第一章 5話 不変を願う
「二羽レイ、今日は俺と模擬戦をしよう」
異世界へと召喚されて数日がたったある朝の訓練でザルムにそう言われた。あまりにも急だったので俺は返事を返せずにいた。
「どうした?早く来い」
声をかけられ慌ててザルムに聞き返す。
「どうしてザルムさん直々に模擬戦をしようなんて思ったんですか?」
少し考える素振りを見せてから意を決したように答え始める。
「正直に言えばお前の実力はこの剣術職の中ではずば抜けている。基本的なことはもう教えることはない。ならば実践形式で戦闘力を高めてもらおうと思ってな」
俺は後悔した。教えられたことは素直に全力で取り組んで来た。そのおかげで俺は実力を伸ばせているが他の奴との差が開いてしまった。あまり目立ちたくなかったのだがこうなっては仕方ない。
「わかりました」
「ああ。全力で来い」
ザルムが腰を落とし構える。そして全力の身体能力強化、それだけでこちらにプレッシャーを与えくる。明らかに本気だ。
適当に実力を誤魔化すつもりだったがこれは手を抜くとか言ってられないな。ザルムに習って俺も全力の身体能力強化を持って返礼させてもらおう。
「ふっ、おもしろい」
ザルムがニヤリと笑う。
一瞬の静寂から刹那、互いに剣術スキル"縮地"を使用、加速された初動により一瞬で距離を詰め鍔迫り合いになる。
「はぁっ!」
気合いの掛け声とともにザルムが身体能力強化により全身に回していた魔力を手と足に移動させ力を込める。膠着状態にあった鍔迫り合いの均衡が崩れ、剣を押し込まれそうになる。
俺はそれに対して相手の剣術を受け流す剣術スキル"流麗"を使用した。押し返すのではなく力を抜くことによりザルムの重心を前へと崩す。
転びそうなところをギリギリで踏み留まり、再びザルムが切りかかってくる。ザルムが剣撃の速度や軌道を途中で変化させる剣術スキル"無常"によって水平の切り払いの軌道を斜めへと変え真っ直ぐ首筋を狙ってくる。
俺は体勢を低くすることによってかわし、そのままザルムの足を払う。無理な体勢でこちらへ切りかかってきただけに簡単にバランスを崩した。そしてザルムの剣に向かって斬撃を放ち持っていた剣を手放させる。ザルムは尻餅をつき俺はその首筋に剣をを突きつけた。
「ありがとうございました。大丈夫ですか?ザルムさん」
ザルムへと手を差し出す。
「降参だ。まさかここまでとは思ってなかった」
俺の手をとり苦笑しながらザルムはそう言った。
「それにしても……。お前達!ぼーっとしてないで訓練に戻れ!」
周りには俺とザルムの模擬戦を見物にきた剣士組の連中や他のところから抜け出したクラスメートや騎士達の姿が見える。ザルムに怒鳴られていそいそと訓練へと戻っていった。
ただの模擬戦だったろうに何がそんなにおもろしろかったのだろうか。
「まったく……。それより完敗だな、二羽レイ」
「そんな、勝てたのはたまたまですよ」
「そんなに謙遜するな。ステータス値の違いならまだしも今のは完全に技量でも負けた。俺から教えられることはもうないな」
「それじゃあ訓練の方は……」
「そうだな……、騎士団長に見てもらえるように変えあってみよう」
予想外の言葉に思わず黙り込んでしまった。あのスタードに稽古をつけてもらえるのか。騎士団長なだけあって騎士達の中では最強、もしかしたら光の民の中でも最強かもしれないという話を聞いた。そんな人に教われると思うと少しわくわくしてきた。
「わかりました。楽しみにしておきます」
「ああ。今日はもう終わっていいぞ」
「はい、ありがとうございました」
一礼して俺は自室へと戻った。
「"楽しみにしておきます"か……」
自室へと帰るレイの後ろ姿を見ながらザルムがボソッと呟く。
(顔や戦闘スタイルだけでなく言動まであの人に瓜二つだな、あいつは)
