第4話
医師は、釉葉の持ってきた荷物と受け答えをみて、しょうじき安堵した。
さらに彼女の頬を流れる涙に、自分の杞憂に気がついた。
この娘は、感情の起伏の幅が少ないだけで、メンタルに問題があるわけではない。
聞いた話では、この年齢で一部上場企業の監査役についているというが、単なる置物が、地位が人格を作ったのか、動揺を表に出さないだけだ。
ちゃんと喜怒哀楽がある。
メンタル分野は自分の専門ではないが、移植患者の家族と接しているときに比べても、かなり危機的状況にならない限り、理性的に話ができる。
淡々と客観的事実を話せば、あるいは生死の境であっても、場合によっては境を超えたとしても、案外素直に受け入れてくれるかもしれない。
これは、医師の側にも余裕ができ、そのぶん治療に専念できる。
釉葉を看護師に預けて入院手続きに見送った後、自分の部屋に戻って同世代の同僚医師の所見を聞いた。
彼は、あえてネームプレートをポケットに入れていたが、心療内科の所属だ。
その所見も同じだった。
ただし、専門分野は専門家にすべてをゆだね、自分は自分のベストを尽くすぶん、ミスがあれば容赦はしないタイプだと看破していた。
執刀医は思わず身震いしたが、ベストを尽くした上での結果なら、それがどのようなものでも受け入れるだろうと言われ、 やりがいの方を強く感じた。
医者冥利に尽きる。
入院手続きを終えた柚葉を待っていたのは、カッターシャツに濃紺のスラックスをはいた40前後の男だった。
たしかに空調は効いているが、それでも軽装に過ぎる。
釉葉の傍らに立つ吉本とアイコンタクトをして、405号室に促される。
警察関係者というか、制服警官が上着を脱いだだけだと、釉葉は気がついた。
405号室は、捜査本部の事実上の出張所になっていた。
部屋代の出所が気になるが、釉葉は黙って促されたイスに座った。
鈴村警視が正面に座り、その脇に背を向けるようにして制服警官が座っている。
どうも、何かを説明してくれる雰囲気じゃないな?と柚葉が思っていたら、案の定事情聴取だった。
といっても、誰かに恨まれる筋合いは、逆恨みまで入れたら多すぎる。
会社が何をして、何をしようとしていたのかについては、職場も会社も違うから知らない。
家族の会話でも、ともに自宅には仕事の話を持ち込まないようにしているので、情報交換はない。
自宅周辺の変化については……
「1ヶ月くらいなら、防犯カメラに記録が残ってるはずですから持って行きますか?
もちろん、任意で提供しますから、令状とかは必要ありません。
ただ、家政婦さんじゃわからないと思うんで、そちらの詳しい人を回してください。
家政婦さんには、私の方から連絡しておきます」
鈴村警視は、いろいろはかりかねていた。
目の前の娘はスーツをちゃんと着こなし、ブラウスの襟も袖口も、アイロンがきれいにかけられている。
受け答えもしっかりしているし、わからないことはわからないと、はっきり言い切る。
捜査協力を求めると、先手を打ってそれ以上の提供まで申し出てくれる。
父娘ともに上場企業の幹部らしく、直接的な暴力団との接触はない。
もちろん、たどるまでもなく、会社に植木を入れている会社の親会社が暴力団のフロント企業というのは、マル暴では公然の秘密らしいが、そんな枝の枝が、本社社長を銃撃するなど、暴力団の3次団体の末端チンピラが対立組織の本家親分を襲撃するくらい、ありえない。
そんなことをすれば、チンピラの所属する3次団体どころか、上位の2次団体すらつぶされる。
まして、民間上場企業の社長が相手となれば、本家本体すら危なくなる。
思慮の及ばないチンピラの単独犯なら、それでも発作的にやったかもしれないが、犯行が複数犯による以上、このルートはない。
黙ってしまった鈴村警視に対して、今度は釉葉が逆取材を行おうとしたが、犯人の目星が全くつかないことしかわからないようだ。
と。ふと思い出して釉葉が
「お父さんに巻き込まれてしもうた運転手さん、大丈夫なん?
