55・正念寺の光奈子・5 クララはクララ
時かける少女・55
『正念寺の光奈子・5 クララはクララ』
クララ、シャルロッテを追いかけ回す。やがて捕まえると、シャルロッテに馬乗りになり、服を脱がせようとする。
シャルロッテ: や、やめてください。
……お嬢様は、お嬢様は、シャルロッテでもなく。ハイジ様でもなく。お嬢様なんですから。
クララ・ゼーゼマンでいらっしゃるんですから……クララ……。
クララ: わたしは、わたし……クララ・ゼーゼマン……。
シャルロッテ: はい、クララ……で、いらっしゃいます。
なにもコスチュームなんかでごまかすことなんかありません!
クララ: そう、そうよね……クララはクララのままで……。
シャルロッテ: はい、さようでございます。お嬢様はお嬢様であるままで……。
クララ: ありがとうシャルちゃん、シャルロッテ! そうなんだ、簡単なことだったんだ。
わたしはわたしのまんまで……ありがとう、このまんまで、あるがままのクララでいくわね!
光奈子は、ここに主題が凝縮されているように思った。
歩けるようになったクララは、今度は普通の女の子として、ハイジと対峙(韻を踏んでる!)することになる。
今までは歩けない可哀そうなクララという殻に籠ることで、特別な存在でいられた。でも、これからは違う。歩けるクララはふつうの女の子になった。いや、地味で引っ込み思案で、影の薄い女の子に。
天性の明るさと、ピュアな心を持ったハイジの前では、お日様と月ほどに違う。どうしてもくすんでしまう。だから、クララが自分が自分であることに自信を持ち、引きこもりのクララから、一皮剥ける、このシーンが重要だと考えた。
これは、他の演劇部員にも言えることであった。
「あたしは演劇部。だから、他の子達のようにキャピキャピ群れなくてもいいんだ」
そう正当化して、演劇部という小さな輪の中に閉じこもってしまう。キャスト、特にクララ役の碧は、これを自分自身で乗り越えておく必要があった。
その日も、碧は、中庭で一人台本を読みながらお弁当を食べていた。
「あれじゃねえ……」
光奈子は、三階の窓から中庭を見て、ため息をついた。
「きちんとは出来ても、自分の殻を破った明るさは出てこないでしょうね」
いつのまにかアミダさんが網田美保のなりで、横に並んでいた。
「アミダさん、似合いますね、女子高生のなりも」
「仏というのは、性別ないからね、なんにでもなれちゃう」
「……でも、そこまでカワイクなる必要あります?」
「嫉妬はいけません。自分を磨くことに専念しましょう」
「そういう意味じゃ……」
「あります。ミナコにも、いずれ試練にあってもらいます」
「し、試験。それ苦手!」
「バカね、シレンよ、自分を乗り越えるための。ま、とりあえず、碧ちゃんを、なんとかしましょう」
そう言って、アミダさんは行ってしまった。
「やあ、碧ちゃん。がんばってんじゃない」
「あ、網田さん」
「なんかエンジン全開ね」
「うん。テンポがいいから、台詞も早く入りそう」
「いつも、お弁当は一人?」
「え……?」
碧自身、あまり意識をしたことがないので、このアミダさんの問いかけには戸惑った。
自分たちは、演劇部という特別な芸術集団の一員で、世間が言う「可愛さ」「賢さ」から無縁であると思っている。逆にいうと、そこに目をつぶるために演劇部を口実にしているとも言えた。
「ちょっと、これを見てくれる」
アミダさんは、そっとスマホを出した。
「あ、電源入ってないけど」
「いいから見て」
すると、スマホの黒い画面がどんどん大きくなっていき、とうとう碧の体全体を覆うようになった。
真っ暗な舞台……いや、舞台のソデに碧は身を潜めている。
「ここ、どこ……」
シュバ!
急にスポットライトが当てられ、何千人という人の視線が集まってくる。
「それでは、サプライズゲストの登場。選抜総選挙第一位西崎茜のお母さん、西崎碧さんです!」
ADのオニイサンが、センターへ促した。
舞台のセンターには、涙で顔をクシャクシャにした、自分にそっくりな女の子が、三本のピンスポを当てられて立っている。
「お母さん、ありがとうお母さん!」
茜が抱きついてきた。茜は小鳥のように震えていた。そして、伝わってきた。
――思い切りぶつかって行った。ほんの一欠片の根拠もない自信を胸に。そして掛けた自信が実を結んだ――
「あんなに人見知りで、気後ればかりしていた茜がね。おめでとう茜、そして茜に投票してくださったファンのみなさん。ありがとうございました!」
「お母さんのお陰。お母さんがいたからがんばれたの!」
――茜ちゃんのお母さんは、高校演劇で、その力を培い、役者一筋二十余年。ここまでやってきました。母の背中は大きかった、その大きな背中をジャンプ台にして、西崎茜。とうとう頂点を極めました!――
総合司会の言葉と共に、喜びに抱き合う母子の姿が巨大モニターに映し出された。
――あたしって、こんなに輝いてるんだ、そして娘の茜も――
そして、ここまでやってきた苦労や、努力、仲間の支えなどが、走馬燈のように頭をよぎった。
「今の……?」
「なにか見えた?」
「うん、仲間の支えっていうのが一番残った……あたしの娘が輝いていた」
「そう、そのためには碧ちゃんが輝かなきゃ。もっと心を開いて……」
そこに、クラスメイトたちが駆け寄ってきた。
「すごい、碧、主役じゃんか!」
「なんか、上で見ててもオーラ感じちゃって、降りて来ちゃった!」
碧が照れ笑いして、次には、どこにでもある女子高生の仲良し組の中に、自然に溶け込んでいた。
「まあ、これで、ゆっくり確実に碧ちゃんは変わっていくでしょ」
いつのまにか、光奈子の横に戻ってきたアミダさんが頬杖ついてニッコリした。




