20・プリンセス ミナコ・2
時かける少女・20
『プリンセス ミナコ・2』
あまりに素敵なバリトンで流ちょうな日本語だったので、ろくに確認もしないでドアを開けてしまった。
「こんばんは。大谷奈美子さん」
うっかり出てしまった母は、しばらく言葉がなかった。
「……少し老けたかしら、ダニエル?」
このダニエル・クレイグ似のオッサンは、ほんとうにダニエルというらしい。
「あいかわらず、率直でいらっしゃる。奈美子さんは、とても十六年の歳月を感じさせない」
「で、十六年ぶりのご用はなにかしら?」
「実は……」
多少のやりとりがあって、ダニエルは黒塗りのハーレーに、ミナコ親子は「わ」印のボックスカー・エリシオンに乗って堺筋を南に向かった。
MS銀行が見えて、南森町であることが知れた。堺筋を一本西へ入ったところで、エリシオンを降り、志忠屋という小さなイタメシ屋のような店に入った。
「よう、タキさん。たのむよ」
「やることが早いなあ……ではと……」
タキさんという怪しげなマスターが、店の看板を「貸し切り」に変えた。
「お食事は?」
ダニエルが優しく聞いた。
「済ませて……」
母の言葉を真奈美がさえぎる。
「まだ別腹があるさかい、いただきます!」
ミナコは、夕食がまだだったので、異議は無かった。
牛と真鯛のカルパッチョ。それにカルボナーラと、若者向きの海山のパスタが、それぞれ特盛りで出てきた。
母は、少しのチーズとワインを口に含んだだけだ。あきらかにダニエルを警戒している。
「真奈美ちゃんは、ほんとにAKBの……ナンタラさんに似てるね。こないだのソックリショ-は惜しいことしたね」
「えへ、まあ、ええんです。賞金は残念でしたけど」
「ミナコさんは、ますます……似てきましたね」
母の奈美子は、厳しい目でダニエルを見た。ダニエルは臆することなく続けた。
「先月で……丸三年がたちました」
「でも、ジョルジュは……」
「これは、我が国の法律で、身分には関係ありません」
「でも、ミナコは、まだ十七歳です」
「ですから、事前に私が話しにきたのです」
ダニエルは、少し微笑んで、ワイングラスを干した。
「なんか、うちに関係有る話やのん?」
ミナコも、さすがにカルボナーラを食べる手を休めて首を突っ込んできた。
「いいですか、奈美子さん?」
「いえ、あたしから話します。ミナコ……あなたはね……」
「うん?」
「ミナコ公国の王位継承者なの」
!?
ミナコは、口の中に何も入って無くてよかったと思った。
妹の真奈美は運悪くジンジャエールを飲もうとしたところで、口を閉じた分、鼻からジンジャエールが拭きだし、悶絶していた。
「ゲホ、ゲホ、ゲホ、ゲホ……!」
「あんた、これで拭き」
マスターが、オシボリを二本渡してくれた。
「……王位継承者って?」
「王女さまってこと。ただし、あなたが決心したらね」
「え……え……あたし意味分からへん」
「ミナコのお父さんは、ミナコ公国の皇太子。それが、三年前NATO軍の部隊長として、アフリカに送られて、戦闘中に行方不明になって……」
「訓練中の事故です」
「そら、表向きやろ。訓練中に敵と遭遇して、やむを得なく自衛的な戦闘になった」
「タッキー!」
「この子には、全部ほんまのことを言うたほうがええ。ゴマカシやらウソが入ったら、この子は全部拒否しよるで。そんな面構えや」
「ああ、おまえは外人部隊でも、一番のヒューマニクスドクターだったな……お説に従うよ」
「つまり……」
「ここからは、わたしに話させてください、奈美子さん」
「お姉ちゃんが王女さま……?」
「我が国では、三年間音信不通の者は死んだと法的に解釈されます。むろん裁判所に提訴して例外規定をあてはめてもらうこともできます。しかし、お父様は戦場で行方不明になられた。おびただしい血と戦闘服の切れ端などをを残して。一般の兵隊なら、状況から戦死と判断されますが、お父様は、お立場上行方不明とされたというのが正しい説明になるでしょう。で、三日前に三年になった。今はお祖母様の女王陛下がいらっしゃいますが、ご高齢でもあり、王位継承者を未定のままにしておくことはできません」
誰も、口をきかなくなった。
FMが流す『さくらんぼの実るころ』だけが流れていた。
「……お父様が好きな曲でした」
「この曲を聞きながら、ジョルジュは『皇太子にはならない』って言ったのよ」
奈美子がポツンと言った。
「あたしのミナコいうのは、国の名前からとったんですか?」
「これは、お父様と、奈美子さんの秘密です」
「どないやのん、お母さん?」
「奈美子の字をバラバラにして、組み合わせを考えたの。ナミコを外して残ったのがミナコ、コナミ、コミナ、ミコナ、ナコミ。で、一番名前らしいミナコにしたの。ほんとよ」
「国の名前のミはミとムの中間音になります」
「ほんなら、うちの真奈美は?」
「わたしが果たせなかったようなことが実現できるように、真実の奈美子で真奈美。真奈美子じゃ変でしょ」
「そらそや、アハハ」
真奈美には、こういう生まれついての、明るくマイペースなセンスがあった。
これで気持ちがほぐれて、ミナコは聞いた。
「あたしが断ったら、どないなりますのん?」
「王家は五代遡って、フランスから迎えることになります」
「五代前て、ほとんど他人ですやん」
「率直に言って、今のミナコ公国は断絶します」
「……むつかしいことですね」
「簡単やん。お姉ちゃんの国籍が確定するのは、まだ十か月あるさかい、ちょっとお試し期間つくったら?」
え?
「おお、それはいい。体験入学のおつもりで!」
ダニエルが身を乗り出した。
「むろん、クーリングオフは付いているんでしょうね?」
母がたたみかけてきた。
「もちろん。その時は、世界地図から、ちっぽけな国の名前が一つ消えるだけですから」
「で、取りあえず、なにしたらええんですか?」
「女王陛下が、大阪にこられています」
ダニエルがニンマリと笑い、ミナコのプリンセスへの道が開いてしまった……。




