02 とばっちりとフローラ
フローラとタイヤーの初めての出会いは二つ目の試験である持久走であった。
当時も今もフローラは、激しい運動をするには似つかわしくない服装をしていた。
太ももの横に大きくスリットが入っており、歩幅を広げるほどに、スリットからは下着が見えそうになり、白く肉付きのいい太ももが露になる。
髪の色と同じコバルトブルーのラメが入ったチャイナ服によく似ていた。
だが、しかし。受験者もタイヤーも太ももよりも、まず先に全力疾走すると盛大に上下に揺れる胸に目が行っていた。
「すげぇな、あんなに全力で走ったら最後までもたねぇぞ」
「うん、本当にすげぇ……」
タイヤーの前を走る二人の受験者の会話は、きっと噛み合っていないのだろう。
気恥ずかしさからかタイヤーは彼女から顔を背けるも、チラチラと視界の端に彼女を捉えており、上下に揺れる胸に合わせて黒目が上下に動いていた。
「バイーン、バイーン、バイーン……」
自然と口ずさんでしまう擬音に呼吸を合わせると、何故か自然に走る速度が上がり、前を行く集団へと追い付いていた。
汗だくの男達に前を塞がれ、ウロウロしていたタイヤーの背後から小鳥の囀ずりのようなか細い声が聴こえてくる。
「すいません、前開けて貰えませんか?」
不意に背後を振り向くと、先ほどまで目で追いかけていた女性が自分のすぐ後ろまで迫っていた。
少し横へとずれてやると、隣に並んで来て軽く会釈する。
もう追い付かれてしまったのかと驚くと同時に、再び前の受験者に声をかける彼女の横顔を見て、垂れがちな目がとても優しそうに思えた。
一定のリズムを刻み息を吐く薄桃色の唇にも魅いられる。
健康的なエルとは、また違い儚げにも思える可愛さを持っていた。
背丈はタイヤーよりずっと低く、視線の高さと同じところにコバルトブルーの色をしたつむじが見える。
肩まで伸びた髪を後ろにくくっており、ピョンピョンと彼女のリズムに合わせて揺れていた。
もちろん、同じように揺れたのは髪だけではなく、同じタイミングで大きな山が二つ弾んでいた。
チラチラと横目で見るのも悪いかと思っなたのかタイヤーは俯いてしまう。
もたもたしていたタイヤーと違い、彼女は集団の前が開けると、サーっと駆け抜けていってしまった。
それは、あっという間の出来事であった。
もう少し、話がしたいと思ったのも束の間、どんどんと前へ行ってしまった彼女の服の背中に刺繍された“一人一殺”の文字を見送るしかなかった。
ところが、彼女に追い付き抜いこうと全速力で走った一人の男が、彼女の進路を妨害する。
避けようとすると彼女に合わせることから、故意だと思われた。
「ひゅーっ、大きいねぇ、彼女ー。なんなら俺が後ろから支えてやろうかぁー?」
彼女のペースが落ちて下品な台詞も聞こえてくる。
その顔も鼻の下を伸ばして彼女の胸ばかりを見下ろしていた。
「すいません、前を開けてくれませんか」
助けに行こう。そう決心したタイヤーが声をかけ集団の一番前に出た時、下品な男自身がボールのように地面を弾みながら此方に向かって飛んでくる。
「うひゃっ!」
身を翻して間一髪タイヤーが避けると、下品な男は後ろの集団を巻き込んだ。
思わず何が起こったのか彼女を見ると、ちょうど高く蹴り挙げた足を降ろす瞬間であった。
「どうした!?」
異変に気づいた教官が彼女に駆け寄っていく。
「白……だったな」
無意識に今見たものをタイヤーが呟くと、「くはあっ!」と奇声をあげながら、今度は教官が飛んでくる。
「ふんっ!」と言い放ち顔を背けた彼女が、再び走り出した後ろ姿を試験官の下敷きになったままタイヤーは眺めるしかなかった。
これがフローラ・ルーデンスとの出会いであり、後々エルと二人してタイヤーに謝りに来たのが、仲良くなる切っ掛けであった。
タイヤーの持久走の結果はというと、ちょうど真ん中辺りで、あんなに走り込んで鍛えたはずなのにと不可思議に首を傾げるタイヤーであった。
◇◇◇
「何? また笑ってる。さっきからどうしたのよタイヤー」
「いや、なに、ちょっとね……」
──あの試験があって今がある。何事も感謝だな。取り敢えずフローラの白パンに感謝しとこ──
タイヤーはフローラに向かって拝み始める。フローラは「ほえっ?」と可愛く小首を傾げた。
「あ、そうだわ。忘れるところだった。はい、これ」
エルは荷物から出した麻袋をタイヤーに手渡す。
受け取ってみると、ずっしりと重い感触。
何が入っているのだろうかと、すぐに麻袋の口を開くと、金色に輝く貨幣が十枚入っていた。
「何これ!? こんなの受け取れないよ!!」
「あたしからじゃないわよ。これはリックからの預かり物よ。あたしは渡すように頼まれただけ。一緒に行けないから……って」
「リックが……」
養成所時代、寮で同室であり、唯一と言っていい、男友達のリック。
「しかし、リックが侯爵家の息子だって聞いた時は驚いたよ」
顔立ちも凛々しく、肩幅も広く男らしい、懐かしい友人の姿をタイヤーは思い浮かべる。
背も高く運動神経も良く頭もいい、そして侯爵家の息子とハイスペックの持ち主。
「そう言えば去り際にリックが、いつになったら妹を紹介してくれるんだって言っていたわよ」
エルがリックから受け取った伝言を伝えると、タイヤーの頬がひきつる。
エルは、普段逆立つタイヤーの黒髪がへにょと元気が無くなったように見え、余計な事を伝えたのかと感じていた。
「うっ……!! る、ルカはその……あと一年すれば十になるし、そうすればリックの守備範囲から外れるから……だから、その伝言は忘れてくれ、エル!」
リックの守備範囲は一桁まででギリギリ。世間で言う少女趣味だと、エルやフローラと言った美少女の部類だとしても十六ともなれば、リックにとって論外なのである。
だからこそ、エルやフローラもタイヤー同様リックとも仲良く出来ているのだが。
“スペックのムダ遣い”
“天から二物以上に与えられた呪われし者”
それが養成所時代、リックに付けられた二つ名であった。
「タイヤーくん。リックくんは『困ったことがあったら訪ねてくれ、何時でも力になるから』って。タイヤーくんが向かった行き先を調べてくれて教えてくれたのもリックくんなんだよ」
フローラから話を聞いて、タイヤーはホロリと涙を流す。持つべきものは友人だと。
「リックが友人で良かった……残念なヤツだけど」
「そうね。あたしも今回のことでリックを見直したわ。残念な人には変わらないけど」
「うん、今度皆で会いに行こうね。残念なのが治っていればいいのだけど」
タイヤーはフローラが淹れてくれたお茶をグイッと飲み干すと、焚き火を眺めながら大切な友人との出会いを思い出していた。