やっぱ、とばっちりゆーても迷惑かけてケガさせてもうてんから、お見舞いしといた方がええかなーって。
かんまんですか?」
それに対し鈴村は
「労災病院ですが、護衛がついているので気軽に見舞いって訳にはいきませんけど、日時を教えてもらえたら手配しますよ」
「プリンとかお菓子は食べられますか?果物のがええんですか?」
「果物は……イチゴやブドウはともかく、メロンやリンゴは避けた方がええですね」
と、応じた。
その答えに釉葉は、一瞬きょとんとした顔をして見せたが、すぐ
「あ。皮剥いたり切ったりするのに、包丁とか危ないですもんね。らじゃ!」
と応えた。
鈴村の混乱が深まる。
昨日の今日で、ここまで意識の切り替えができるものなのか?
気持ちのメリハリ、浮き沈みならわかるが、「刃物NG」をあのヒントだけで導ける?
ちゃんと頭が回転しているし……きのう「反応が薄い」と感じたのは、感情の起伏が乏しいだけか?
「したら……明日の10時から11時にお見舞いに行きたいんですけど」
えらく具体的な数字を出してきたな?と鈴村が当惑していると
「今朝、お医者さんが8時からお昼までは、容体急変とか少ないって言うてたんです。
私のトコのお店が開くのが10時ですけど、その前に買ってダッシュ駆けたら、それくらいかなーって。
あ。お店、東灘です」
鈴村は、思わず吹き出してしまった。
あまりにロジカルすぎて、タイムテーブルや必要情報がしっかり報告されすぎている。
この娘の下で働くのは、かなりキツイだろう。
まして、この年齢で、しかも監査役となれば「ほう・れん・そう」の不足を看過してくれるとは思えない。
…と。
あくまで些細な可能性ではあるが、この娘が恨まれ、あるいは憎まれていたというパターンはないか?
営業職ならまだしも、ほかの部署で同様の報告を求められたら、言葉に詰まることもあるだろう。
その結果、あるいは結果関係なくほかのミスで左遷やクビになって、その理由をこの娘に求める人間はいないか?
さらには。
直接の被害者は父親だが、それによって苦しむという意味では、この娘も被害者と言える。
少なくとも、この娘が病院にいる間、東灘の会社には出てこない。
とすれば、被害者は2倍になり、関係者はさらに増える。
吉村警視は、事件の難易度が一気に高まった気がした。
鈴村は、いったん釉葉を返し、自らも書類をまとめて、PCを閉じた。
この部屋は、いわば捜査本部の出張所で、こんなところで機密レベルの高い情報交換はできない。
捜査本部そのものは、三宮署に置かれている。
部屋を出る前に、残った職員に釉葉の身辺調査を、改めて念入りにするよう指示は出したが。
ドラマや小説の主人公になる刑事の多くは、しばしば警察官の適性に欠けている。
彼らは往々に「推理」をする。
それがピタリとはまるからドラマだが、現実には、推理は見込み捜査と同義語で、冤罪の温床となる。
集まった証拠も、「推理」を補強する物だけを選択しがちになる。
かつての反省から、警察は鈍重と揶揄されながらも愚直にファクトのみを重ね、そこから導かれる可能性を1つづつつぶしていくのが基本だ。
そのために捜査本部を立ち上げ、人手を集めて膨大なデータを集めては消していく。
断片的な証拠や印象から1本のストーリーを作り、それが犯人に直結するのなら、一人の名探偵がいればいい。
もっとも、その推理が外れていた場合、無為に時間を浪費し、しばしば証拠が失われ、迷宮入りしかねない。
鈍亀と罵られても愚直であることが、警察官の必須条件だ。
その意味では、鈴村は優秀な警察官だった。
自分の嗅覚や印象すら「可能性の1つ」とみなし、愚直にデータを集めようとする。
可能性が絞られたとき、どれが優先するかは、警察官としての嗅覚が働くが、それでも他の可能性が完全に否定されるまでは、そちらも平行して調べ上げる。
その鈴村警視が、この事件を「カンタン」だと思ったのは、折原社長、あるいは株式会社オリハラに恨みを持つ人物が画策し、その人物は暴力団とコンタクトがとれるか、暴力団関係者だ。
弾丸から、使用された拳銃がトカレフらしいというのも、それを補強する。
