3・時空の狭間
時かける少女・3
『時空の狭間』
昭和二十年四月、前月の大空襲で肺を痛めた湊子は、密かに心に想う山野中尉が、沖縄特攻で戦死するまでは生きていようと心に決めた。そして瀕死の枕許にやってきた死神をハメる。死と時間の論理をすり替えて、その三時間後に迫った死を免れたのだ。しかし、そのために時空は乱れ湊子の時間軸は崩壊して、時のさまよい人。時かける少女になってしまった……!
湊子は駆けていた。数字で出来た道が、後ろの方からどんどん崩れていく……!
訳は分からないけど、あの数字の崩壊に追いつかれたら、何もかもが終わって、自分がゼロになってしまいそうな恐怖感で、ひたすら走っていた。
服装は、いつのまにか、病着ではなく女学校のセーラー服になっていた。それも、勤労動員のときのモンペではなく、スカートだった。自分が一番自分らしい姿であることに瞬間安心した。そして、自分の服装から前に目をやると、数字の道はゆっくりと捻れて上下が逆さまになった。
「メヴィウスの輪だ!」
同じところをぐるぐる回って、それが輪になって、一点で捻れ、上下のない循環世界。
それにしては、前の道は整然と数字が並んでいる。でも後ろの道は、どんどん崩れて、その崩壊は止まらない。
「飛べ!」
一瞬そんな声がして、湊子はジャンプした。
空中に大きな時計が横たわっていた。あそこに掴まらなくっちゃ……あと少し、あと少し……すると、時計の上から白い手が伸びてきて湊子の手を掴んだ。思いのほか強い力で引き上げられると。十二時のあたりに湊子が居た。
「か、鏡?」
「よくご覧なさい。あなたのいるのは六時の位置、わたしは十二時。鏡なんかじゃないわ」
「あ、あなたは……?」
「時間の管理人」
「管理人?」
「そう、あなたが傷つけた時間のね」
「わたしが傷つけた?」
「そうよ、死神相手に、死と時間の論理をすり替えた。だからあなたの時間は崩壊しているの」
「……どうして、わたしと同じ姿形なの?」
「今のあなたには、自分しかないからよ……分かってないようね」
「分からない、わたしは、ただ、あの人よりも早く死ぬわけにはいかなくって」
「あの人って……だれ?」
「え……えと……」
湊子は、その人の姿も名前も思い出せなかった。
「思い出せないでしょ。あなたの時間は崩壊しているんだから」
「分かるように説明して!」
「例えば、レコードに傷を付けたようなもの。レコードの針は、そこに来ると跳んでしまい、何度も同じところを再生する」
「壊れたレコード……」
「実際は、もっとややこしい。時間というレコードに傷を付けたら、針はとんでもないところに跳んでしまう。共通しているのは、十七歳という年齢とミナコという名前だけ……時空はまちまち、パラレルワールド」
「パラレルワールド?」
「並行世界。あなたの世界とほとんどいっしょだけど、どこかが違う。それが無数にある。あなたが壊した世界は、その時代にも影響を与えているかも。あなたは時かける少女。立ち止まったら、パラレルワールドをいくつも壊すことになるわよ。さあ、お行きなさい。万一、この時空世界が修復できるようなら、また会いましょう……さよならミナコ、さよなら、わたし……」
急に後ろ手ついた右手の手応えが無くなった。
「ワッ!」
見ると、時計は六時のあたりから消え始めている。管理人の姿は、もう無かった。時計はやがて七時……八時……九時と消えていった。ミナコは後ずさって逃げたが、やがて十二時間分回って、時計は消えてしまい、再び崩壊する数字の道に落とされた。
「わ、わ……もうダメだあああああああああああああ!!!」
ミナコは、崩れる数字といっしょに、奈落の底に落ちていった……。
「美奈子、いつまで、昼寝してるの。もう、そろそろ出かけるわよ」
美奈子は、どこからか落ちてきたようなショックで目が覚めた。なんだか夢を見ていたようだ。なんだか、とても大事な夢のような気がして、枕許の雑誌の裏にメモをした。
――ミナコ、ヤマノチュウイ――
「ハハ、バカだな、自分の名前じゃん」
そう、独り言言って寝返りをうったら、日めくりが目に付いた。
1985年(昭和60年)8月12日(月)とあった……。




