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時かける少女  作者: 大橋むつお
55/90

55・正念寺の光奈子・5 クララはクララ

時かける少女・55 

『正念寺の光奈子・5 クララはクララ』         


 



 クララ、シャルロッテを追いかけ回す。やがて捕まえると、シャルロッテに馬乗りになり、服を脱がせようとする。


シャルロッテ: や、やめてください。

 ……お嬢様は、お嬢様は、シャルロッテでもなく。ハイジ様でもなく。お嬢様なんですから。

 クララ・ゼーゼマンでいらっしゃるんですから……クララ……。

クララ: わたしは、わたし……クララ・ゼーゼマン……。

シャルロッテ: はい、クララ……で、いらっしゃいます。

 なにもコスチュームなんかでごまかすことなんかありません!

クララ: そう、そうよね……クララはクララのままで……。

シャルロッテ: はい、さようでございます。お嬢様はお嬢様であるままで……。

クララ: ありがとうシャルちゃん、シャルロッテ! そうなんだ、簡単なことだったんだ。

 わたしはわたしのまんまで……ありがとう、このまんまで、あるがままのクララでいくわね!



 光奈子は、ここに主題が凝縮されているように思った。


 歩けるようになったクララは、今度は普通の女の子として、ハイジと対峙(韻を踏んでる!)することになる。


 今までは歩けない可哀そうなクララという殻に籠ることで、特別な存在でいられた。でも、これからは違う。歩けるクララはふつうの女の子になった。いや、地味で引っ込み思案で、影の薄い女の子に。

 天性の明るさと、ピュアな心を持ったハイジの前では、お日様と月ほどに違う。どうしてもくすんでしまう。だから、クララが自分が自分であることに自信を持ち、引きこもりのクララから、一皮剥ける、このシーンが重要だと考えた。


 これは、他の演劇部員にも言えることであった。


「あたしは演劇部。だから、他の子達のようにキャピキャピ群れなくてもいいんだ」


 そう正当化して、演劇部という小さな輪の中に閉じこもってしまう。キャスト、特にクララ役のみどりは、これを自分自身で乗り越えておく必要があった。



 その日も、碧は、中庭で一人台本を読みながらお弁当を食べていた。



「あれじゃねえ……」


 光奈子は、三階の窓から中庭を見て、ため息をついた。


「きちんとは出来ても、自分の殻を破った明るさは出てこないでしょうね」


 いつのまにかアミダさんが網田美保のなりで、横に並んでいた。


「アミダさん、似合いますね、女子高生のなりも」

「仏というのは、性別ないからね、なんにでもなれちゃう」

「……でも、そこまでカワイクなる必要あります?」

「嫉妬はいけません。自分を磨くことに専念しましょう」

「そういう意味じゃ……」

「あります。ミナコにも、いずれ試練にあってもらいます」

「し、試験。それ苦手!」

「バカね、シレンよ、自分を乗り越えるための。ま、とりあえず、碧ちゃんを、なんとかしましょう」


 そう言って、アミダさんは行ってしまった。


「やあ、碧ちゃん。がんばってんじゃない」

「あ、網田さん」

「なんかエンジン全開ね」

「うん。テンポがいいから、台詞も早く入りそう」

「いつも、お弁当は一人?」

「え……?」

 

 碧自身、あまり意識をしたことがないので、このアミダさんの問いかけには戸惑った。


 自分たちは、演劇部という特別な芸術集団の一員で、世間が言う「可愛さ」「賢さ」から無縁であると思っている。逆にいうと、そこに目をつぶるために演劇部を口実にしているとも言えた。


「ちょっと、これを見てくれる」


 アミダさんは、そっとスマホを出した。


「あ、電源入ってないけど」

「いいから見て」


 すると、スマホの黒い画面がどんどん大きくなっていき、とうとう碧の体全体を覆うようになった。


 真っ暗な舞台……いや、舞台のソデに碧は身を潜めている。


「ここ、どこ……」


 シュバ!


 急にスポットライトが当てられ、何千人という人の視線が集まってくる。


「それでは、サプライズゲストの登場。選抜総選挙第一位西崎茜のお母さん、西崎碧さんです!」


 ADのオニイサンが、センターへ促した。


 舞台のセンターには、涙で顔をクシャクシャにした、自分にそっくりな女の子が、三本のピンスポを当てられて立っている。


「お母さん、ありがとうお母さん!」


 茜が抱きついてきた。茜は小鳥のように震えていた。そして、伝わってきた。


――思い切りぶつかって行った。ほんの一欠片の根拠もない自信を胸に。そして掛けた自信が実を結んだ――


「あんなに人見知りで、気後ればかりしていた茜がね。おめでとう茜、そして茜に投票してくださったファンのみなさん。ありがとうございました!」

「お母さんのお陰。お母さんがいたからがんばれたの!」


――茜ちゃんのお母さんは、高校演劇で、その力を培い、役者一筋二十余年。ここまでやってきました。母の背中は大きかった、その大きな背中をジャンプ台にして、西崎茜。とうとう頂点を極めました!――


 総合司会の言葉と共に、喜びに抱き合う母子の姿が巨大モニターに映し出された。


――あたしって、こんなに輝いてるんだ、そして娘の茜も――


 そして、ここまでやってきた苦労や、努力、仲間の支えなどが、走馬燈のように頭をよぎった。


「今の……?」

「なにか見えた?」

「うん、仲間の支えっていうのが一番残った……あたしの娘が輝いていた」

「そう、そのためには碧ちゃんが輝かなきゃ。もっと心を開いて……」


 そこに、クラスメイトたちが駆け寄ってきた。


「すごい、碧、主役じゃんか!」

「なんか、上で見ててもオーラ感じちゃって、降りて来ちゃった!」


 碧が照れ笑いして、次には、どこにでもある女子高生の仲良し組の中に、自然に溶け込んでいた。


「まあ、これで、ゆっくり確実に碧ちゃんは変わっていくでしょ」


 いつのまにか、光奈子の横に戻ってきたアミダさんが頬杖ついてニッコリした。



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