57 夢の中で
アルバートと無益な言い争いをしてしまったせいなのかなんなのか、その夜はまたしても奇妙な夢を見た。
それは前回の夢の続きで、気がつくとデボラが消えたこの屋敷の地下にぼんやりと浮かんでいたのだ。
真っ暗な空間に一人でいると、気分が更に塞いでくる。
この地にたどり着くまであんなにも手助けしてくれたアルバートにあそこまで言う必要があったのかと、悔恨めいた思いが頭の中を過ぎっては消えていった。
いつもこうだ。
どんなに手先が器用で刺繍がうまくても、物覚えがよくて難しい異国の言語が喋れるようになっても。
一瞬は褒められるけれど、それだけだ。
何かが人よりうまいからと言って、特別愛されるわけではない。現に父は、私たちを愛さなかった。私たちと食事をする時は、いつも堅苦しい顔でいた。夢で見たような楽しそうに食事をしているところなんて、一度も見たことはなかった。
夢の中の人物に疎外感を覚えるなんて馬鹿げていると分かっているけれど、どうでもいいと割り切るには少しの時間が必要そうだった。
その時だった。
驚いたことに、夢の中の私に語りかけてくる人物がいた。
昨日の夢では父もデボラもアンジェリカも、私の姿が見えなかったのに。
「こんなところで何をしている?」
振り返ると、そこにいたのは見慣れた白銀の魔女だった。
「レイリ? あなたどうしてこんなところに……」
夢の中の相手に尋ねたところで無駄だと分かっているのに、私は思わずそう尋ねてしまった。
奇しくも、レイリは四日ほど前から姿を消している。
彼女が本物なら居場所を問い詰めたいところだが、目の前の女に尋ねたところで望む答えが返ってくるとも思えない。
だが、そう諦観した私とは違いレイリは珍しく驚いたような顔をしていた。
「そうか――セシリアは夢を操る魔女であったか」
そう言って、一人得心したように頷いている。
「夢を操る?」
「ああ。お前は今、夢を通して過去を見ているのだ。これは過去。実際にこの屋敷であの女が過ごした時間だ」
呆れたように、レイリが言う。
一方私は、彼女の思いもよらぬ発言に驚くばかりだった。
「それじゃあ、これは現実だというの? ただの夢ではなくて?」
「そうとも。こうして私と言葉を交わしているのがいい証拠だ」
そんなものかと頷きそうになってしまうが、奇妙な成り行きには戸惑うばかりである。
とにかくレイリが言っていることが本当だとすれば、彼女に戻ってくるよう言わなければ。
そう思って彼女の顔を見ると、レイリはなぜかもの悲しそうな顔で貯蔵庫の中を見回していた。
「やれやれ、それにしても随分と油断したものだ。魔女ともあろうものが過去を読み取られるなんてな」
それはアンジェリカに向けた言葉だろうか。
私はその言葉よりも寧ろ、呆れの中に親しみを感じさせるようなレイリの口調に疑問を抱いた。
これではまるで、レイリが以前からアンジェリカを知っていたようじゃないか。
「ねえ、レイリ。あなた――」
私がそのことについて尋ねようとしたその時、レイリがいつものいたずらっぽい笑顔を浮かべて私を見た。
「それじゃあ見に行くとしようか。あの女の秘密を」
「秘密?」
「ああ。この貯蔵庫は、あの女がかつて研究室としていた名残なんだ。あの女の弱点も、おそらく探せば見つかるだろう」
「待って。あの女ってアンジェリカの事よね? あなたはアンジェリカを知っていたの?」
ようやく抱いていた疑念を口にできたというのに、レイリはうろたえるでもなくただ笑みを深めるだけだった。
「心配しなくていい。私はお前の敵ではないよ」
そう言うが早いか、闇の中にレイリの姿が溶けていく。
私は慌てて、彼女の腕を掴もうとした。
まだ聞かなければならないことはたくさんあるのだ。
だが、伸ばした腕はむなしくも宙を切った。
「レイリ!」
闇の中に、私の声だけが響き渡る。
何もかも分からないことだらけだ。私は憤懣やるかたない気持ちでレイリがいた場所を睨み続けていた。




