第一章 6話 その名は……
俺たちが異世界へと召喚され半月が過ぎようとしていた。その間特に変わったことはなく、それぞれが異世界での生活をおくっていた。
訓練も順調に進み、今日もなに一つ変わらない一日になるだろうと思われたある朝の訓練で、思わぬ課題が浮き彫りとなった。
「スキルをつなげるときは間を意識しろ。相手に息をつく暇を与えるな」
俺を相手取りながらスタードがアドバイスをしてくる。
スタードが俺の専属の指導者となり、俺の実力もかなりのものとなっていた。ここ最近の訓練は実践的なことが多く、この世界で戦争をするということに現実味を感じるようになった。しかし不思議と怖くはない。もっと緊張などするのかとも思っていたが硬くなったりもしていない。これならばいつ戦争が始まっても冷静に対処できるだろう。
「きゃああああああっ!」
そんなことを思っているとどこからか悲鳴が聞こえてくる。しかもこの声は……
俺は居ても立ってもいられなくなり、悲鳴の聞こえたところへと走り出す。
「おい!待つんだ、レイ!」
スタードの制止の声が聞こえるがそれを振り切る。
走って行って目に入ってきたのは大きな熊と、その前で尻餅をつく佳奈の姿だった。
しかもあの熊なにか様子がおかしい。この世界では基本的に生き物全てが魔力を保有している。しかし人間以外はそれを操る術を持っていないのだがあの熊から溢れんばかりの魔力が駄々漏れている。
本で見たことがある。あれは魔物だ。
魔物、それは大量の魔力をもち、人間ほどではなく限定的だが魔法やスキルを使えるようになった獣のことを指す。元々は普通の獣のなのだが、魔素と呼ばれる体内で魔力を生成するのに消費される物質を大量に取り込むことで魔物になる。魔物のなると強くなるのはもちろんより狂暴になり、他の動物を襲うことに見境がなくなる。
そんな熊の魔物が手を振り上げ佳奈へとその鋭い爪を振るおうとする。その光景を見たとき俺の体は自然と動いていた。
身体能力強化によって強化された脚力でスキル"縮地"を発動し、熊の魔物へと一瞬で接近する。そのまま佳奈に振るわれようとしていた腕を切り飛ばし、その勢いを殺すことなく回転し首へと剣を突き立てる。熊が血を噴き出しながら苦しんでいるが構うことなく剣を進める。肉によって一瞬阻まれるが身体能力強化の強化度を増すことで強引に首を切り落とした。熊は絶命し支えを失った体は土煙を立てながら倒れる。
熊を倒し終えた俺は後ろでうずくまっている佳奈へと声をかけた。
「大丈夫か?佳奈」
「レ…イ?」
きょとんした顔で佳奈が俺を見つめる。
「レイっ!」
次の瞬間には涙で目を真っ赤に腫らしながら俺へと抱きついてきた。
「怖かった!怖かったよー!」
「無事でよかった」
優しく佳奈を抱き締める。本当に無事で佳奈を守れてよかった。
「何があったんだ!?」
スタードが騎士を数人引き連れてやってくる。
「これはっ!?」
そして俺達と俺の後ろで倒れている熊の魔物の死体を見てスタードと騎士達は固まってしまった。
先の騒動から数時間後、俺たちは会議室へ集められていた。何回もここに集められてはいるが、今は別の場所になってしまったかのように空気が重々しい。皆佳奈が魔物に襲われたことを知らされ恐怖したり不安になったりしているのだろう。
襲われた佳奈本人は人一倍顔が暗い。俺が助けに入ったとはいえ死ぬかもしれなかったんだから無理もないだろう。
「皆今日の騒動は知っているな?」
スタードが話を切り出し始める。
「この近くには小規模だがダンジョンがある。出現した魔物はそこから出た魔物だ」
そう報告されクラスメート達の顔がさらに暗くなる。
特別に魔素濃度の高い洞窟や森はダンジョンと呼称され魔物が発生しやすいため恐れられている。
そんな場所が近くにあり、さらにはこれからも魔物が出るかもしれないとわかりやすい全員が不安になっている。
それをわかっているのか言い出しづらそうにしていたスタードだが意を決して口を開いた。
