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夢見る暗殺者  作者: 瀬戸 生駒
恋する暗殺者
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第4話

 三宮から芦屋に向かうJRの中で、釉葉のスマホは震え続けたが、完全に無視。

 電源を切った。

 帰宅してベッドにダイブして、謎の「住吉のボン」を考える。

 ここが関東なら、「暴力団の賭場」って隠語だけど、関西でそれはあり得ない。

 なんか、今度こそ完全に詰んでしまったかな?


 釉葉は父親の帰宅を待って、「住吉のボン」を尋ねてみた。

 やっぱり「暴力団の賭場」しか浮かばなかったようだけれども、もちろん行ったことはないらしい。

 まして、そこから身辺調査をされるいわれはないし…自分の婚期をネタに、勝手に賭に使われてるとしたら、すごく腹が立つけれども、だからって何ができるわけでもない。

 冷静に差し引きしたら、何とかしようとして暴力団と接触する方が、リスクも損失も大きくなる。

 泣き寝入りかなー。


「あ、そう言うたら」

 と、父親は名刺ファイルを開いてページをめくりだした。

 取引先企業ではなく、数枚の空白ページを挟んで、後ろの方に。

 そこには、釉葉がここ数回の婚活パーティで集めてきた名刺が、ほんの数ページだが、集められていた。

「コイツ、住吉やなー」

「あ……」

 秋のパーティで釉葉がもらってきた名刺4枚のうち、1枚は神戸市東灘区に本社を置く、老舗洋菓子メーカーのご子息のだ。

 釉葉も、名刺はそれなりに確認する方だが、経営者である父は、相手の所在地なども見逃さない。

「東灘区」は今でこそ名前を変えているが、もともとは「住吉」。

 そもそも、自分たちが芦屋に住み、神戸に本社を置いているのだって、半分はハッタリだ。

 確かに本社は「神戸市中央区」にあるが、工場は「神戸市西区」と「北区」で、見る人が見れば底が割れる。

 対して住吉は、やはり「神戸」ブランドを保ちつつ、さらに知る人ぞ知る、芦屋にならぶ高級住宅街だ。

 もっとも、今は知名度で大きく芦屋に差をつけられている。

 そこに本社を置き住み続けていると言うことは、アホほどプライドが高いか保守的か、けっしていいイメージはない。


 釉葉は、名刺を渡してきた相手を思い出そうと努めたが、輪郭さえ浮かばない。

 それが相手の狙いだとしたら、相手は釉葉の上を行くと認める。

 俄然興味がわいてきた。


 その時、門のチャイムが鳴った。

 モニターを見ると、大勢の制服警官が立っていた。

「はい?」

 釉葉が返事をすると、たたんだ紙を開き

「兵庫県警西宮署です。こちらは令状です。ご協力をお願いします」

 言葉にすると丁寧だが、有無を言わさない強制捜査だ。

「どうぞ」

 釉葉は門を開け、玄関を開けた。


 釉葉の父親が前に立ち、令状の文言を読んで、屋敷の中へ通す。

 警察官は8人。

 モニターを広角に切り替えて奥を見ると、パトカーが3台止まっていた。

 赤色灯も回さず、サイレンの音もしなかったことから、それなりの配慮は見て取れる。

 と同時に、覆面でなくてパンダで来たということは、それなりの自信はあるのかも。

「あー。世間体もあるんで、車、中に入れてもらえませんか?」

 釉葉の言葉に「はい」と素直に答えて車を動かしたと言うことは……ますますわからん。


 捜査令状にあった「被害者」の名前は、はじめて見る。

 それで誤認と油断したが、写真を見せられて、「げ」となった。

 あの変質者というか、おそらくは興信所の調査員。

 そして、確かに……。

 思わず顔をこわばらせる釉葉に気がついて、警察官の一人が声をかけた。

 やば。

「いあ。なんかこの写真の人、そっちに写真持ってった変質者と似てるなーって」

「はい。芦屋署生活安全課から資料提供を受けまして。おそらく同一人物です」

 声のトーンを幾分落として「殺されたん?」と尋ねる釉葉に、警察官は無言で頷いた。


 捜査令状は、逮捕状ではない。

 玄関ではきちんと靴を脱ぎ、釉葉が並べたスリッパに足を入れる。

 家捜しにしても、家具調度を荒らすようなマネはせず、大きな物は2~3人がかりで、浮かしてそうっと動かす。

