01 お針子娘
ある日王様がなんとも馬鹿げたお触れを出した。
『我が国の王太子に愛を教えた者には、それに見合った褒賞と共に王太子妃の位を与える』と。
未婚の女たちは狂喜した。
なぜならその相手の条件は『今後出産が可能な年齢の女性』のみで、身分に関する縛りが一切存在していなかったからだ。
つまり、どんな身分の女性も若ささえあれば、王太子妃――いずれは王妃になれる可能性を提示されたということである。
お針子として働いている私は、そのお触れを聞いた時、なんて馬鹿げたことをするんだと心底呆れた。
なぜなら身分違いの恋愛は、周囲を不幸にこそすれ幸せになれることは絶対にないと自らの経験から嫌と言うほど思い知らされていたからだ。
共に働いているお針子の女の子たちが、お触れについて朝からずっと盛り上がっている。
それでもその手は休むことなく動き続け、私よりもよっぽど上等な服を縫い上げるのだから大したものだ。
最近この国にやってきたばかりの私は、少しでも彼女たちの技術に追いつこうと必死で目の前の仕事に取り組んでいた。
今まで刺繍がうまいと誉めそやされてきたけれど、所詮そんなものは手習いにすぎず、短い時間の中で売り物になる服を縫い上げるのは全く別の技能なのだと、もう嫌というほど思い知らされていた。
けれど、人より自分が劣っているという状況にいつまでも甘んじてはいられない。
ただでさえ、私は手が遅いからと普通より賃金を減らされているのだから。
「ねえ、そんな必死になってないで、最近この国に来たばかりだから知らないのかもしれないけど、この国の王子様は大層な美男子で有名なんだ。あんたも当然、選ばれたいと思うだろ? こんなとこに燻ってないでさ」
突然話の矛先がこちらに向いたのを感じ、私は手を止めた。
せっかくの金髪はごわついて、薄紫色の瞳には倦んだ色が浮かんでいるはずだ。今の私に身だしなみを気にするような余裕はない。
けれどそんな私を、他のお針子たちが馬鹿にしていることも知っていた。
はすっぱな物言いに追随するように、楽し気に話していた女の子たちがくすくすと笑う。
リーダー格の少女が、椅子から立ち上がり獲物をいたぶる肉食獣の顔でこちらを見下ろしていた。
最初は親切に迎え入れてくれた彼女たちも、私の傷一つない手を見た瞬間がらりと態度を変えた。
彼女たちは私のことを、甘やかされて没落した世間知らずの商家の娘だと思っているし、その予想は大きく外れてはいない。
『侮られてはいけません。弱みを見せればすぐに蹴落とされます』
幼い頃から、嫌と言うほど家庭教師に言い含められた言葉が蘇った。
私はその言葉を指標に、今日まで歯を食いしばって生きてきたのだ。
そう――生まれついた身分をはく奪され、絶望のどん底に叩きつけられようとも。
こちらを楽し気に見つめていたお針子の娘を、まっすぐに見据えた。
たとえ今はお針子であろうと、ボロを纏い肌は日に焼けた顔を隠すために前髪を鬱陶しく垂らしていようとも。
貴族として生まれ未来の王妃として養育されたこの矜持だけは、誰にも奪うことができない。
私を追い落とした者がいくらあざ笑おうとも、私は与えられた環境の中で生き抜いて見せる。絶望したりなんてしない。決して。
こちらの怒りが伝わったのか、いつの間にか少女たちの笑い声は止んでいた。部屋の中はしんと静まり返っている。
私をからかおうとした少女の顔が、引きつっていた。
そんな生半可な覚悟ならば、初めから喧嘩を売るようなことなんてしなければいいのに。
そう思いつつ、私はぼそぼそと低い声で彼女の問いに答えた。
「王子様なんて、私には相応しくありません」
そう言うと、張りつめていた部屋の空気が一瞬にして弛緩した。
いけないいけない。元の身分が悟られるようなことは、絶対にあってはならないのに。
私は自分をなだめすかし、さえないお針子娘の仮面をかぶり直した。
「そ、そうよね。あんたなんて野暮ったいただのお針子娘だもんね」
そう言った一瞬後、自らの言葉が深く刺さり込んだらしい彼女はまるで倒れるように座っていた椅子に腰を落とした。
たくさんの女たちが詰め込まれた部屋に、重い沈黙が立ち込める。
「あんたたち、くだらない話してないで少しは手を動かしておくれよ。こっちはオーナーに言いつけてもいいんだよ?」
その時、事態を見かねた年かさのお針子がぱんぱんと手を叩いた。
その声に促されて、私も視線を手元の布に戻す。
仲裁に入ってくれた女が、私の肩を叩いて言った。
「あんたもまだ若いんだ。相応しくないなんて自分を卑下することないさ」
それは優しい声だった。
私は小さく頷くと、遅れを取り戻すためすぐに仕事に戻った。
それにしても、彼女はどうして私が卑下しているなんて思ったのだろう。
――顔が綺麗なだけのポンコツ王子なんて、私には相応しくないと正直に言っただけだというのに。