「お前達にはダンジョンの平定を兼ねて実践訓練をしてもらう」
周りの連中がざわめきだした。死ぬかもしれない事実に直面し冷静でいろというのが無理な話だ。
「もちろん騎士団も同行する。決してお前たちを死なせたりしない」
そう言われ少し雰囲気が軽くなったが、不安な色は消えていない。まだ死ぬかもという可能性がなくなったわけではない。
「それにさしあたって、お前達に正式な武器を支給する。今日の午後の訓練は武器を選んでもらうから武器庫まで来てくれ」
解散となり会議室を後にする。終始重苦しい雰囲気であったが俺は冷静でいられた。初めて生き物を殺したわけだが熊を切ったときも謎の既視感があったのだ。そしてこの既視感は止まることなく溢れてくる。それは魔物だけでなく人も……
予定通り武器庫へと俺たちは集められていた。
「武器を選ぶ際騎士団も口を出させてもらうが基本的には自分達で選んでくれ。自分の力に見合う武器を見極めろ」
武器庫をぐるぐるとしながら武器を選び始める。俺は剣士だから剣以外に選択肢はないのだが、なかなかこれといったものが見つからない。そんな時ふいにスタードに声をかけられた。
「レイ。お前に見せたいものがある。ついて来てくれ」
武器庫の外へと連れ出され案内された場所にあったのは地面突き刺さった一振りの剣。離れて居ても圧倒的な圧力を感じる。
「スタードさん、これは?」
「この城にある剣の中で最高の宝剣、"ライド・フェルド"。この剣は当時最強とされていた前任の騎士団長が手ずから作成し、使っていた剣だ」
「何故そんな剣を俺に?」
「これは今まで誰にも抜くことができなかった剣だ。しかしお前になら抜けるかもしれない」
「どうして俺なんですか?」
「お前本当の実力を隠しているだろう?佳奈を助けたときのあの動き、ステータス値だけなら俺のはるか上だろう」
あの時は佳奈を助けることに必死で実力を隠している余裕などなかったからバレてしまっても仕方ない。
「まあその事は今は気にしていない。お前なりの理由があるんだろう。だが勇者達の要は間違いなくお前だ、レイ。この剣を抜き、振れる可能性があるのなら試さない手はない」
スタードが俺の目を真剣に見つめるくる。ここまで期待されてはやらないわけにもいかない。
「わかりました、スタードさん。やってみます」
「ああ、頼んだぞ」
俺は"ライド・フェルド"の柄を握り力を入れ、ゆっくりと引き抜く。どれ程重いのだろうかと思ったが、以外にも簡単に抜けてしまった。
軽く振ってみても違和感はなくむしろこのズッシリとした感触が驚くほど手に馴染む。
「やったなレイ!」
「はい」
スタードが本気で喜んでいる。誰にも抜けなかったということはスタードにも抜けなかったのだろう。悔しさも感じているだろうがそれよりも俺が抜けたことの喜びの方が勝ったようだ。
「それよりレイ。その剣は今は顕現したままだが抜けたのなら自分の魔力に取り込めるはずだ。ずっと出しておく必要はない。鞘にいれて帯剣するより便利なこともあるはずだ」
そう言われ魔力に取り込むイメージをしてみるとこれまた何の違和感もなくできてしまった。
「できました」
「ああ。これならば闇の民にも勝てる!」
スタードが自信満々にそう言い切る。それにしてもこの剣を作った前任の騎士団長とは何者だろうか。さっきの話しぶりだとスタードより強かったのだろう。
スタードにそのことを聞こうと思った次の瞬間
「うっ!うぁぁぁぁぁぁっ!」
頭の中に何かが流れ込んで来た。
「どうしたんだ!?レイ!?」
スタードの声が聞こえるがそれに反応する余裕がない。
これは何だ?
誰かの記憶?
俺の記憶なのか?
その情報量に頭が痛む。あまりのショックに耐えきれず俺は気を失った。
ステータスの"リヒト"という名前、最初のに目にした時に驚きのあまり誰だと思ったが、今思えばこの名前にも既視感があった。いや本当は分かっていたのかもしれない。
かつての自分の名前だということに……