銃の指紋とも言われる線条痕の照合結果はまだ出ていないが、すでにあるデータと一致すればどの現場、あるいは抗争で使われたかで、該当する組織が絞り込める。
データにない銃だとすれば、それは新規に仕入れられるだけの資金力とコネを持った有力組織だ。
そんな暴力団は、いずれにしても多くて30。
フルフェイスのヘルメットをかぶっていて顔がわからなくても、監視カメラの映像から背格好はつかめる。
いまだ絞れてはいないが、おそらく300人に満たないだろう。
ペアならば、半分だ。
が。あの娘、折原釉葉が絡んでくると、話がややこしくなる。
仕事がらみの恨みなら難易度に大差はないが、横恋慕やストーカーがエスカレートした可能性が急浮上する。
彼女を苦しめるため……彼女はこの春に挙式を予定していると聞く。
それを「裏切り」と身勝手に判断しての犯行なら、素人の暴走で、実行犯から絞るのが厳しくなる。
と。そこまで考えて、さらに危険な可能性に気がついた。
できれば否定したいが、今は否定材料がない。
吉本巡査部長は、本当に無関係なのか?
日本で最も拳銃を撃っているのは、暴力団でも自衛隊員でもなく、ほかならぬ警察官だ。
まさか現職警察官が勤務中に犯行に及んだとは考えられないが、「元」のつく警察官は少なくない。
至近距離とはいえ、8発中5発の命中は、素人には難しい。
吉村巡査部長が折原社長を殺害すれば、その遺産は釉葉に行く。
釉葉が相続して、資産を夫婦の共同名義にしたあと、釉葉に罪を着せて収監させれば。
もちろん、遺産目的で相手を殺害すれば相続資格を失うが、それまで「事件解決」を長引かせ、共有名義にして売り抜けれ ば、吉本は莫大な財産を得る。
折原家の資産は、人間の良心を麻痺させるに余りある。
実行犯になる警察OBとのつながりは、吉本巡査部長も持っているに違いない。
その人物が、押収した拳銃を隠し持ったまま退職していたなら、拳銃に「前科」はない。
あくまで可能性の上に可能性を積み上げたもので、現実味は薄いが、全くのゼロではない。
いや。考えれば考えるほど、可能性が大きくなる。
警察の内部犯を逮捕すれば、確かに被害者が関西経済界の大物だけに、表彰状の1枚くらいはもらえるだろう。
が、その見返りに警察内部で孤立し、OBからも疎まれる。
OB会からの引きと推薦がなければ、再就職も危ない。
……いっそ、無期懲役の決まっている暴力団員に因果を含めようか。
折原社長は死んでいないから、無期懲役の刑期が延びることはない。
今後、組長への便宜を餌にすれば、乗ってくるヤツは必ずいる。
そう考えて、鈴村は思わず身震いした。
冤罪を意図して作り、真犯人を見逃し、暴力団に借りを作る?
この自分が?
警察官としての矜持が、それを否定した。
ただ、この可能性だけは自分の内心に秘め、自分の手で……可能性をつぶそう。
その結論を待っていたかのように、鈴村警視を乗せたパトカーが、ちょうど三宮署に到着した。
釉葉は、ICU付属の控え室で目を閉じていた。
小さく握った右拳の上にかぶせられた吉本の手のひらが大きく、温かい。
身体を傾けて預けると、根を張った大木のように、しっかり受け止めてくれた。
そのまますうっと意識が飛びそうになる。
そういえば、昨日からほとんど寝ていない。
どうすればいいのか、いま自分が目を閉じているのは祈っているのか単に眠いだけなのか、そんな箏を考えていたつもりの彼女は、いつしか寝息を立てていた。
吉本は、そんな釉葉に、むしろ安堵を覚えていた。
抜け目なくしたたかで、無能の烙印を押した相手には残忍。
デートでも、たとえ笑っていても、常に自分を査定している。
先ほどは、金銭感覚のあまりの開きに圧倒されたが、今の彼女は年相応というか、むしろ幼さやあどけなさを感じる。
少なくとも今は、自分に対して完全に油断している。
つい、キスしたら驚くかとイタズラ心が芽生えたが、繋いだ手を離すのがもったいない。
軽く頬に触れるにとどめ、彼女の体重を受け止めた。心地いい。
いつしか吉本の首が釉葉の方に折れ、お互い支え合うような格好で、眠りに落ちた。
トントン……。
遠くでノック2回。
遠く?
