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王子様なんて、こっちから願い下げですわ  作者: 柏てん


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08 行き違い


 部屋の中の空気が凍り付く。

 なぜか肌寒さを覚えた。

 まるで化け物を見るような彼らの目。

 その目には私がどう映っているのだろう。

 道を踏み外した、憐れな女のように。


 じっと相手の反応を伺っていた私は、アルバートの変化に驚き思わず動揺した。


「な……っ、どうしてあなたが泣くのですか!」


 そう、彼は泣いていたのだ。

 跪いたまま私を見上げ、その目から涙を溢れさせていた。

 動揺したのは、彼が泣くところを初めて見たからだ。

 私は幼い頃から、次期王妃として家庭教師から帝王学を学んでいた。

 家庭教師は何度も何度も、人の上に立つ者は感情の起伏を相手に悟らせてはならないと口を酸っぱくして言っていた。

 特に、涙を見せるのは相手に自分の尾を掴ませるようなものだと。

 女の涙は場合によっては武器にもなるが、王は誰が相手であろうと涙を見せることができないと。


 だから――あなたが代わりに泣きなさい。


 家庭教師の言葉が耳の奥に蘇った。

 泣けない王の代わりに、妃である私が泣くようにと。

 そのように教育を受けたのだろう。

 王位が約束されたライオネルやアルバートもまた、古い付き合いだが涙を見せたことは一度もなかった。

 父ですら、私達を放逐するのに涙の一つも見せなかったというのに。


「どうしてあなたが泣くのですか!!」


 動揺した私は、同じ言葉を繰り返した。


「君が泣くからだ。セシリア」


 ようやく返ってきた言葉に、私は自分もまた泣いているのだと気が付いた。

 いつから泣いていたのだろう。

 けれど一つだけ確実なことは、先に泣いたのはアルバートの方だということだ。


「先に泣いたのはあなたの方です! 私を憐れんでいるのですか!?」


 悲惨な生活を憐れんでいるというのなら、なおさら赦しがたい。

 彼もそうなる原因の一端を担っているというのに、同情で泣くなんてまるで他人事の用ではないか。

 だが、彼は拭いもせず涙を流し続けた。

 主の異変を、セルジュも呆然と見つめている。


「違う。一番君が辛いときに何もできなかった我が身が口惜しい。できることなら、君に無体を強いた男を八つ裂きにしてやりたいっ」


 まるでその衝動と戦うかの如く、アルバートは己の喉元に拳を握り込んだ。


「そ、ん……な」


 はっきり言って、彼の反応は私の想像を超えていた。

 これほど激しく突き放せば、彼ならば黙り込んで、私を刺激しないよう以降は距離を置くと思っていたのに。

 彼はある意味次代の王に相応しい性格だった。

 曰く滅多に心動かされることがなく、感情の起伏を相手に悟らせることがなかったのだ。

 だから思ってもみない反応に、私は大いに戸惑っていた。


「セシリア様」


 セルジュが、ようやく我に返ったように口を開いた。

 私に呼びかけてはいるが、その目は己の主を刺激しないよう、絶えずそちらを注視している。


「失礼ですが、その下卑た男は今どちらに?」


 予想外の質問に、涙も止まる。


「どうしてそんなことを聞くのです?」


 心底不思議で尋ねると、セルジュは慌てたように私とアルバートを交互に見つめる。


「いえその……、セシリア様を辱めるつもりは誓ってございませんが、我が主が本当に相手を殺しに行きかねないのでその、警戒をと」


 どうして彼がそんなに慌てるのか、それに先ほどの言葉は比喩ではなく本気でアルバートが殺しに行くと危惧しているのかと、私は首を傾げる羽目になった。

 もしかしたらアルバートは、決闘の挑戦者を殺めたことで、人を殺すことに飢えているとでもいうのだろうか。


「どこにいるもなにも、この街に来て別れましたわ。もともと、この街にたどり着くまでという契約でしたから」


「け、契約……ですか?」


 セルジュがぎょっとしたように身じろぎした。

 逆にアルバートは黙り込んだまま、虚空をじっと睨みつけている。こう言っては何だが、恐い。

 話の成り行きに、私はすっかり毒気が抜かれてしまった。

 少しは自分のしたことを反省すればいいのにと言う気持ちで口にした言葉が、想像以上に相手を痛めつけてしまったことに驚いていたのだ。

 例えるならそう。

 羽ペンでつついただけのつもりが、相手の致命傷になってしまったような違和感。


「ええ。女二人で旅なんて無謀ですもの。宝石を売り払ったお金で護衛を頼んだのです。けれど足元を見られて、多額のお金をふんだくられた上にあいつら、わたくしに給仕のまねごとを強要したのですよ。あの下卑た顔と言ったら!」


 無事にテオフィルスにつきたければ言う通りにしろと、彼らは私に給仕までさせたのだ。それでも盗賊に襲われるよりはましと思って我慢したが、自分の食事すらまともに取れない中での出来事に殺意が沸いた。

 しかし私の怒りがセルジュにはうまく理解できなかったようで、彼は大きな口を開けて唖然とこちらを見つめている。


「なんですか?」


 思わず問いかけると、セルジュは慌てたように言葉を吐き出した。


「そ、それでは『男の言いなり』というのは……本当に言葉通りの意味だとっ?」


「何を言っているんです? 最初からそう言っているではありませんか」


 部屋の中に、先ほどまでとは違う気まずい沈黙が落ちた。



 


 

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― 新着の感想 ―
スカッとする話かと思いましたが、主人公が所詮貴族ご令嬢で、あっさり絆されそうで萎えそう。
[一言] てっきり。気まずい笑った。 せっかく泣くとこまで共有したのにネー。 これは安堵からちょっと笑ってしまって、淑女のお怒りモードを誘っても仕方ない。 王子に対して、従者はどう感じていたのか気に…
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