ひとりぼっちの文学少女
高校卒業まで三ヶ月。来栖裕二はクラスの皆が帰宅を始めた教室の自席で、ただ一人を除く全員がいなくなるのを、緊張しながら待っていた。毎日、放課後も遅くまで、同じく自席で熱心に本を読んでいる黒髪の文学少女・佐奈美雅と二人きりになりたくて。
偶然、二人は三年間ずっと同じクラスになり、共に同じ時間を過ごしてきた。
だが、休み時間も昼休みも、いつだって独りぼっちの美雅は、ただただ、自席で静かに本を読み、片や入学時から想いを寄せている裕二のほうも、何となく邪魔の許されない孤高さのようなものを感じてしまい、結局、ただの一度も一言すらも、言葉を交わしたことがない。
そう。裕二は決めたのだ。今日こそ想いを吐露すると。
「あの…」
「ほ?」
「話し掛けても?」
美雅は暫く唖然としたが、やがて、やや視線を落としながらも微笑んだ。
「…うん。それに、もう話し掛けてるよ…?」
「あ。そうだね。ごめん。でも、初めてだね。こうして話すの」
「…うん。だね…」
「だから。だからなんだ」
「ほ?」
「僕らは大学も違うし。だから。だからこそ、キミと一杯沢山話しがしたくて」
突然のことに美雅は再び唖然としたが、後に、ゆっくり小さく頷いた。ほんのり頬を赤らめて。
「…うん。いいよ…」
そうして二人は語らった。一杯沢山、空白の三年間を埋めるように。
ところが、ふと気付けば裕二ばかりが話していて、美雅は相槌を打ってばかり。
そこで裕二は思い直し、美雅に読書の話題を振った。
「本。好きだよね。それも小説?」
「…うん。今、読んでいるのはね…」
美雅は説明が上手く、何より、楽しげに話しをした。
「ふうん。所謂、破天荒な性格の主人公か」
「違うよ」
「ん?」
「破天荒は、誰も為し得なかったことを初めて行うこと。性格や生き方を表す言葉じゃないよ」
裕二は笑って誤魔化した。
「――と思う。自業自得さ。悪いと知りつつやるような確信犯は」
「違うよ。確信犯は、政治、思想、宗教的信念に基づき、それを正しいと確信して行う犯罪のことだよ」
「…どうにも、僕は小説の話し相手として役不足だね」
「違うよ。役不足は、能力に対して役目が不相応に軽いって意味だよ」
「…うん。やっぱ、僕に文学は敷居が高いな」
「違うよ」
美雅が独りぼっちな理由。裕二には、それが理解った気がした。
さて。ちなみに八年後、この少年が新進気鋭の若手売れっ子小説家となり、この文学少女が、少年の敏腕担当編集者となる話は、またの機会に。
読了、感謝いたします。ありがとうございました。
尚、時系列的に第二話となる《文学少女と龍とドラゴン》も投稿済みです。宜しければ、是非。