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時かける少女  作者: 大橋むつお
35/90

35・女子高生怪盗ミナコ・1

時かける少女・35 

『女子高生怪盗ミナコ・1』       


 昭和二十年四月、前月の大空襲で肺を痛めた湊子みなこは、密かに心に想う山野中尉が、沖縄特攻で戦死するまでは生きていようと心に決めた。そして瀕死の枕許にやってきた死神をハメてしまった。死と時間の論理をすり替えて、その三時間後に迫った死を免れたのだ。しかし、そのために時空は乱れ湊子の時間軸は崩壊して、時のさまよい人。時かける少女になってしまった……今度は令和3年のA刑務所から始まった。



 鈍色の空から名残の雪が舞い落ちる……A刑務所の第二通用口がひっそりと開いた。


 ギイイイ


「ども、お世話になりますだ……」


「もう、二度と戻ってくんでねぞ」


 送る方も送られる方も訛りの抜けぬ短い言葉を交わし、肩の雪ひとひらが溶けるほどの間があって、出所専用の小さな鉄の扉は閉められた。


「クション……」


 塀の内側でクセになった小さなクシャミ一つして、藤三は背中を丸くして一礼、その丸まった背中のまま刑務所の塀沿いをホタホタと歩きだした。


 しばらく行くと、チャンチャンコに毛糸の帽子を被った婆さんが待っているのに出会った。


「お務めご苦労様でやんした」


「加代、待ってくれだったな……」


「なあんも、こやっで、お迎えすっしが、おらでぎねぐで。堪忍しでけだんしょ」


「なあんも、こんたにしばれる朝によ、迎えにけだっただげでも、おら果報もんだでや……」


「しばれっで、おどっさ、車さ乗ってけんに」



 婆さんは、刑務所から少し離れたところにポンコツの軽自動車を置いていた。



「しまねえ……」


「なあんも、なあんも……」



 ブルン


 軽自動車は、身震い一つして繁くなりはじめた雪の中を走り出した。

 


「ウヒョヒョ、藤じいちゃん、もういいよ(^▽^)/」


 婆さんが若やいだ声で無人の後部座席に声を掛け、ハンドルを右に切って林の中に入った。


 後部座席に、もう一人の藤三がムックリ起きあがった。


「ケンさん、すまねえ、オラのために一年六月ろくげつもよ、この通りだ」


「だめじゃないか、藤三さん。体に障るぜ」


「せめて、迎えぐれえしねど、オラ顔がねえ」


「いや、こちらも貴重なネタをいろいろ仕入れさせてもらいやした。どうぞ、お顔お上げくださいやし」


「爺ちゃん、美代子ちゃんだよ」




 藤三の孫娘の美代子がホンダN360Zで迎えに来ていた。ドアを開けると美代子は白い息を吐きながら、ボロの軽に駆け寄ってきた。


「あ……どっちが、うちのお爺ちゃんだべ?」


「あ、すまねえ。オレが謙三って弟分。後ろが本物」


 そう言って謙三は変装をとった。藤三より、幾分若く、かなり元気なジジイが現れた。


「ほんとにお世話になってまって、ありがとうございました」


「さあ、藤三さん。これで義理は済んだ。家にけえって、養生しておくんない。その顔色じゃ、まだ現役復帰ってわけにはいかねえんでしょ」


「病院のベッドには、弟が代わりに寝てるから、早く戻ってやらないと」


「じゃ、謙の字、また、いっしょに仕事ができるの、楽しみにしてっがらな!」


「じゃ、お婆ちゃんも、あんがとさんでした」


「なんも、なんも、藤三さん、お大事にね」


 祖父と孫娘は、何度も頭を下げながら、自分たちの車に向かった。車の中でも、幾度も頭を下げ、やっとホンダN360Zは、県道の彼方に消えていった。


「さ、行こうか、あたしたちも」


 婆さんの変装を取ったミナコは、あっと言う間に若い姿に戻り、髪をヒッツメにするとアクセルを踏んだ。


「まだまだだなあ、ミナコは……」


「どうしてさ、美代子ちゃんだって、完ぺきに騙せたよ」


「歩く姿が、もう一つだ」


「どこがよお、ちゃんと腰も落としてたし、歩幅だって七十歳の平均守って、歩いてたんだよ。少しは孫娘の進歩認めてもいいんじゃないの!?」


「足跡に力が残ってる。年寄りはもっとフワって歩くもんだ。あれじゃ、桜田門の伝兵衛あたりにゃ見破られっちまう。まだまだ未熟だな」


「はいはい、努力して、半年もしたら、その桜田門の伝兵衛さんの警察手帳かましてみせますよ!」


「おっと、年寄り載っけてんだから、もっと安全運転してくれよ」


「へいへい、未熟なもんで……あれ、買い言葉なし?」


「いや、藤三兄いのこと思っちまってよ」


「また、コンビくむんでしょ?」


「……あの体じゃ、無理だろうなあ……一年六月身代わりやったが、これでよかったのかなあ……」


「ケ、爺ちゃんらしくもない。見込み違い?」


「バカ言え。藤三兄いにゃ、盗みのイロハから習ったんだ。たとえ本業にもどれなくたって、身代わりにお務めするのが弟分の義理ってもんだ」


「そのわりにゃ、よく塀乗り越えてたみたいだけど。こないだ、中国大使館に入ったの爺ちゃんでしょ?」


「さあな。仕事の中身は孫にも言えねえよ」


「この稼業は厳しいからねえ」


 ガックン


 ミナコは急ブレーキをかけた。


「おい、なんだよ?」


「あたし、これでも女子高生なの。ここから電車に乗るから、爺ちゃん、あとは自分で運転してね」


 ミナコは、マジックのように制服に着替えた。


「ミナコ、胸大きくなったな」


「え、見えた!?」


「雷門の謙三、舐めちゃいけねえ。で、ここから駅までの的は」


「内緒。じゃ、行ってきま~す♪」


 ミナコは、ルンルンで駅に向かう高校生の群れの中に溶け込んでいった。


「ハハ、的は、あのニイチャンか……」


 徐行で進んだ謙三は、軽くクラクションを鳴らした。


 高校生たちが振り返った瞬間、藤三はミナコと並んで歩いている男子高校生の顔をチラと見て、眼鏡形のカメラでバッチリ写真を撮った……。



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