第17話「歴史の転換点」
第17話「歴史の転換点」
「猫人族のクーデター?狙い澄ましたようなタイミングだな」
皇帝は腕に手を組み、考え事をしている。それは何か裏があるように…黒幕がいるように感じる。
「客観的思考はいいですから指揮を取ってください!既に幹部2名が出動しています!!」
「それをさっさと言え!」
目をハッと見開き、行動に移る。
後ろからミツキに耳打ちされたが狗人族がトップに立つこの政権になってから幹部と呼ばれるあらゆる部門の独自に指示を出せる管理職を設けたようだ。
軍部の部門には3人の幹部がいるのだがその内の2人が既に緊急出動が必要と判断したということになる。
「城を攻めてきているのか?」
「いえ、教会周辺を襲撃しそこから徐々に被害を広げているようです」
「…教皇派か」
重々しく呟いたその単語を聞き俺はあのジュリエットが動いたと瞬時に理解した。
「教会周辺の派兵施設からの情報は?」
「5キロの範囲で全ての施設にいる兵士が交戦をしていますが魔法を使われ芳しくないようです」
「なら10キロレベルで動く。王城の兵士も100名ほど連れていく」
「は!」
そう言って急ぎで廊下へ駆けてくる皇帝に目を向けると皇帝様はこちらを睨んで一言。
「まだ居たのか、今はこの国の在り方が問われる一大事だ。あの話は無かったことn」
「手伝ってやるよ」
「…猫の手も借りたい所だがこれはこの国の問題、部外者がしゃしゃり出てくる場ではn」
「純族に変な誤解はまだないんだろ?なら今合同戦線を引いて抑えれば俺に価値が生まれる。次にミツキから情報があるそうだ」
ニヤニヤ笑う俺を首を折ってやろうかと言わんばかりの目で睨むがミツキの方を見てその報告を急がせようとする。
「では、兄アサヒから『南方向から大軍が近寄っている。姿容姿を見るに翼人族と推測する』とのことです」
国内では猫人族が、国外からは翼人族が、まさに国と言うものが今消え失せるかの瀬戸際。連邦の主軸と推定されるエルフの息がかかっている猫人族も連邦の同志である翼人族もこの国を奪わんと攻めてきている。今ここを取られたら同盟国に多大なる被害が生じる。
「…軍部が手に入れていない情報を信じろと?」
「前に会ったが隠伏魔法?ってのを使えるエルフの爺さんがいたんだ。国の内部は無理でも国境近くぐらいなら探知を切り抜けるぐらい出来るだろうよ」
「…わかった。なら戦線を敷こう、我が国の戦力2/3はまだ動かせれるが?」
「ならそれを国内に使え俺らも国内を対処する」
「?…なら翼人族は?」
訳がわからないと言う顔でこちらを見返してくる皇帝をニヤニヤ顔で返答する。
「分かりきってんだろ?アサヒが報告したんだ。アサヒが対応するに決まってんだろ」
ーーー
そこは風が心地よく吹く断崖絶壁。過去に起きた『第一次人族統一戦争』の名残だと説明されているその崖は長い年月をかけ更に深くなっていた。
ヴェローナ帝国がある崖上の地盤はとても強固なものでそうそう揺るぐことがないが崖下はとても弱い。原因としては近くに川がありそれが下へ落ちていったことによる液状化現象に酷似した地面状況だからである。
推定5000メートルもあるその高低差。上部に流れていた川が滝となるがそれは高低差のせいで四散し霧のように降り注ぐ。ここはヴェローナ帝国とブメール公国の国境『アレーム渓谷』
「さて、なんであんたがまた俺たちの侵攻を邪魔するんだ?」
「同盟国を守るのは当然でしょう?」
アレーム渓谷推定2500メートル付近での空中。そこでブメール方向からやってきた総勢10000名にも至る大軍とヴェローナ方向からやってきた1人の若者は互いに接敵する。
「…あんたには苦い思い出しか出ねーんだ、さっさと倒して任務をこなさなきゃなんねーし」
「僕も逃げない事情があるので応対させてもらいます」
「はぁ、なんでこうも最強の一角との戦闘が多いんだか…」
その士気の差はまさしく雲と泥、雲掛かるヴェローナと泥しかないブメール。
今ここに戦闘が開始する。
ーーー
「軍部からの報告が来た。今現在での正確な情報はアレーム渓谷での戦闘としかわからないがこれで国内に専念できる」
「そうは言うが実際のところ教皇派を抑えるのも難しいんだろ?」
すでに城から離れ教会を目指す俺らは移動しながら情報交換を始めていた。