………?
まどろむ釉葉が薄目を開けると、ICU控え室の入り口、ほんの数メートル先に2人の影が見えた。
釉葉は、とっさに口の下に右手の甲を当てた。
うん。幸か不幸か、よだれは垂れてないようだ。
口を開けたマヌケ顔を見られるのは避けられたかな?
もう一度落ち着いて見ると、男女のペアだとわかった。
50がらみのボリウムのある女性、着ている白衣から看護師だと見当はつくが
「お疲れのところすみません。
けど、食べないと自分らが先に参っちゃいますよ?
お食事、食べてみませんか?」
ん?
言い方に何か引っかかりがある。
確かに、記憶をたどっても、釉葉は昨日から何も食べていない。
けれども不思議と空腹を感じてないし、たぶん今食べたら……吐く。
隣の吉本巡査部長に目をやるが、おそらく彼も食べていないか、いいとこパンで簡単に済ませているだけだろう。
吉本と釉葉の目が合い、打ち合わせもないのにタイミングを合わせたように首を振った。
それすら女性看護師はスルーして、
「よかったら、後学のために入院食、いかがです?」
「あれ?」
柚葉はスプーンを使い、スープとも主菜ともつかない、強いて言えばオートミールのような物をすくって一口。
美味しい。
予定日はおろか着床しているかも定かではないが、釉葉は以前なら視界にも入らなかったゼクシィのような雑誌を、何とはなく立ち読みするようになっていた。
フルカラーの料理ページには、お手軽カンタンでいて彩りのいい皿に続いて、離乳食の写真がある。
アメリカ留学時代、バツゲームのノリで食べさせられたオートミールそっくりだが、赤ちゃんにはいいらしい。
今食べているのが、その写真にそっくりだった。
野菜はサイコロ大に小さく切られているし、餡のようなものがかけられているところも似ている。
野菜には、歯ごたえを思わせるシャープさや新鮮さが、みじんも感じられない。
が、目を瞑ってスプーンを口に運ぶと、口の中で瞬時に溶けた。
そのあと、昆布だしの香りが鼻腔に抜ける。
さらに、ニンジンの甘い香り?味?そんなのが口に広がる。
記憶をたどると、京都の料亭で食べた懐石料理の、香りだけを口に入れたような感じ。
味はニンジンの甘みと出汁の旨味を濃縮した感じだ。
ほんの少しだけ、小さな椀に入れられたご飯はお粥状だが、口に含むと米だけではなく、麦の香りもする。
ソムリエよろしく舌の上で転がすと、さらに複雑な……五穀米のおかゆ?
もっとも。離乳食と同じくらいの少量を、ゆっくり味わっているから美味しいと感じるんで、たくさん食べたいとは思わない。
けれども、自分の料理バリエーションに加えておいても損はないと思って、もう1口。
圧力鍋……じゃない。
火加減に細心の注意を払って、極とろ火で時間をかけている。
こんなの、家庭料理で作れるかぁ!
さっきからニンジンニンジン繰り返しているけど、これはスーパーの特売品じゃない。
横に立ってニコニコ見ている白衣2人組に顔を向ける。
他人が食事している様をニヨニヨ見るのはいい趣味ではないけれども、気持ちはわかる。
釉葉は、先ほど思ったままを、そのまま伝えた。
「入院患者は、食べることが最大の楽しみですから、全力で応えたいですし」
「けどコレ、食べる前よりおなかが減った気がしますよ?いじめですか?」
「たくさん食べたかったら、早く元気になればいいんですよ」
と。
「これも、室料差額に入ってるんですか?」
いちおう確認する釉葉に、白衣の男性……白衣と同色のスラックスで、男性看護師か医師か判断がつきかねる。
年齢も、釉葉より少し上くらいで、研修医と言われたら納得しそうだ。
彼が「特別入院食って扱いで、今食べたのが1万円くらいですね」
その金額に思わず青ざめる吉本を置き去りにして、釉葉が
「やっぱり。今食べたの、本職の料理人さんの仕業ですよね?
