33 まさかの旅路
珍しいものを見た。
口を開け目を見開いているアルバートの顔を見て、私は他人事のように思った。
おそらく、私も鏡を見たら似たような顔をしているに違いないのだが。
『ね、飛べるでしょ?』
そう言って嬉しそうに羽ばたいているのは、私の精霊であるヒパティカである。
彼は今、その本性である純白のグリフォンの姿に戻り、鷹のそれと同じ形をした二本の前足でここまで乗ってきた馬車の荷台をつかんで浮かび上がっていた。
ヒパティカは、この馬車に私たちをのせて飛ぼうというのだ。
確かに、遠い街に早くたどり着こうとするならこの方法は妥当かもしれない。
だが空を飛ぶという経験がない私は、突然提示された予想外の選択肢にひたすら戸惑うしかない。
「これはその、危険なのではないか……?」
顔を引きつらせながら、アルバートが言う。
その気持ちは痛いほどよく分かった。
『僕がセシリアを落としたりするはずないでしょ! あんたのことはうっかり落としちゃうかもしれないけど』
「こら」
どうにもアルバートとそりが合わないらしいヒパティカをたしなめる。
とにかく、ここは決断の時だ。
ヒパティカの言葉に甘えるか、このまま馬車でヒパティカの言う方向に走るか。
だがヒパティカは、途中に崖があると言っていた。その崖を迂回するとなると、更に時間を食うことになる。
それに――と、私はヒパティカを見上げた。
彼は一日でその街を確認してまたここに帰ってきたのだ。
そのスピードで街につけるとしたら、その街の憲兵に私たちを襲った盗賊について通報することができる。
あれから丸一日以上経ってはいるが、その街からすぐに救援部隊を出してもらえれば助けられる命もあるかもしれない。
「アルバート、馬の調子は……」
「言いづらいのだが、二頭いる内の一頭が脚を引きずっていた。走っている内に足を捻ったのかもしれない。短距離ならまだいけるだろうが……」
私は馬の方に目をやった。
二頭の馬はヒパティカにひどく驚き、繋がれた木から逃げようともがいている。
彼らにも、すっかり無理をさせてしまった。
「分かった。アルバート、馬を放してあげて。ここからはヒパティカに荷車を持って飛んでもらいましょ」
「ほ、本気か……?」
信じられないと言いたげに、アルバートはこちらを凝視していた。
そんなことはお構いなしで、私は宙に浮いた荷馬車に乗り込もうと足をかける。
アルバートは慌てて馬の方に走っていった。
反対されるかと思ったが、アルバートは意外に許容量が広いらしい。
そして私たちのおかしな旅は、商隊に紛れるという堅実な方法から一転して空を行くという、荒唐無稽な旅路となった。
***
ヒパティカが発見したのは、驚いたことに王都に向かう中継地である州都であった。
ブラットリー公爵の居城がある、私の生まれ育った街である。
どうやら街道をはずれてめちゃくちゃに走った私たちの馬車は、運よく街道をショートカットして州都へと近づいていたらしい。
しかし空を行く旅の途中確かに切り立った崖があったので、馬車ではこの道を使うことはできなかっただろう。
しかしそんな感想を抱いたのは、空の旅を終えて州都から少し離れた場所に着陸した後だった。
確かにヒパティカは馬車を落とさないようしっかりと抱えていてくれたが、そもそも馬車の荷台は空を飛ぶことを想定して作られてはいないのだ。
おかげで途中幌は飛んでいくし、自らも飛ばされそうになるしで散々だった。
アルバートが一緒でなかったら、おそらく私は途中で飛ばされていたに違いない。彼が重しになって私を押さえつけておいてくれたので、なんとか空飛ぶ荷馬車から落ちずに済んだという訳だ。
地上に降りて人の姿になったヒパティカは、褒めてとばかりにきらきらとした目で私を見つめた。
私は心底疲れ切っていたのだが、確かに州都を見つけたことと私たちを短時間で運んでくれたことは彼の功績だ。
そういう訳で、人型に戻ったことで黒に戻ったヒパティカの髪をよしよしと撫でた。
さすがレイリの魔法というか、グリフォン姿だと全身白銀なのに人型になると黒に戻るのは本当に不思議だ。
だがそれを言ってはそもそも変身自体が摩訶不思議なのだから、今更考えても詮無きことかもしれない。
私達は簡単に身づくろいをすると、街を囲む城壁に複数ある門のうちの一つに向かった。
入都待ちの行列ができていたが、一刻を争うからとその横をすり抜ける。
そして検問をしていた衛兵に駆け寄り、同行していた商隊が盗賊に襲われた旨を口早に説明した。
だが、私たちを待っていたのは、予想外の対応だった。




