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夢見る暗殺者  作者: 瀬戸 生駒
恋する暗殺者
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第0話

 肩の高さに、水平に扇子があがる。

 ここで見るべきは2つ。扇子が縦か横か。

 ヒントは着物の裾からのぞく白足袋が、縦にまっすぐか、くの字に折れているか。

 くの字に折れていたら扇子は横に開き、まっすぐなら縦に落ちる。

 それを90度回して逆算したら、扇子の向きが読める。

 センスが縦に落ちるとき、あるいは横に振られるとき、そのスピードは手首の筋から見当がつく。


 日本舞踊は、実のところ、単純なフローチャートの連続だ。

 1つの動作から起こる次の動作は、多くて6つ。

 もっとも、次の6つからさらに数パターンと幾何学的に増えるから丸暗記しようとすれば大変だが、瞬間瞬間のパターンは決して多くない。

 それさえ覚えれば、一応の形にはなる。

 リズムは「拍」と和訳されるとおり、たいてい鼓の「乙」の音を拾えばいい。

 ジャズバンドでいう、ベースドラムだ。


 全体のコツは本当に「全体」で、センターで舞っている人の動きを素早く察知し、次の動きを読んで、自分の動きを知る。

 ついセンターを凝視しそうになるが、楽器奏者を含む舞台全体、可能なら部屋全体を見なければならない。

 これは、演目にもよるが、ぼーっとしているのと紙一重だし、「乙」の音を拾うのは、バンドでベースドラムの音だけを拾うような、少しねじ曲がった愛好家のようだ。


 父親の影響で、折原釉葉は幼い頃からジャズを聴かされていて、この「音拾い」が好きだった。

 彼女は、この春に結婚を予定している。

 で、花嫁修業として、超特急で料理教室や華道教室、書道に日本舞踊の教室をハシゴさせられていた。

 料理教室はわかる。

 華道教室も、玄関先に花が生けてあると、そこから訪問客と話が広がるからアリとしよう。

 書道は……年賀状の宛名はプリンターで印刷するとして、直筆の一筆を入れるのがマナーだ。

 結婚後は年賀状枚数が絶対に増えるし、その一筆は達筆な方がいい。

 が、日本舞踊がなぜ「花嫁修業」になるのか、全く理解できなかった。

 せいぜい、自分の披露宴で少し舞うだけで、花嫁自ら芸を披露する必要はないだろう。

 ただでさえ「お稽古事」に忙殺されてるのに、無駄な芸を覚える暇があるか!

 そう憤っていたが、やってみたら合点がいった。

 他人の所作を見て、自分が次に起こす動作を瞬時に判断する技能は、人付き合いで確かに役に立つ。


 釉葉の婚約者は、県警の警部補が内定しているらしい。

 まだ正式に辞令は出ていないが、まず間違いないという。

 彼とは、分かれたりケンカしたりを繰り返しつつ、その度によりを戻して、最後は釉葉が押し切られた格好になった。

 神戸市内で中堅企業の社長をしている父親に報告したら、二つ返事で承諾された。

 父親としても、一人娘を政略結婚の道具にはしたくなかったし、遠い将来にはなるが監査役として新郎を会社に迎えるのに、「警察OB」の肩書きは、社内外に対して都合がいいから。

 反社会的勢力とのトラブルも、相手の方が先回りでよけてくれる。


 唯一もめたのが、新郎を婿養子の形にすることで、家と家が絡むためこじれかけたが、「オリハラ」の資本力の前では、よほどの名門旧家でもなければあがなう理由がない。

 新郎側には、若干結納金に色をつけ、さらに折原家は関与していないが、県や県警の上層部が気を回して、新郎に箔付けとして「警部補」の内々定を出したら、雑音も障害もなくなった。

 もちろん、県上層部にも含むところは当然あるだろうが、巡査長から3年で警部補なら破格と言っていい。


 さて。釉葉は天井を突き抜けて高い空から眺めるような鳥の目と、毛穴1つ見逃さないマクロレンズのような目を同時に駆使できるような感覚が楽しくなった。

 さらに、敏腕ジャーナリストのカメラのように、ジャストタイミングでベストポジションを狙うという快感も覚えた。

 もちろん、彼女にジャーナリストとしての経験はないどころか、一眼レフカメラも持っていないが、嫁入り道具の目録にこっそり混ぜてみようかと企んでいる。


 と。


 半歩踏み出した足を引き戻すとき、残した軸足にぶつけて、自分で自分に「膝かっくん」をしてしまった。

 ……恥。

 もちろん、軸足は残っているし、戻した足を再び踏み出せば耐えられる。

 が、当然ながら「型」は崩れる。

 逡巡する間も惜しんで、釉葉は扇子を閉じた。

 舞っている演目のテーマは春。

 演じているのは桜。

 なら、満開の桜から花びらが1枚散る様を表した方が自然だろう。

 そのまま地に落ちて、曲調の変化に合わせて風に舞い上がり、満開の桜に戻る。


 釉葉は、たぶんごまかせたと思った。

 雑念が過ぎたことを反省した。

 顔がほてる。

 いま、ここが本番の舞台上なら、漆喰のように真っ白く塗り固めているからばれないが、練習のため薄くメイクしているだけなので、顔を上げたら一発でばれる。

 曲が早く終わることを祈った。

 ともかく顔と頭を冷やしたかった。

 とりあえず、顔を伏せ、扇子を開いて揺らしつつ横になびかせて、「流水」を演じた。

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