レトルトでこんなのできたら、みんな失業しちゃうレベルですよ」
釉葉は、料理の話はここらで切り上げ、本題へと踏み込んだ。
「テレビとか新聞はともかく、パソコンかんまんですか?」
その問いに、白衣の男性ははぐらかすように
「飛行機の中、って感じですね。
離着陸中は電源を落として欲しいですが、通常飛行中なら大丈夫かと」
容体次第ということか。
「パソコンなかったら、お父さん、かえって具合悪うなりますよ?」
「機長に聞いてください」
主治医に先送りか。
失望をあらわにする釉葉に、白衣の男性は
「けど。僕の私見ですが」と前置きをして
「言い方が難しいですが、お父さんは怪我人です。
ここは本来、病気の人が術後に入るんで、僕はまだまだ経験不足ですけど」
「バイタルが安定していたら、年齢的にも体力的にも、機械の補助は必要ないと思います」
つーことは?
「主治医の判断につきますね」
吉本巡査部長は、単純に圧倒されていた。
1日の入院で、ヘタをすれば吉本の手取り月収が飛びかねない。
保険を使うというのも頭をよぎったが、青天井で病院の言うままに支払われる保険があるはずもない。
釉葉がいくら「お嬢様」とはいえ、いくら自分が婿養子になるとはいえ、吉本は「フツー」を望んだ。
少なくとも子供が生まれるまでは、警察官舎に来てもらいたい。
自分の身の丈に合った生活をしてもらいたい。
保育園に入れればいいが、ダメなら釉葉には会社を辞めて、釉葉には育児をしてもらいたい。
もちろん、家計収入は激減するだろうが、子供の将来を考えれば、その方がいいかもしれない。
小学校中学校は、できれば公立で。
「フツーがいい」なんて、持ってる人間の妄言で、吉本のメンツでしかないと却下されるかと覚悟していたが、あっさり父娘ともにOKされた。
他でもない、柚葉自身がそうだったから。
高校こそ、ちょっとハイソな女子校に進学したが、義務教育は公立の共学校で学んだ。
高校卒業後は2年間アメリカに留学したが、名前も聞いたことのない学校で、釉葉の最終学歴は日本では高等学校卒。
その後、オリハラグループではない事務所に職員として入り、下っ端として走り回っている。
折原社長自身も、高校卒業後に社員10人あまりの会社を興し育てた立志伝中の人物だ。
「フツー」を求める吉本の主張はすんなり受け入れられ、それをバーターに婿養子を受け入れたと言ってもいい。
が。かりそめの「フツー」は、有事にはあっさりかなぐり捨てられる。
自分が「フツー」であるための努力。
それこそ、フツーであれば意識すら必要ない努力が求められる。
そんな彼の愚痴に、つきあってくれそうな心当たりは……ない。
食事が終わるのを待っていたかのようなタイミングで、釉葉のPHSが鳴った。
メモリーに登録していない番号だが、末尾4桁で見当がつく。
「0110」。警察だ。
出ると、やはり鈴村警視だった。
彼は挨拶もそこそこに
「近くに吉本巡査部長、いてる?」
「はい」と応じて、吉本にPHSを渡す。
吉本は背筋を伸ばして立ち上がり、控え室から出て行った。
数分後、吉本は戻ってくると釉葉にPHSを返し、
「本部からの呼び出し。朝サイレン鳴らしたの、バレたかな」
「怒られてら~。
あ。明日、また運転頼みたいから、反省したらゆっくり寝てな。
それでまた怒られたら……ごめんな」
小さく舌を出す。
いぶかしむ吉本に釉葉は
「東灘の会社。うん、私の。連れてってもらおう思って。
今日の車やったらはやいやろ?」
吉本は苦笑して背中を向け、右手を挙げて部屋を後にした。




