15 森での生活
私は力の使い方を学ぶため、しばらくの間魔女と共に暮らすことになった。
なお、場所はテオフィルス国内の森の中だ。
アルバートは私たちが王都から離れると聞いて難色を示したが、魔女の力が暴走すると周囲の人間に被害をもたらすこともあるという話を聞き、大人しく引き下がっていた。
私など近くにいても目障りなだけだろうに、どうしてそんな反応をするのか理解しがたい。
更には居場所が分からなくなるのは困ると言われ、最終的には王都郊外にある王家の森に滞在することになった。
王家の森とはその名の通り、王家が所有する森の事である。主に王家主催の狩りなどに用いられるため、一般人の立ち入りは厳しく制限されている。
そんな森で力が暴走したらそれはそれで困るだろうと言ったのだが、最終的にアルバートに押し切られてしまった形だ。
魔女も、最後には呆れたような顔をしていた。
彼女の反応を見るに、私の王家の森行きは予定調和という訳ではなかったらしい。
一体アルバートは何を考えているのだろう。
再会して正気を取り戻したように見える彼だが、その態度が以前と同じものとはどうしても言い難い。
セルジュの言う副作用とやらなのかもしれないが、以前とは違う彼の態度が落ち着かない。
という訳で、王都からそう離れていないとはいえ森で暮らすことになり、私はほっとしていた。
翻訳の仕事ができなくなってしまったのは残念だが、母の世話はお城で見てもらえるそうだし、ひとまずは生活の心配はなくなった。
あとは魔女としての力の使い方を学ぶだけなのだが――……。
バターン!
「ひーっひっひ、帰ったよー!」
私の物思いを打ち砕くかのように、頭を抱えたくなるような衝突音が響いた。
時刻はもう深夜と言ってもいいような時間だ。
魔女は――一緒に暮らすにあたりレイリと名乗った彼女は、こうして毎晩のように酔っ払って帰ってくる。
「まったく、いちいちドアに体当たりしないでください。普通に帰ってこれないのですか?」
もう何度目になるか分からない反論を繰り出すと、白い肌を上気させたレイリはやけに楽しそうに私を見た。
その笑みはいつにも増して艶っぽく、同性である私がドキリとするほどだった。
そんな魔女と同居し始めてもう十日ほどになる。
けれど同居と言っても彼女はほとんど留守にしていることが多く、実情は森の狩猟小屋で精霊とすることもなくぼんやりしているだけだった。
狩猟小屋はさすがに王家所有の物だけあって、設備がきちんと整っている。
本当は狩りの際に貴族や王族が休むために使う離宮もあるのだが、そちらだと広すぎて二人では手に負えないということでこちらの狩猟小屋に暮らすことになったのだ。
アルバートは手伝いの人間を付けると言ったのだが、それでは森に籠る意味がないと魔女も頑なに譲らなかった。
私はと言えば、母の面倒を人に任せることができ、お金を稼ぐ必要もなくなったのでとてもゆっくりとした毎日を過ごしていた。
毎朝日の出とともに起きだして、井戸で水を汲み顔を洗う。昼間やることは洗濯と掃除と自分の食事の用意ぐらい。他は森の中を探索したりして過ごしている。
食材は週に一度ほど森の外から特別に言いつけられた人間が運んでくる。しかし受け渡しのために人間と会うことは禁じられており、口を開くのはこうして夜中にレイリが帰ってきた時と、あとは喋ることができない精霊相手に独り言を言う時くらいだ。
「レイリ。いつまでここでこうしていればいいのですか? 好き勝手しているアンジェリカを止めるのではなかったのですか?」
遂に今日、私はかねてからの疑問をレイリに口にした。
魔女としての術を学ばせると言いながら、彼女は私になにも教えようとしない。
私はただ穏やかに暮らすだけ。
本当にこんなことをしていていいのかと、忙しかった反動からかどうしても落ち着かない気持ちになる。
私の問いに、レイリはとろりとした白銀の目でこちらを見つめてきた。
年齢不詳の魔女。
一緒に暮らしているというのに、私は驚くほど彼女のことを知らない。
「おや、お前を追い出した魔女と戦う気になったのかい?」
レイリはからかうように言った。
アルバートから聞いたのか、私の事情をレイリは詳しく知っている。
その後のことは話していないが、彼女は例の毛玉と会話できるらしいので大体のことは筒抜けらしい。
私が母国とはもう関わり合いになりたくないことも、ちゃんとわかっているのだ。
「つっ! そういうわけでは……」
森での生活が始まって、前以上にパーシヴァルの情報を得ることが難しくなった。
あんな国もうどうなっても構わないが、こうして一人だけ安穏と暮らしているとそれはそれで落ち着かないのだから不思議なものだ。
「大体、無理に私が魔女になってアンジェリカと戦う必要がありますか? どうしてあなたではだめなのですか」
私がそう言い返すと、レイリはさも愉快そうに大口を開けて笑った。
「はっはっは! それこそ理由がないさ。あたしがあの坊やを治したのはテオフィルスの王族と縁があったからだ。パーシヴァルなんて国のことは知らないよ」
そう言われてしまえば確かにその通りで、言い返す言葉もない。
「大体あんたは、余計なことを考えすぎなんだ。今まで大変だった分、骨休めのつもりでのんびりしなよ」
「ですが、魔女になるための術だって、何も教えてくれないではありませんか。このまま放っておけば命に関わるのではなかったのですか!?」
思わず声を荒げると、レイリは打って変わってまるで私をいたわるような顔をする。
「お前は何でも焦り過ぎ、頑張りすぎだ。まずは自分の体をゆっくりと休めることを考えな。そんなだから、見えるはずのものが見えなくなっちまうのさ」
「なにを……」
「さて、あたしはそろそろ寝るからね。あんたも早く寝な。睡眠不足は美容の大敵ってね」
「美容って、それが魔女になる術となにか関係があるのですか?」
「あー、あるある。あるとも。だからさっさと寝な」
そうして煙に巻かれてしまい、私は納得できない気持ちで自らも眠りにつくのだった。




