10 ハナ、ハナ下の人中に拳をくらいハナ血出す
「うぅ~、ハナって呼ばないでおくんなまし」
泣きべそかくほど本名が嫌らしいモブカことハナは、鼻水を垂らしながら涙で顔を濡らしていた。
本気で泣いている姿からタイヤー達は、からかったことを申し訳なく感じてきた。
「ま、まぁ。かわいい名前だと思うよ」
「そ、そうね、タイヤーよりマシだと思うわ」
「それはそれで酷くない?」
エルとタイヤーは必死にハナを宥めるも、まだ泣き止む気配はない。フローラも、懐から取り出した自らのハンカチで、ハナの鼻水を嫌がる素振りもなく拭いてやる。
(お母さんみたいだな……)
(お母さんね、まるで)
「ありがと……でありんす。お母さん──ぶへっ!!」
ハナは鼻の人中辺りをフローラの正拳突きを受け、鼻血を噴き出して吹き飛ぶ。
「誰が、『お母さん』よ!? 私、まだそんな年じゃないもん!」
顔を真っ赤にして怒るフローラに、エルとタイヤーは口に出さずに助かったと心に仕舞い、今度は興奮するフローラを宥め始めた。
「いい加減遊んでいないで真面目にやったらどうじゃ。話し合うんじゃろ?」
ミュオは姿を現して、一連のやり取りをあきれた目をして眺めていた。この中で最年長だが、見た目最年少のミュオに言われ、タイヤー達は顔を赤くするのであった。
気を取り直したタイヤー達は、今後の目的を改めて確認する所から始めた。
まずは鼻のモチーフのついた眼鏡についてに話し合う。
「これ、ひゃっはー教の五つある聖具の一つらしいけど、そんなに貴重ならどうしてハナを破門にした際に『返せ』って言って来なかったんだ?」
「うっ……それは……」
ハナはあからさまに大きく視線を逸らせた。
「ハナちゃん。もうひゃっはー教に義理立てする必要はないと思うけど?」
「それはそうなのですけど……」
「ハナ。もうわかっているかも知れないけど、ここにいるミュオは“神無族”。女神アーマイルからスキルの加護を貰えなかった一族だ。この眼鏡はそんな彼女の一族を迫害して、特殊な眼を奪い手に入れた物の可能性が高い」
タイヤーは普段見せないような真剣な眼差しで、ハナの肩を掴み言い聞かす。
「アーマイルに一般的なスキルしか貰えなかったから、ひゃっはー教が出来たのだろ。なら、彼女ら“神無族”は、最優先で保護すべき対象ではないのか? 何故、迫害する。見た目か? 容姿に関して差別するのは、モブ顔の多いひゃっはー教の嫌うところじゃないのか?」
ズイッと顔を寄せ、タイヤーはハナの眼を見続ける。ハナは頬を赤くしながらタイヤーと自分の顔の間に手を差し込み、引き離すと呼吸を整え、身なりを正す。
「言われてみればそうかもしれません。ひゃっはー教は見直す時期に来ているのかも……。わかりました、知っている事は話させておくんなまし」
破門されてもハナのひゃっはー教への信仰は変わらなかった。それでも、ひゃっはー教の全てが正しいと思っていた頃より、柔軟に思考するようにはなっていた。
「それじゃ聖具について聞いていいか?」
「はい。まず、司教様が私にこの眼鏡を返せと言わなかった理由でござりんすが、一つはこの眼鏡がもう一つあるということと、この眼鏡を持ち出した事を司教様が知らない事でありんす」
司教がどれくらい偉いのかは分からないが、二人の態度を見た限り、破門を言い渡した様子から相当の地位が予想された。
その司教が知らないというなら、ハナが勝手に持ち出したことに。
「どうして、これを勝手に?」
「これは勧誘する際に、人の心を見透かすのに長けているでありんす。嘘を見極め、そこを指摘してやると容易に心につけこむ事が可能でありんす。便利なので、つい……盗人時代の癖で」
「盗人? ひゃっはー教に入る前、泥棒してたの? 見かけに寄らないわね」
「自分のスキルが、その盗人するのに便利なので、つい……」
何故か照れ臭そうに頭をかくハナ。本来自分を見直すための宗教なのだが、ハナの手癖の悪さは抜けきれていないようであった。
「それで他の聖具は?」
「はい、残り四つのうち一つはこの眼鏡と同様の物でありんす。残り三つのうち、一つは“でぇなめえとの箱”でござりんす。“でぇなめえとの箱”はこのくらいの箱に筒状の物が詰め込まれていて、なんでもこの筒状の物を使用しても無くならないとか。ただ、見たことは無いので……詳しくは」
ハナは身振りで30センチ四方の箱を描いてみせた。タイヤー達もそれだけでは想像がつかない。
「もう一つは“魔拳バルトス”でありんす。所謂手甲のようなもので、兎に角固い壁とか容易に壊せるでござりんす。そして最後の一つは、司教様が持っているので見たこと無いでありんす」
ハナから得た情報はなんとも霞がかったものばかり。タイヤー達は、ミュオならと顔を見るがミュオは首を横に振る。
「ワシからも聞いていいかの?」
「はい、何でも」
「先ほどから気になっておったのじゃが……お主、言葉遣い時々変じゃな」
「あ、これは生まれた国の言葉が訛ってしまって。聞き辛いなら、頑張って戻すでありんす……あ」
ハナ自身の生まれは東の大陸らしく、ひゃっはー教内では個性にあたるので控えていたが、破門になったことで気が抜けたようであった。
「別にいいんじゃないか。新生“ハナ”って感じで」
「そうね、タイヤーの言う通り。あなたはもうモブカではなくてハナなのだから」
「うぅ……ハナって呼ばないでおくんなまし」
ハナは気づいていない。個性がないモブだと思っていた自分が、自分の話題で会話の中心にいることに。既に、自分がひゃっはー教の教示から大きく離れていることに。