少しだけ寂しそうな顔したザルムだったがすぐに気を引き締めて訓練へと戻った。
ページをめくる音が誰もいない図書室に響く。
最近昼食をとり終えた後、午後の訓練まで図書室で本を読むのが習慣となっていた。そのおかけでこの世界のことには詳しくなった。他に変化があったと言えば
「お疲れ様です、レイさん。今日も熱心ですね」
セレンと親しくなったことだ。偶然セレンと図書室で会ってから話が会い二人で図書室に通うようになった。
「熱心というか元々本を読むことは好きだったからな。あらかたの情報は得たし別にここに来なくてもいいんだが……セレンとここで話すのは楽しいからな」
「レイさん……」
セレンの顔が赤くなっている。恥ずかしいことを口走った自覚はある。俺も同じように赤くなってあるだろう。しかしセレンといると不思議と本当のことを言ってしまう。
日本にいた頃は夢のことばかり考えていてそれ以外のことには興味を持てなかった。
この世界に来てからはセレンに興味を引かれた。夢の中に出てきたというのもそうだが、日本にいたときからなぜか彼女を愛しく思っていた。それは話をしてみて変わるどころか強くなった。だからセレンの前では自分が自分てはなくなってしまったように感じる。
そのおかげかこの世界に来てから日常が楽しくなった。日本にいたころでは考えられなかった。
しばらくのあいだ二人の間に沈黙が流れる。その間にも終始赤面してセレンの顔を伺っていた。セレンもこちらをチラチラと見ていた。
変な空気になってしまい、話しづらくなってしまった。どうしたものかと考えていると、
「二人してなにしてんだよ」
「……」
苦笑している雄輔が話しかけてきた。その隣にはなぜかムスっとした佳奈が立っていた。
「別に何にねぇよ」
「そうか?ならもうなにも言わねえけどよ、なんつーか最近楽しそうだなお前」
「は?」
「俺もよくわかんないけど、よく笑うようになった」
日本にいた頃俺はそんなに笑わなかっただろうか。でも、
「そうかもしれないな」
「そうだろー?」
いま思えばこいつらともこんな風に会話したのも久しぶりだ。ずっと気を遣わせてしまったかもしれない。
「それでは私はこれで失礼しますね」
「あ、ああ」
もう少しセレンと話していたかったのだが仕方がない。
「またな」
そういうと、一瞬悲しそうな顔になったがすぐにいつもの笑顔になって
「はい」
セレンは図書室を出ていった。
図書室を後にしたセレンはとりつくろった笑顔を保てずに泣き出しそうな顔で廊下を歩いていた。
(いくらそっくりだからってレイさんは彼とは違うのに……それに私にそんな資格はもう……)
気分とともに足取りも思いものとなったセレンの頬には一筋の涙が流れていた。
三人だけになった図書室で雄輔が口を開く。
「お前よく喋るようにもなったよな、特にセレンさんの前だと。……惚れたのか?」
「馬鹿野郎!そんなんじゃねぇって!」
あまりにも急な問いかけに自分でもわかりやすいくらいの反応をしてしまった。すると、
「ふーん、セレンさんみたいなのがタイプなんだあ。そうなんだあ」
今まで黙りしていた佳奈がものすごいジト目でこちらをてくる。ただちに止めていただきたい。
「だからそんなんじゃねぇって。もう俺はもう戻るな」
いたたまれなくなって自室へ逃げた俺だった。
俺は雄輔言われたこと何回も思い返していた。日本にいたころよりこの世界で過ごす今の日常の方が楽しい。住めば都とはよく言ったものだが、たしかに数日をこの世界で過ごし今のの日常がもう少し続けばいいなと思う。
しかし俺達は戦争をするためにこの世界に召喚された。いつまでもこの楽しい日常が続くわけがない。
それでももう少し先のことであってくれと願う。
だが……その願いを嘲笑うかのように運命の転換はすぐにやってきた。