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家政婦は見られない

作者: ぺりめに
掲載日:2019/01/28

 わたしはホブゴブリン。妖精だ。人間ではない。

 今日はわたしの仕事について、ご紹介してみようと思う。


 さて、ゴブリンといえば、まずどんな姿を思い浮かべるであろう。

 ゴブリンとはヨーロッパの民間伝承に端を発する伝説上の生き物である。

 ただ伝承や作品により描写が異なるため、伝わり方に統一性がない。

 近代になって、テーブルトークRPGで取り上げられ、邪悪で人間と対立する人型生物として表現され、独自の言語や社会を成す種族として確立された。

 これ以降ゴブリンは、そのイメージを残し〈雑魚モンスターの代表格〉として固着化していくことになる。

 その風体は緑色の肌で、若干奇形のものもあるが基本的には小人のような、そして人相は邪悪そのもの。

 どうだろう。〈ゴブリン〉という言葉から連想するのはそんなイメージばかりではないだろうか。

 そうなのだ。

 それが世間一般的な〈ゴブリン〉像として認識されている印象だ。

 まったく嘆かわしい次第である。


 もう一度言うが、わたしはホブゴブリン。

 妖精だ。

 肌の色は紫だが、妖精なのである。

 お分かりだろうか。

 一般的なゴブリン観は多々あれど、その実は、妖精。

 決して、悪鬼畜生の類いと同一視されたくはないのである。

 ただ残念なことに、外界でこの紫肌をさらすと悲鳴をあげられることは必至なのだが。


 それもこれも、ゴブリン像が世間をひとり歩きしてしまったがためである。

 そもそもゴブリン界では、色形の区別はなかった。

 生まれたときから彼らはゴブリンで、地域によっては神聖なものと崇められ、外界の人間たちと異なる文化、営みがあった。

 身分に格差はなく、存在も普遍的なものだったのだ。

 つまり個体差はあれど、それによって余生が変化することはなかった。

 しかし訪れた緑ゴブリンフィーバー。

 外界での認知度向上が、ゴブリン界においてもその人気を、一躍スターダムへと押し上げたのだ。

 さながらアイドルのごとく取り沙汰され、緑肌は同種の中でもひとつ格上の存在へと変わっていく。

 ゴブリン界メディアでも、「モテゴブリン」と緑肌をはやし立て、あろうことか外界でも緑肌を猫かわいがりする始末。

 それ以降、肌の色が界隈の優劣を席巻するようになり、毎年末にはその年を代表する「イケ肌」をランキングされるまでに至った。

 そこでも不動の一位は緑肌。

 紫肌は万年最下位の汚名を拭えずにいる。

 やがて気が付くと我ら紫肌ゴブリンは〈ホブゴブリン〉としてゴブリンとは別種の、小間使い同然の身分へと、一足飛びに凋落してしまっていたのだった。

 紫の肌へと生まれたが最後、我々は落第者の烙印を押されてしまうようになってしまった。

 全くもって嘆かわしい。


 そんなわけでわたし、〈ホブゴブリン〉の仕事は、家事手伝い。

 特定の母家に住み着いて、人知れず家事を手伝う妖精だ。

 決してネット巡回を主業務とする自宅警備員ではない。

「うああ、急に降ってくるんだもん。お洗濯物どうしてたかしら!?」

 おや、そうこう語っているうちに、この家の主が帰ってきたようだ。

 買い物袋を台所に置いて、小走りにベランダに飛び付く家主。彼女は田沼晶子。わたしは「お母さん」と呼んでいる。

 いそいそと戸をあけてベランダを確認するお母さん。そして、気付いたようだ。

「あれ!? 洗濯物がない! あたし、出かける前に取り込んでたっけ?」

 取り込んだのはわたしだ。

 ホブゴブリンの仕事は人知れず家事を手伝うこと。

 夕立にあたってしまったのでは、せっかく乾いた洗濯物が台無しだ。カゴにまとめて洗面所へ置いてある。

 折り目正しく畳んで、タンスへ収納してもよかったのだが、そこまですると不信に思われてしまう。あくまで〈人知れず〉なのだ。「どうだったかなー」「やったかなー」くらいに思わせておくのが、ホブゴブリンの掟である。気配りや、サポート程度に留めておくのだ。

 しかし、雨が降りそうな天候にも関わらず、洗濯物も取り込まず、傘も持たずに出かけるなんて、なんと主婦力の足りないお母さんだ。

「でもカサがカバンの中に入ってて良かったァ。あまり濡れずに済んだわ」

 うむ。それはわたしがあらかじめ忍ばせておいたからだ。

「鍵をかけ忘れたかもって不安だったんだけど、ちゃんと閉まっていたし」

 思いっきり閉め忘れていたので、わたしが閉めておいた。

「お風呂もキチンと沸かしてるしっ」

 お風呂はちょっと気を利かせすぎたかもしれない。

「うん。今日のあたし、冴えてるっ」

 ハリセンで頭を叩きたいが、姿は見せられない。

 ただ最近、となりで一緒に家事をしていても全く気づかれないんじゃないかと、つくづく思う。

「いたっ」

 お母さんはよく物にぶつかる。いつもふらふらと歩いているからだろう。危なっかしくて見ていられない。ちょっと目を離すとこれだ。

 お母さんが鏡台にぶつかった拍子に、写真立てがぱたりと倒れた。

「あっ。いけない、いけない・・・。ごめんね、ユウタちゃん」

 慈しむように写真立てを直すお母さんの表情に影が落ちる。

 それもそのはず。

 そこに映っている写真。

 生きていた頃の元気な息子のことを思えば、胸が張り裂けるのだろう。

 お母さんの息子、田沼悠太は先月、交通事故でこの世を去った。ボールを追いかけて、公園から飛び出した矢先の、衝突事故。相手は大型トラックで、ドライバーは居眠り、衝突時にブレーキ痕は認められず、加害者被害者共に、悲惨な最期だったらしい。


