26・プリンセス ミナコ・8
時かける少女・26
『プリンセス ミナコ・8』
昭和二十年四月、前月の大空襲で肺を痛めた湊子は、密かに心に想う山野中尉が、沖縄特攻で戦死するまでは生きていようと心に決めた。そして瀕死の枕許にやってきた死神をハメた。死と時間の論理をすり替えて、その三時間後に迫った死を免れたのだ。しかし、そのために時空は乱れ湊子の時間軸は崩壊して、時のさまよい人。時かける少女になっ。てしまった……今度は2013年の大阪から始まった。なんとミナコはプリンセスに!
王室専用ジェット機に浮かれていたのは、ほんの30分ほどだった。
領事館から空港に行くまでも大変だった。行く先々で、ニュースで知ったミーハーの人たちでいっぱい。ほんの昨日まで、ハーフという以外は普通の女子高生(それもパッとしない府立高校)だったミナコは、一夜で『時の人』になってしまった。
「にこやかに手を振って……パーじゃなくて、手の甲を見せて優雅にね。真奈美ちゃん、窓ガラスに顔をくっつけないの。あなたは妹なんだから、お姉さんより目立っちゃダメ……」
リムジンの中では、お祖母様から指導的注意の受けっぱなし。運転席にはダニエルとシュワちゃんみたいなダークスーツ。その前列のシートともガラスで仕切られている。前後には、白バイと覆面パトがワンセットずつ。ミナコは王女候補というよりは、国外追放される世界的な犯罪者のように思えてきた。
関空のエプロンに、直接リムジンで入っていったのにも驚いた。
「この方が、一般の利用者の人たちに迷惑を掛けないですむの」
「なんだか、まるで拉致されてくみたい」
「うん、その言葉は使い方によってはウィットになります。ただし、日本国内で、その言葉はいけません」
「ええ、どうして……ですか?」
すっかり東京弁になって、真奈美が聞いた。
「その言葉で傷ついている人がたくさんいるからよ。真奈美ちゃん」
「ああ、北朝鮮の!?」
「そういう、直裁な物言いもいけません。ミナコも気をつけてね。これ、足を組んじゃいけません」
「だって、車の中だよ?」
「上半身で分かってしまうの、それから車から降りるときは腰を回転して両足を揃える。スカートの裾を乱してはいけません。あとはわたくしの後に付いて、わたくしが握手した人には同じように握手。それから……」
と、そこでリムジンはやっと飛行機の前に着いた。あやうくお祖母様と生活指導の長瀬のオバハンとの区別がつかなくなるところだった。
飛行機に乗って、シートでおすまししていると、お祖母様が、やにわに帽子を投げ出し、ヒールも脱いで、リクライニングを最大に倒してひっくり返ったのにはびっくりした。
「あ、あの、お祖母様……」
「飛行機に乗ったらプライベート。くつろがなきゃもちません。わたくしは、これからベッドルームで仮眠をとります。あと三つベッドルームがあるから、あなた方も眠っておきなさい。服は脱いで、シワにならないようにね。水平飛行になるまでは、シートで我慢して」
それから、睡眠導入剤をもらって、母子三人は、眠りについた。よくできた薬で、6時間ちょうどで目が覚めた。
それから、ゆっくりさせてもらえるのかと思ったら、テーブルマナーの練習を兼ねて軽い食事。そのあと、再びレクチャー。7日間の予定と、向こうの主だった人の名前と顔を覚えさせられた。これが90分。英語とフランス語のスピーチを5分ずつ二本二時間かけて覚えさせられた。
「ミナコ、えらいわね、ここまで覚えられるとは思わなかったわ」
女王が誉めてくださった。
「あ、わたし、俳優志望なんで、なんだか、お芝居の基礎練習みたいな感じで割に楽しいんです」
「まあ、そうだったの。人には内緒だったのね、わたくしの資料にはありません」
この時、女王がニンマリしたのをミナコは気づかなかった。
「じゃあ、到着の30分前までは自由にしてちょうだい。妹さんも退屈しているようだから」
「ありがとう、お祖母様。もうミナコ公国には入ったのかしら?」
「今はイタリアの上空、そっちの窓からアルプスが見えるわよ」
「うわー、あれがアルプス!? ハイジはどのへんにいてんねんやろ?」
仮眠をとった真奈美は、再び大阪少女に戻っていた。
アルプスは美しかったが、険しそうでもあった。
まるでこれからの一週間を暗示するように……。