「幹部2名が東と西の両面から指揮をして戦闘範囲が広がることを食い止めているが決定打がないのが実際だ。敵は負傷者が出ると教会に連れて帰りまた戦線へ復帰するゾンビみたいな戦法を使うようだしな」
「それは教会での回復とかか?」
なにそれ、どこぞのゲームでの復活の呪文かよ。と心躍らせたが事実は。
「魔法を多用しているようだ。ここ2、3年の教会の活動を監視していた者からの報告によるとエルフの回復魔法に近い物を扱える者が1000名。教皇本人は回復できる領域を作り出せるともあった」
「エルフからの後知恵か?」
「恐らくな。だからこそ今ここにいる者たちで本陣の教会を抑えなければならない」
どうやら全兵力を投入できることを知った最後の幹部が国防の範囲をさらに狭め兵士を派遣させたそうだ。これにより東西と南北の四方から教会を囲むように戦域を狭めることに成功。
そして現在、戦力を投下する事ができたため徐々に教会へと戦闘範囲を詰め寄っているとの報告があった。
「んでぶっちゃけ、教皇に対する処遇はどうする気だ?」
ふと思った疑問をぶつけると皇帝は険しい顔をし悩み始めた。
「政変があってから狗人族はもちろんのことだが少数の猫人族も俺に付いてきてくれた…だからこそ今断罪し処刑してしまっては反感が募りまた同じことになる…」
「皇帝様としては教皇を処刑したくないと」
「そう言うことになる」
「なら簡単じゃないか」
俺の頭の中ではすでにこの戦いの結末を描き切ったが皇帝は終えれてないような顔でこちらを見る。
「明らかに今回のタイミングはおかしい。それプラス何処かからの介入があったことを証明できれば教皇は騙されたことにできる」
「しかし今交戦している猫人族達は納得しないだろう?」
「なら反旗を起こした原因を知り再発に努めるしかない。政治に対する不満からか部族への格差に対する不満かはわからないがそこをはっきりさせれば団結できるはず」
チラッとこちらを見る皇帝は呟くように俺に言った。
「…ただの交戦バカではないようだな」
「な訳あるか」
帝国に入ってからこの場所に足を運ぶのは2度目になる。1度目は来訪であったが今回は戦闘を目的として。
ミツキに引っ張られやってきた時には無かった建物の傷痕がある。砲弾のような物を打たれて一部の壁は崩壊しているが形を崩すほどには至らなかったようだ。
「ところで皇帝様よ。今の今まで聞いてなかったがあんたの名前は?」
「それは同感だ。純族と呼んでいたが同じ戦友なら名で呼ばなければな」
俺と皇帝が正面に立ちその後ろにはミツキや城を守る近衛兵100名が並ぶ。
そんな俺らの到着を知ってか不自然にドアが開き始めこちらを誘う。
「俺の名前はツカサだ。呼び捨てでどうぞ?皇帝様」
「ツカサか、この世界では竜人の方ではありそうな名前だな。俺はベンヴォーリオだ。そのままでもいいしベンでもいい」
…ロレンスのおっさんが言ってたのはこのことか?こいつはロミオではなくてその嫡男のベンヴォーリオか。なら本人は何処に?
そんな疑問が踊る思考の中で確かに見た。ドアの奥に佇んでいる女性を。その姿は丸く大きなステンドガラスによる後光で照らされ、それはそれは美しい。
「ようこそ、我が国の皇帝様。私はグレッタ教の聖リエッタ教会を任されているジュリエットと申します。以後お見知り置きを」
杖を両手で突き微笑む女性は照らされ見え易いがその奥は暗くてはっきりと見えなかったが何かが動いたように見えた。
そんな彼女に苦汁を飲まされたような顔で返答するベンヴォーリオ。
「知っていますともジュリエット教皇様。その名を知らないのはこの国に生まれなかったかまだ育っていなかった者達のみです」
ドアを潜り、教会の床を踏みなお近寄ってくるこちらを止めないジュリエット。いや逆に招き入れられた?
「そうですか。ではその皇帝様がこんな陳腐な場所に来てなんのご用件でしょう。私は今、多忙なのですが」
「あなたが今行なっていることを止めに来たんですよ。何故このタイミングでましてや連邦と共に行動しているのですか!反逆罪ですよ!?」
そんな大声を上げる皇帝を嘲笑うかのように教皇は口に出す。
「全ては彼のため。私が今日まで生きてきたのはこの時のためです」
吹き抜けになっているこの場からは見えないが二階でまたも動く何かを感知する。
「それは誰ですか?まさか!?あの日死んだ…」
「えぇ、ロメオを生き返らすためだけです」
1組の若いカップルがもたらした国を揺るがす大事件。その結果は喜劇となるか悲劇となるか。