でこの時間が過ぎ去るのをひたすら待っているような感じだ。
部屋をきれいに保つためだ、耐えてくれ。
ついでに、洗うのに使われている石鹸が妙に泡立ちがいいのに気がついて聞いてみた。
宿の備品ではなく、マリスちゃんの私物のようだ。
あとでマリスちゃんに石鹸がかえる店を教えてもらおう。
マリスちゃんが満足するまでしっかりと洗ってもらった後、マリスちゃんには夕食に果物をつけてほしいとお願いして銅銭を渡しておく
もちろんラタトスク用だ。
爺さんの説明ではなんでも食べるということだったけど、特に果物を喜ぶと言っていたから、懐に余裕があるときは果物を出してあげたい。
その後は部屋に戻って、まだ半乾きのラタトスクを手拭いで拭いてやる。
「さて、ラタトスク・・・は言いにくいから、ラタと呼ぶよ。僕は狩猟者をやっているんだ。わかるかな?」
「ぴ!ぴう。」
「わかるわけないか・・・えっと、魔物と戦わなくちゃいけないんだ。君にも手伝ってほしいんだけど、できるかな?」
「ぴう!」
「戦いに備えて、君の力を知っておきたいんだ。君はどんなことができるの?教えてくれるかい?」
伝わるかどうか半信半疑ながら、【共感】スキルを信じてラタトスクに話しかけてみる。
するとラタトスクはちょっと思案した様子を見せた後、その場で腕と足をつなぐ飛膜を広げると、宙に浮きあがった。
どうやらこの子は、俺の言葉を理解できるようだ。
でもそれよりも驚いたのは、滑空するのではなく、宙に浮いたまま止まっていることだ。
「すごいなラタ!それは風魔法なの?」
「ぴう!」
残念ながら鳴き声ではどっちかわからない。
でも肯定っぽい感情が伝わってきたから、たぶん風魔法なんだろう。
下から吹き上がるような気流を感じる。
「これなら、上空から偵察ができそうだね。でも、鳥とかに狙われたらまずいかな。素早く移動することはできる?」
「ぴ!ぴう!」
その瞬間、ラタトスクは部屋の中をすごい勢いで飛び回り始めた。
下手をすると見失うほど速い。
それなのに、部屋の壁や天井にはまったくぶつからない。
「おおすごい!ちょっと止まって!それどうやってるの?」
俺の制止でようやく止まったラタトスクは、今度は飛膜を広げず、空中でさかさまになった状態でプラプラと揺れ始めた。
だけど、止まってくれたおかげで、高速機動の理由がわかった。
「糸?糸を飛ばして急転換してるのかい?」
どうやらラタトスクは、手から糸を射出できるらしい。
それを壁や天井につけて、方向転換をしていたようだ。
手から離れた糸はしばらくすると消えてしまうらしく、壁や天井についていた糸は一部が消え始めている。
「すごいなほんとに。これは大樹の森とやらで生きるための適応の結果なのかな。」
ラタトスクが住んでいたという大樹の森がどういうものなのかはわからないけれど、どうやらフクロリスは立体機動に特化した魔物らしい。
蜘蛛でもないのに手から糸を射出するとは、まさにファンタジーって感じだ。
「まるでアメリカンコミックのヒーローだよね・・・ん?まてよ、蜘蛛・・・?ラタ、糸の粘度や強度を変えることはできない?もしできるんなら、ちょっとそこの壁にねばねばの糸をつけてみてくれない?丈夫なのがいいんだけど。」
「ぴう!」
俺の言葉を受けて、さかさまにぶら下がっていたラタトスクが反対の手で糸を飛ばす。
手が小さくてわかりにくいけど、掌から射出しているようだ。
「どれどれ・・・。」
ラタトスクが飛ばした糸に触れてみると、かなりねばねばしていて指から離れなくなった。
しかもかなり丈夫だ。
思いっきり力を入れればちぎれるけど、小さな魔物なら拘束できそうな気がする。
「ラタ、糸が消えるまでの時間も調節できるかな?」
「ぴ、ぴ!」
「できそうだね。よし、じゃあちょっと試してもらいたいことがあるんだ。付いて来て。」
俺は急いで宿を出ると、昨日蜂に襲われた路地へと向かった。
