49 王都にて
それから更に十日ほどの時間をかけて、私たちはようやく王都に到達した。
馬車を使ったからか、この国を出た時にかかった時間を考えれば驚くべき速さだ。馬車以外にも、ブラットリー公爵家の紋章を持つ騎士たちを伴っていたことも、決して無関係ではないだろう。各都市にある城壁を越える際、この実家の紋章が大いに役に立った。
私がただの商人であったなら、おそらく手続きなどに時間を取られこの倍以上の時間がかかったはずだ。
さらに付け加えておくなら、結局王都に着くまでに合計で五回の襲撃を受けた。王都に近づくほど治安が安らかになるということは全くなく、むしろ近づけば近づくだけ土地に充満する雰囲気は悪くなっているように感じた。
旅の後半に三回と襲撃の数が増えていることだけ見ても、王都近郊の治安の悪さが如実に表れているといえるだろう。
まるで戦地で兵糧を運んでいるかのごとき危険度だと言ったのは、クレイグだったろうか。
本当にその通りだったので、私はひどい冗談だと笑い飛ばすこともできなかった。
もちろんブラットリーの騎士とグレイグたちテオフィルスの騎士が警備についてたので不安に思うことはなく、最後の襲撃などはまたかとあきれてしまったほどだった。
結果として幾人かの怪我人が出たものの後に響くような重症者はおらず、私たちは無事王都にある月熊商会の本店にたどり着いたのだった。
月熊商会は、商会が軒を連ねる商業区画の端の方に、ひっそりと存在していた。それでもさすが王都の本店だけあって、普通の民家と比べれば十分に大きい。
私たちを出迎えたのは月熊商会の商会長補佐を名乗るジリアンなる人物で、その見た目は異様と言うほかなかった。
なにせ頭をつるつるに丸めているのに、顔には分厚い女性用の化粧。そしてその下の肉体は、正直ここまで一緒に旅してきた騎士の誰よりも分厚い筋肉に覆われていたからだ。
あまりにも予想外の人間が出てきたので、思わず私は唖然としてしまった。
「まあ、ようこそいらっしゃいましたぁ」
“彼”は甲高い声でそう言うと、笑顔で私たちを迎え入れた。
だが私とヒパティカ、それにアルバートとクレイグを奥の応接室まで何食わぬ顔で案内した後、扉を閉めた途端彼はその場に跪いたのだった。
そう――アルバートに向けて。
「殿下、先ほどの態度をお許しください。ご無事のお着き、お慶び申し上げます」
その声は先ほどとは打って変わって、甘さなどかけらもない重低音だ。
「いや、長期の任務ご苦労。先に報せたように、今回の件は重要かつ秘密裏に事を運ばねばならない。お前の働きには期待しているぞ」
「はは! お任せくださいませ。殿下のご期待に沿えるよう、粉骨砕身任務に当たらせていただきます」
どうやらアルバートは、先んじて王都に早馬を走らせていたようである。
アルバートとクレイグは何事もなかったように対応しているので、私の戸惑いだけが置いてきぼりにされている状況である。
「ええと、こちらの方は……?」
説明を求めれば、傍にいたクレイグがようやく説明してくれた。
「こちらに常駐している私の補佐です。名はジリアンといい、少し変わったなりですが信用できる男です。アルバート殿下の異変に最初に気づき、テオフィルスに戻るよう手配したのもジリアンでした。アルバート殿下が今もあの毒婦に惑わされたままこの国にいたらと思うと、正直ぞっとします」
普段は物静かなクレイグが、珍しく饒舌だった。
私がもう一度ジリアンの方を見ると、彼はなぜかにらみつけるように険しい顔をしてこちらを見ていた。
一瞬気のせいかとも思ったが、その視線を敏感に感じ取りヒパティカが私とジリアンの間に割って入る。
「なんだ、お前」
ヒパティカが低い声で言う。
ありがたいが、初対面の相手にする態度としてはいただけない。
私は目の前のヒパティカの腕に手を伸ばし、ぎゅっとつねった。
「いた!」
振り返ったヒパティカは、まるで怯えた子供のような顔で私を見つめる。見た目は大人なので、そんな顔をされると何とも言えない気持ちになる。
「いったでしょう? 王都に入ったらどんな相手にも丁寧な話し方をしなさいと」
そういいながら、私は昔厳しくされた家庭教師のことを思い出していた。その家庭教師も、私が何かミスをするたびに服に隠れて見えない場所をつねったっけ。
もっとも、当時の私と違ってヒパティカは私がつねったくらいじゃびくともしないのだけれど。
そんなことを考えながら、私はヒパティカの体をどけてジリアンの前に進み出た。
悪意を向けられるのなんて慣れっこだ。だが睨まれたからと言って、この状況で相手を無視するという選択肢はない。
私はわざと古びた旅装には似合わないカーテシーをして見せると、ジリアンに向かってにっこりとほほ笑んだ。
これから世話になるならなおのこと、どちらが上の立場なのか明確にしておかねばならない。
確かに今の私は公爵令嬢ではなくただの市民にすぎないけれど、これからなそうとしていることは、味方に侮られながら達成できるようなことではないからだ。
「お初にお目にかかります。わたくしはセシリアと申しますわ」
傍にいたアルバートとグレイグが、驚いたように身じろぎしたのが視界の端に見えた。
ここまでかたくなにピアだと言い張ってきたので、私が昔の名を名乗ったことに驚いたのだろう。
だがこの王都で商人をしているという男に、今更その名を名乗っても無駄だろうという気がした。
何よりジリアンの態度からして、彼は私の顔を知っているようなのだから。
「お初にお目にかかります。セシリア・ブラッドリー様」
「……その名は捨てましたの。ただのセシリアと呼んでください」
「もったいないお言葉でございます。セシリア様」
笑顔の裏に刃物を潜ませるような駆け引きじみたやり取りだ。
懐かしい。もうずいぶん遠ざかっていた気がするけれど、社交界ではこんなやり取りが常だった。
そういう意味では、先に目に見える形で敵意を示してくれたジリアンの方が、まだ親切で正直だとすら言えるかもしれない。
「まずは、王都の現状をお聞かせいただけますか? 私が去ってからどうなったのか、興味があります」
「そうだな。俺もセシリアが出国した後の出来事はあまり覚えていないんだ。聞かせてもらえるか?」
「かしこまりました。お湯を用意させましたので、まずは旅塵を落として体をお休めになってください。信頼できる宿屋を貸し切ってございます」
どうやらこのジリアンという男は、胡散臭い見た目に反しかなり有能であるらしい。
早馬で知らせていたとはいえ随分準備のいいことだと思いつつ、彼の提案に従い私たちはその宿屋へと向かうことにした。




