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69 忍び寄る影



 順調だった。

 レヴィンズ侯爵に続いて、彼の協力を得て息子であるバーナード・レヴィンズの魅了も解くことができた。

 レオンと同じで未だ記憶は混濁しているらしいが、アンジェリカに対する特別な感情はもう残っていないようである。

 また、国を追われる時助けなかったことを謝罪された。

 こうもまっすぐに謝罪してきたのは、アルバート以来か。

 アルバートに再会して謝罪を受けた時には、絶対に許さないと返事をしたものだが、バーナードの謝罪は意外にもすんなり受け入れることができた。

 それはバーナードの謝罪が心に響いたからとかそんな理由では全くなくて、むしろ彼のことを何とも思っていなかったからこそどうでもいいと思ってしまったのだ。

 幼い頃から共に過ごしてきた弟のレオンの裏切りは許せなかったけれど、それほど親しかったわけでもないバーナードへの怒りはそれほどでもなかったということか。

 信頼を抱いていた分だけ裏切られた時の反動が大きいのだと、この出来事で改めて自覚したのだった。

 アルバートのことも、アンジェリカが現れる前は大切な友人だと、思っていたから。

 とにかく、これでレヴィンズ侯爵家を味方につけることができた。早速軍に復帰するのだと張り切るスタンレーだったが、元気に活動されるとアンジェリカに怪しまれる危険性があるのでもうしばらくは寝付いているふりをしてほしいと要請しておいた。

 代わりに、見舞いを装って部下と面談してもらい、訪ねてきたところをヒパティカの力で魅了を解こうという算段だ。

 レオンとバーナードにかけられていた魅了。それにレヴィンズ侯爵にかけられていた死の呪いを吸収したことで、ヒパティカは確実にパワーアップしていた。

 レオンの時は苦戦していた解呪も安易になったようで、これからは複数人同時でも大丈夫だと意気込んでいる。

 ただ、しばらく侯爵家に滞在してもらうことになると話すと不満そうな顔をしたが、私からよくよくお願いしてなんとか了承してもらった。

 ぜひ一人でも多くの魅了を解いて、仲間を増やしてほしいものだ。

 また、魅了が解けたバーナードにはこちらも怪しまれないように毎日アンジェリカのもとに通ってもらい、あちらの情報を流してもらうことになった。

 勿論再び魅了されては仕方ないので、侯爵の不調を理由に王宮に泊まり込むことをやめ、帰宅してヒパティカの解呪を受けてもらう。

 バーナードの正気を維持するためにも、ヒパティカの侯爵家滞在は絶対条件というわけだ。

 ちなみに、屋敷に帰ってジリアンにこの話をしたら、軍属のたくましい男たちが侯爵家に集まると聞いて大層ヒパティカを羨ましがっていた。

 それからしばらくは、穏やかな日々が過ぎていった。

 侯爵家から送られてくる報せでは、貴族子息たちの魅了解除はどうやら順調にいっているようである。

 また、魅了が解けた者たちをどんどん治安維持の名目で地方に送っているらしく、月熊商会を営むグレイグからは旅に必要な保存食などが市場から消えているという話を聞いた。ほかにも新しい武具や防具の類も引き合いが多いそうで、王都の市場は俄かに活気づいている。

 どうやら治安の悪化を理由に移動を控えていた商人たちも、兵士たちに便乗して地方に向かう心づもりらしい。

 降って湧いた好景気に、王都の商会はどこも嬉しい悲鳴を上げているそうだ。

 あとはこの遠征によって交易路の治安が確保されれば、足が遠のいていた行商人たちもいずれ戻ってくるだろう。

 息を吹き返したように騒がしい街を見ながら、私は少しだけ浮かれていた。

 まだアンジェリカには会うことすらできていないけれど、それでも自分のしたことが少しずつ実っているように思えて、確かな手ごたえを感じていた。

 テオフィルスでがむしゃらに働いていた時はパーシヴァルなんてどうにでもなれと思っていたが、やはり祖国はそう簡単に捨てられるものではないらしい。

 忙しそうにしている人々を見ると心が晴れたし、頑張って作った保存食が売れたとはしゃいでいる人を見て、心が温かくなった。

 こんな気持ちはきっと、何の苦労もなくライオネルと結婚していたら一生理解できなかったに違いないのだ。

 でも、順調すぎるおかげで私は忘れかけていた。

 いや、本当は忘れたかったのかもしれない。

 いまだに姿を現さないレイリのことを、思い出さないようにしていた。

 そんな魔女は知らないというジリアンの言葉を、本当はもっとよく考えておくべきだったのに。



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