 明くる朝。

 出勤していくお父さんを見送って、ほっと一息のお母さん。

 緑茶をじわり喉に下しながら、呑気に朝の情報番組を見ていると、外からゴミ収集車がアパートに乗り付ける音がする。

「あっ、いけない! 今日燃えるゴミの日だったわ! しまった忘れてた――、って何だお父さん、持って降りてくれたのね」

 持って降りたのはわたしだ。

「あっ、いけない! 今日は粗大ゴミも一緒の日だったわ! 古くなったコタツ捨て忘れ――、てないじゃなァい。ちゃんと玄関に置いてあったの、気付いてくれたのね」

 それもわたしだ。

 ちなみに玄関にすらまとめていなかったので、明け方に片づけたのだ。

「あっ、いけない! ユウタちゃんのお仏飯、昨日から取り替えてなかった――、ってチャンと新しくしてあるじゃなァい、あたしえらいっ」

 それは昨夜、わたしがおいしく頂いた。今朝炊けたのをよそったのもわたしだ。

「そういえば昨日は金縛りにあわなかったわ。いつの間にか良くなったのかしら」

 それはわたしではない。加えて言うとわたしのせいでもない。

「さて、と。そろそろお掃除しちゃおうか、痛っ」

 立ち上がろうとしてまた鏡台にぶつかった。

 写真立てが倒れる。

 ふと物想いに耽り、仏壇を振り返るお母さん。そして気付く。

「あら、ユウタちゃんのお仏飯がもうなくなってる…?」

 ああ、もぐもぐ――それはわたしだ。

 やはりご飯は時間が経つと、固くなってしまうのでな。

 せっかくの炊き立てだ。おいしく頂きたい。もぐもぐ。

「きっと、ユウタちゃんのホトケ様がお腹をすかせて食べにきたのね」

 それは違う。食べたのはわたしだ。ホトケ様ではない。ゴブリンと化した、田沼ユウタだ。


 ――うむ。もう一度言おう。

 わたしは、ホトケ様ではない。

 

 ゴブリンと化した、田沼ユウタだ。


 田沼ユウタは先月、居眠り運転のトラックに突っ込まれて死んだ。

 死の淵をさまよっていた田沼ユウタは、三途の川で手招きする怪しいオッサンと出会い、「少年。この世に未練はあるかい」と聞かれた。

 田沼ユウタは「もちろんだ」と応え、オッサンからの条件を飲んで天国行きを免れた。

 ――免れたのだが、その代り田沼ユウタは、ゴブリンとして転生することになってしまったのだった。

 さあいざ現世に戻ってみると、身体は紫になっているわ、ゴブリン界で肩身の狭い思いをするわ、ホブゴブリンの掟のせいで押入れに隠居することになるわで、とにかく踏んだり蹴ったり。

「もちろんだ」等とカッコつけて言わねばよかった。今さら嘆いても遅いが。

 もうお分かりだろう。

 わたしはホブゴブリン。生前の名は田沼ユウタ。仕事は家事手伝い。家主に気付かれぬよう、その身を隠しながら働く紫肌の妖精だ。

 ゴブリン転生後は不安で仕方なかったのだが、今ではこの世に戻ってこれたことをただただうれしく思う。

 ホブゴブリンとしての生活にも、随分と慣れた。浴槽の水アカを落とすことに無上の喜びを感じるようにもなった。所帯じみてきたものだ。

「そうだっ、ユウタちゃんご飯だけじゃあ味気ないわよね」

 今でこそ、朗らかに笑って仏壇に話しかけるお母さんだが、息子のいない生活には耐えられなかったようだ。

 息子が死んでひと月。夜を迎えるたびに荒んでいくお母さんを見るのは心が痛かった。わたしを追って身を投げるんじゃないかと心配した。

 しかし〈時〉は次第に人の心を癒すもので。

 無理はしているのかもしれない。取り繕っているだけかもしれない。

 きっと涙をこらえている時もある。

 それでもなんとか毎日笑って過ごそうと、心に決めた。

 そうであってほしいと、わたしは自分自身を納得させた。

 お母さんは今、笑っているのだから。

 笑いながら、わたしの仏壇にお味噌汁を供えてくれようとして――。

「痛っ」

 鏡台に足をぶつけてひっくり返っていた。手に持っていたお椀はもちろん、フライングミソスープ。

「ああっ! あたしが足を滑らせたばっかりに、ユウタちゃんの遺影がお味噌汁でびっちゃびちゃに!」

 それは頼むから、キチンとふきとってくれ。お母さん。


〈了〉



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