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僕は踏まれたい~踏まれるほどに強くなる~  作者: 怪ジーン
一章 踏まれたい養成所時代
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08 エル・ハーバード①

 エルは夢を見ていた。懐かしい、あまり思い出したくない苦い思い出を。


 名門ハーバード家。貴族ではないものの、代々ラーナシア連合王国の軍部に人材を送る優秀な家系。


 エル・ハーバードは、父ガルシア・ハーバードと母エミリアの間にもうけた三人の子供の内、一番下の長女として生まれた。


 上の兄二人とは年の離れた妹。特に一番上の兄であるランス・ハーバードからは、溺愛されることになる。


 しかし、順風満帆に思えるガルシアにも一つ大きな悩みがあった。


 それはハーバード家に代々継承されるスキル。自分も息子二人も受け継ぐことはなく、それでも自分は軍部トップの“王代統括”という地位に、長兄のランスも騎士団団長として自力で掴み取る。


 それ故に年甲斐もなく三人目を頑張ったのだが、生まれたエルは見事継承するものの、女の子だった事に悲観する。

 継承するべきスキル自体が戦闘に特化したものだったからだ。


 そしてエルは、別件であるがハーバード家の公式記録からしばらく消えることとなった。



◇◇◇



「奥様、またお嬢様が泣いておられます!」

「すぐに旦那様か、ランスを呼んで来てちょうだい!」



 ガルシアは話を聞きつけ母親であるエミリアと共に、エルの元へと向かう。向かったのは窓一つなく外に音が漏れないほど地下深くにある倉庫。

 厳重に重厚な扉が付けられた地下室がエルの部屋であった。


 ガルシアが先頭に立ち重厚な扉をそーっと開くなり、目の前にエルが寝ているはずの木製のゆりかごが飛んで来る。

 咄嗟の機転で扉を閉めてゆりかごを防いだガルシアは、扉の向こうでゆりかごの壊れる音を聞き、再び扉を開く。


 足元にはバラバラになった木片が散らばり、部屋の中はエルの泣き声で充満している。ゆりかごをガルシアに向かって投げつけたのは、まだ物心つかない年齢のエル。


 公式記録から消えた理由がこのエルが持つ怪力であった。


 エルには生まれながら代々ハーバード家から受け継いだスキルがある。


 スキルは一人、一つの不文律。


 つまり赤ん坊でありながら、自分の何倍もあるゆりかごを投げつける怪力は生まれ持ったもので、スキルではないとガルシアは考えていた。


 この事が外に知れてしまうと、エルは異端児として冷たい目を向けられることだろう。両親、特に父親のガルシアはエルを地下室で閉じ込め存在を知られないように箝口令(かんこうれい)を敷いた。


 部屋に入ったガルシア達に向かって、既にハイハイが出来るまでに成長したエルは、手元にあるものを、まるで動物が威嚇するように二人に向かって投げつける。


 壊れたタンスの木片、銀のトレンチ、使用済みオムツ、気を失っていた乳母……と、次々と。


 唯一、母親のエミリアに抱かれていれば泣き止むが、近づくまでが困難を極める。


 部屋に何も置かなければ手っ取り早く解決するのだが、父親ガルシアも、エルに愛情が無いわけではない。やむ無くこんな所に閉じ込めているだけで、本意ではないのだ。

 それ故に地下室にも関わらず、明かりは常に煌々と点いており、物で溢れていた。


 せめて物心がついて分別がつくまでの我慢だ、と。



◇◇◇



 物心がつく頃には、エルの心は当然(すさ)んでいた。殆ど言葉を発することはなく、意思疎通は物を投げることのみ。


 内心、そうなるのではと不安に思っていた事が的中し、両親もエルを叱ることが出来なくなっていた。


 そんなある日、エルの姿が忽然と地下室から居なくなる。


 ガルシアは家の者総出で探すも見つからない。



「もしかして、スキルを使ったのか? 偶然か?」



 ガルシアの予想は的中していた。エルは偶然使ったスキルで、地下室の部屋の中から既に屋敷の外に出ていたのだった。



◇◇◇



 エルは初めて見る人通りの多さに、道の真ん中で目を丸くする。見るもの全てが生まれて初めてばかりのもの。


 ただの野良犬も珍しいと、あとをつけていく。野良犬は、どんどんと路地を進み、人通りが少なくなっていく。


 野良犬を見失う頃には、辺りの人はまばらで、居るのはガラの悪そうな男どもばかり。


 赤い髪の毛こそボサボサではあるが、着ている服は高そうで綺麗なドレス姿。

 寂しい思いをさせて申し訳ないとガルシアがエルの為にと買ってきたものであった。



「お嬢ちゃん。こんな所に居たら拐われちまうよ?」



 エルの背丈では腰までないほど、大柄で長身の男がエルを見下ろしながら、首でしゃくり仲間とおぼしき男共に合図を送る。

 仲間達は、エルを逃がさないように回り込むと「シシシッ……」と不敵な笑い声を浮かべた。


 エルは臆することなく大柄の男を見据え、その赤い瞳には揺らぎ一つ無かった。



「ちょ、ちょっと待ったーっ!!」



 男達は、まさか自分達の縄張りで邪魔をする奴が現れるとは思っておらず、声のするエルがやって来た方向の道へ振り返る。



「ぷっ! 本気かよ!?」



 男達は声の主を見て失笑する。何故ならそこにはエルと年の頃の変わらない黒髪の男の子が一人で立っていた。



「オジサン達。ち、小さい子にイタズラするつもりだな! 知ってるか、そう言うのって悪いことなんだぞ!」

「ぶはははは! 中々度胸あるじゃねぇか、小僧!! イタズラか……バーカ、俺達はこの子の親からちょいとばかしお小遣いを貰うだけだよ」

「え……小遣いって。僕、もうすぐお兄ちゃんになるからって、もう貰ってないよ? オジサン達、もしかして……無職なの?」



 嘲笑っていた男達もこれには激怒した。エルの逃げ道を塞いでいた男達が一斉に男の子を捕らえようと襲いかかる。

 しかし、この男の子が意外と身軽で、男達の手を()(くぐ)っていく。


 手こずる仲間に、傍観していた大柄な男は、まずは仕事とエルに向かって手を伸ばした。



「はっ……?」



 大柄の男は景色が急に反転して見える。次の瞬間、背中に痛みが走り狭い路地から覗く空を見上げていた。


 男の子を追いかけていた男達も、足を止め奇妙な光景を目の当たりにする。自分達の中でも、力がある大柄の男が逆さまになり地面へと叩きつけられた光景を。



「おお! すげぇ」



 男の子は感心しながらも、ガラの悪い連中の動きが止まったのを見て、一気にエルに向かって駆けていく。


 勢いを止めず、エルの答えを聞くことなく男の子はエルの手を掴み、逃げ出した。

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