勇者の現実
コンコン
「どうぞ」
「失礼します」
魔王討伐の旅の途中、通信魔法により急遽王宮に呼び戻された勇者。
パーティの中で勇者だけが呼出しを受けた事に仲間達は王宮への不信を言っていたが、それを勇者が宥めて抑えやってきたのだった。
その勇者自身も事務的に無茶振りをしてくる王宮に対して好い印象は無かったので、王宮にある小会議室に入室する時は不安な気持ちでいっぱいだったが、それを表面に出す事は無かったが、中に居た顔を見てより不安が強まってしまう。
小会議室には書類を広げる宰相とその補佐官の二名が対面の席について待っていたのだ。
「どうぞ勇者殿、お掛け下さい」
「はい」
補佐官から許しを貰って席につく勇者。
今度はどんな厄介事で呼び出されたのかと思うと胃の辺りが重く嫌な感じがして仕方なかったが、現実は勇者の想像の遥か上を行っていた。
「勇者殿、単刀直入に申し上げる。勇者資格の次年度更新は無し、3月31日で契約終了となる」
「なっ!」
今日は2月28日。
王国の法律により、契約終了は最低30日前に報告する義務があり、そのギリギリの時期での宣告だった。
「ちょっと待ってください!何で勇者資格の更新が行われないんですか!」
「はい、まず第一に勇者殿には現地での物資接収権限がありますが、その頻度について散々減らす様に国から通告があったのにも関わらず、その改善が見られなかった点があがっています」
「必要があった時以外には行使していません!やらなければ、疫病の素であったダンジョンへの侵入や、魔王軍幹部を打倒する事もできなかった!」
「第二に、周辺環境への深刻な影響。勇者殿のパーティの戦闘により貴重な薬草の群生地やレアメタルの鉱山等に大きな被害が出ています」
「それもベヒーモスやアークドラゴンを相手にした時だ!俺達がどんなに気を配ったとしても、魔物は気にかけはしない!」
「第三に、勇者殿の適性値はBランクで、既に成長の限界を感じてらっしゃる頃では?Bランクで限界値まで鍛え上げたとしても、その強さは四天王辺りで頭打ち。魔王討伐はパーティの支援があっても難しいものでしょう」
「だけど、俺以上の適性者は―――」
「今迄はいませんでした。ですが、魔導士長が適性値Sランクの候補者を探し当てる事に成功しました。現在、王宮の方で訓練を行った所、現時点でも幹部クラスの魔物にも引けを取らない戦闘力です」
「なっ!?」
思わず絶句する勇者。
Sランクは理論上、下級神にも匹敵する強さを持つ事ができるという伝説上のランク。
もし実際に居るとなれば、経験を積めば魔王も容易く討伐出来る筈だった。
そんな勇者に、宰相は言い聞かせるように言う。
「分かったかね、キミの役割は終わったのだ。この一月は王宮に留まり、後任の勇者への引継ぎを行いたまえ。パーティメンバーに対してはこちらから通知するので連絡の必要はない。3月末にはキミに支払う報酬を用意する。次の仕事は、まぁキミの功績ならば特に困る事もないだろう」
そういうと宰相と補佐官は席を立ち、小会議室を後にした。
後に残されたのは、悔しそうに両手を握りしめて震える勇者。
かつて世界の命運を双肩に乗せて世界中を駆け回り、人類の為に尽力した男の、悲しい現実だった。