逢魔時に備えて、露店主たちが戸板の用意を始めている。
そうか、あれは露店主が用意していたんだな。
「おい坊主。そろそろ逢魔時だぞ。とっとと帰れ。」
「ありがとうございます。ご心配なく!」
声を掛けてくれた露店主に礼を言った後、俺はラタトスクにお願いする。
「この辺。ちょっと高いところに、さっきのネバネバした丈夫な糸をたくさん張ってくれないかな?蜂の魔物を捕まえたいから、長い時間消えないやつがいいんだ。」
「ぴうう!」
ラタは、人の通行の邪魔にならない高さに、次々と糸を張っていく。
やっぱりこの子は頭がいい。
ちゃんとこちらの意図を理解してくれているようだ。
糸を張っている途中で遠くから、警鐘が聞こえてきた。
逢魔時だ。
「ラタ、そのくらいでいいよ。危ないからラタは隠れてて!」
俺が呼びかけると、ラタトスクは空を滑空して俺の頭に止まった。
器用な子だ。
そして、さらにしばらくして、警鐘の高鳴りとともに蜂の魔物が近くにやってきた。
「おい!こっちだ!ほら、こっちにこい!」
手を振って蜂の注意を惹く。
動くものに飛び掛かる習性をもつ蜂は、迷うそぶりも見せず一気にこちらに向かっておりてくる。
良い角度だ・・・かかった!
やはりこの蜂は動くものを追うのに特化しすぎて、目はあまり良くないようだ。
目の前にある糸には気づかなかったようで、まんまと罠にかかってくれた。
しかもラタトスクの糸を切るほどの力はないらしい。
「おお坊主すげえな。やるじゃねえか。」
「ありがとうございます。でも、まだ倒したわけではないので仲間が集まってきます。高いところから来る奴は罠にかかると思いますけど、低いところから来るとまずいので、そのまま動かないでくださいね。」
「お、おう、わかった・・・。」
そう言っている間にも、新たに4匹の蜂が飛んできた。
昨日もそれくらいだったから、こいつらは4~5匹くらいの小グループをつくって行動するのかもしれない。
4匹のうち、2匹はあっという間に罠にかかった。
1匹は罠にかかった仲間を見て警戒したのか、少し離れたところから降りてこようとする素振りを見せたが、生憎そこもラタトスクのトラップゾーンの範囲内だ。
残るは一匹。
だが、他の蜂が罠にかかるのを見てかなり警戒したらしく、相当な距離を開けて高度を下げてきたので、トラップゾーンを避けられてしまった。
「まあそううまくはいかないよね・・・。」
一匹だけなら、昨日もギリギリだったけど相手をすることができた。
射出攻撃さえ気を付けていれば、なんとかなるはず。
俺はまっすぐ向かってくる蜂に対して、短剣を構える。
すごいスピードで真っすぐ飛んできた蜂が、俺の手前で急上昇し、針をこちらに向ける。
でも針のまわりに魔力が見えない。
飛ばさずに突っ込んでくる気だ!
「ぴ!」
その瞬間。
俺の頭の上に乗っていたラタトスクが蜂に向けて糸を射出した。
「ぴう!」
さらに、糸を付けた蜂に向かって飛び上がると、尻尾の先のクリスタルを蜂の眉間に突き立てた!
「ま、まじか・・・。」
尻尾の先のクリスタルは何のためについているのかと思ったら、まさかの攻撃用だったらしい。
しかも、蜂に突き刺す瞬間に緑色の魔力が見えたから、ローガンさんのように破壊力を増した攻撃かもしれない。
その証拠に、蜂はその一撃で絶命したらしく、地面に転がってピクリともしない。
「昨日あんなに苦労したのに、まさかの一撃とは・・・。」
どうやら俺は、かなり頼れる相棒と出会えたようだ。
すごく嬉しいけど、俺自身は今日何の役にも立てていない。
何とも複雑な思いを抱きつつ、俺は頭の上に戻ってきたラタトスクの喉元に指を伸ばした。
お読みいただきありがとうございます!
ブックマークつけていただき、ありがとうございます!
すごく嬉しいです。より面白くなるよう、がんばります!




