11 ハナの踏みタイヤー
本名を呼ばれることに酷く落ち込むハナであるが、タイヤーはその暇を与えない。
一度、フローラが淹れてくれたお茶で喉を潤すタイヤーには、まだまだハナからは聞きたい事が山ほどあった。
「ひゃっはー教の教会の隣にある建物って……アーマイル教のやつなんだよな? ひゃっはー教が随分とここユーラシア教国内で勢力を伸ばしているっていうのに、よく争わないよな」
「仲は良くないでありんす。でも、どちらも宗教団体。表立って争うことはござりんせん」
「アーマイル教に聖具はあるのかしら?」
「多分……。そもそもひゃっはー教の聖具もアーマイル教から奪ったものでありんすから」
アーマイル教にも聖具があるとなると、回収はひゃっはー教だけで終わらない。大陸全土に力を持つアーマイル教と、なるべく事を構えたくはないものの、聖具を手に入れた経緯も知りたい。
ミュオを見るが、それほど自分の事に関心がないのか、足のつかない椅子の上でプラプラと足を動かしていた。
「それと、彼女……ミュオと同じ目をした男ってのは何者なんだ?」
「知っているのは顔だけでありんす。一度、司教様が追い出していたのを見ただけで……。それに目は同じでござりんすが、角など生えていなかったでありんす」
ミュオの頭から生えた二本の角は、目立つ。まずそこに目が行きそうなもの。ハナが見てないとなると、その男には生えていないのであろう。
聖具の事も聞いた、男の事も。問題はどうやって回収するかである。
盗むわけにもいかない。
聖具は神無族を迫害して得たものとハナが知っている事から内々では公言しているのであろう。
しかし、盗んでしまっては、ひゃっはー教と同じである。神無族から目を奪ったように。
何より聖騎士を目指すタイヤーには、論外であった。
「話し合いで解決出来ないかな」
「それは、難しいかと。ひゃっはー教は持っている者の話を聞きたがりござりんせん」
「だよなー」
何とか手に入れられ無いものかと思考錯誤するが良案が今のところ浮かばない。
「せめて、この眼鏡と同じものは手に入れたいのだけど……」
「他の聖具より? どうして、タイヤー?」
「ほら、この眼鏡があるとミュオの存在が知られてしまう。迫害を増長させないためにも、ミュオの事はあまり知られるのは良くないし。何より僕達には責任があると思うんだ。ミュオをあの西の洞窟から連れ出したのだから……」
「あの~、しんみりしているところ悪いでありんすが、私の方も責任取って欲しいでありんす」
タイヤー達の話に割り込んで来たハナへ「責任?」と首を傾げて見せた。
ハナは、頬を膨らまして顔を真っ赤にする。
「貴方達のせいで、ひゃっはー教から追い出されたでありんす! このままじゃ、盗人に逆戻りでありんす!」
このまま野放しにすればハナの言うように盗人に戻りかねない。わざわざ犯罪者を作るのは忍びなく思い、ハナの処遇を話し合う。
「ひゃっはー教がダメならアーマイル教に鞍替えしたらどうかしら?」
「嫌でござりんす。なんで、わざわざ冷遇されに行かなくてはありなんし? あそこは、ひゃっはー教より持つスキルによって対応が変わるでありんす」
「それじゃ、仕方ないわね」
エルはおもむろに立ち上がり、タイヤーを蹴り飛ばす。
「いきなり何するんだよ!」
「まぁまぁ。ハナ、今からタイヤーの顔を踏みなさい。勿論、パンツ見えても気にしないように」
エルはハナにフマレ隊へ入れるつもりなのか、タイヤーの顔を踏ませようとする。
自分が拷問を受けた時に、一度見ているが流石に躊躇う。
「もし、タイヤーのスキルが発動出来たらフマレ隊へ入れてあげる。ただ、あたし達はこの後大陸の東側へ向かうつもりだから、それで良ければだけど」
タイヤーは寝そべりながら、自分に決める権利はないようで、どうにでもなれと身を任す。
「じゃ、じゃあ、モブキチ様失礼します」
「仲間になったら、それは止めてくれ」
ハナは長いスカートをつまみ上げ、恐る恐るタイヤーの顔に素足を乗せる。嘆息しながらタイヤーは下からハナを見上げるが、スカートが長いせいでパンツまでは見えなかった。
「ほら、気にしないって言ってるでしょ!」
エルはハナの後ろに立つと思いっきりスカートの裾をめくり上げた。
「きゃーーっ!!」
純白のパンツが露になる。なかなかの白いお腹に三角の白い布。普段のチラリズムに慣れたタイヤーには、なかなか刺激的な光景。
スキルの発動には申し分ない──はずであった。
「光らないのじゃ」
タイヤーのスキルは発動していなかった。理由は、最近使用したタイヤーのスキルカードに記載があった、好意を抱く相手の部分。
ここが、見た目幼いミュオとハナの大きな違いであった。
「そんな……。また盗人に……」
少しハナが気の毒になる。けれどもタイヤー達は討伐者。魔物と相対する以上、誰かが彼女を守らなくてはならなくなる。
ミュオがいる以上、これ以上人を割くことが出来ずにいた。
「残念だったわね。……一応、スキルカードで貴女のスキルを教えて」
エルはまっさらなスキルカードをハナへ渡す。
パンツまで見せたのにと損した気分のハナはスキルカードをボーッとしたまま受け取った。
真っ白な紙に浮き出てきたスキル名は“逃走”。相手が速ければ速いほど、いくらでも速く走れる。ただし、加速する時間は必要。
まさに盗人には鬼の金棒なスキルであり、箸にも棒にもかからないスキル。
「エル?」
「あ……ごめんなさい」
ボーッとスキルカードを見つめたままのエルは、タイヤーに呼ばれ我を取り戻すと、ハナに近づき耳打ちする。
「ええっ! そ、それは……」
「大丈夫。あたしかフローラが必ずフリーになるから、守れるわ。正直、前々からグレートサーベルのような動きの速い魔物が現れた時、どうしようか迷っていたのよ。でも、あなたのスキルなら充分時間を稼げるわ」
「エル、何の話さ?」
二人でこそこそと話す必要があるのかと、タイヤーが割って入る。エルは、あくまでもハナの承諾を得てからと前提を踏まえ、考えをフローラとタイヤー、ミュオに伝えた。
「囮にする!? エル、それはあんまりな気も!」
「そうよ、エルちゃん!」
「だから彼女が承諾したらって言ったでしょ! 先日はタイヤーのスキルが発動した状態でグレートサーベルに出会ったからいいものの、タイヤーのスキルの発動には時間が必要なのよ!」
今は、不意に現れた魔物の相手はエルかフローラが素早く対応するしかなく、スキルの発動出来ないタイヤーなど足手まといに過ぎない。
その間、ハナが囮となって“逃走”のスキルで逃げまくるのはどうかという提案であった。
乗り気ではない二人を他所に、ハナは半ばやけっぱちに「やります! もう盗人は嫌でありんす!」と言い切るのであった。