 ヘタに何か壊したとき、それがとんでもない資産価値があったとしたら、シャレではすまないから。

 個人的に弁償することはないが、請求書は上に上がり、自分の査定は下がる。

 絶対的自信があるならともかく、捜査令状では、それほどの無茶はしない。

 ここでも、家そのものが、ハッタリの舞台装置として効果を出している。


「お嬢さんの部屋、よろしいですか?」

 問われて釉葉は自室に案内した。

 少し扉を開け、ベッドの上などに下着を脱ぎ散らかしていないのを確認して

「どうぞ」

 入ってきた警察官達は、心なし、リビングより荒っぽい気がする。

 ベッドに腰掛けてみていると、クローゼットを開け、中の洋服も、乙女の下着まで全部散らかす。

 リビングと違い、小娘の部屋には大して高価な物はないと油断しているのか。

 それでも度が過ぎると思い、釉葉が怒鳴ろうとしたら、機先を制された。

「お嬢さん、4ヶ月ほど前に短刀を購入されてますよね?」

「いあ。私じゃなくて、お父さんな」

「所有者はお嬢さんになっていますが…ありませんね」

 あー、そか。

 本命は私か。

 確かに変質者と言って警察に行ったのも、興信所の調査員として被害者が調べていたのも自分だ。

 そして凶器となりうる短刀を持ち、その短刀がないとなったら、疑惑はさらに増す。

 釉葉はそうっと部屋の入り口扉の上を指さした。

「あれ?」

「あ……」


 大の男が手を伸ばしても届かず、椅子に乗って、埃をかぶった錦の袋に入った棒を降ろす。

 袋から短刀を取り出し、一緒に袋詰めされていた登録証を確認。

 不慣れな手つきで鞘から刃を抜き

「薬品、いいですか?」

「知らない」

 おそらく血液反応を調べようと言うんだろうけど、その薬品が刃に悪いかどうかなんて知らない。

「失礼します」

 何か薬品を塗っていたけれども、当然反応は出ない。

「お返ししましょうか?それともお預かりしてよろしいですか?」

 問われて釉葉は

「手入れ? とかあるんやろ?それしてくれるんなら、持って帰ってええよ」

 と応じた。

 警察官は少し逡巡して、短刀を袋に戻し、透明のビニル袋に入れた。

「では、少しお預かりします」

「どぞ」


 リビングに降りながら玄関の方を見ると、数人の警察官が傘立てを調べていた。

 うん、ハズレ。

 リビングでは父親がビニル袋を並べられ、その預かり証に確認印を押していた。

 自分たちを見とがめた警察官が視線を向けると、釉葉の前を歩く警察官が手を広げ、首を横に折った。

 最初、自信満々で入ってきた警察官達は、今では釉葉の父親の前で、小さくなっていた。

 そこで勢いづいて代議士とか知事の名前を出すようなバカでないことは、娘の釉葉が一番よく知っている。

「大きな家具だけ戻してくれたらええよ。明日は家政婦さんが来てくれるし、お疲れさん」

「下着は自分で片づけます!」

 ヘタに怒鳴られるよりこの方が堪えることを、この父娘はそれぞれの経験で知っている。


「そろそろかな」

 1ヶ月ほどたって、釉葉の父親が呟いた。

 顔を向ける釉葉に父はリビングの一角に目をやり

「あのへん、ちょっと間が抜けてるやん。そろそろ返してもらおうかなって」

 押収物は警察署で保管されるが、原則として押収された側が「返せ」と言わないと返還されない。

 それでいて、捜査が終わって1~2年ほどで時効が来て、返還請求権は失われる。

 もちろん捜査が継続していれば時効はスタートしていなくて、返還請求権も発生していない。

 変な話。犯罪を犯して有罪が確定したあとの方が、押収物の返還はスムーズだったりする。


 1ヶ月というのは、捜査の動向を探るタイミングでもある。

 押収された物のほとんどは、折原家の基準ではガラクタでしかない。

 200万円の短刀にしても、持ち主の釉葉をして価値を認めていないから、主観的にはガラクタだ。

 これは、あまりにも高価なものを押収して、万が一にも毀損や紛失があった場合、責任問題になるから。

 場合によっては署の管理職はもちろん、県警本部にまで累が及ぶ。

 担当者には、警察黙認・公認のパワハラが行われ、往々にして自ら職を辞すハメになる。

 あまり知られていないが、中途退職した公務員に失業保険はない。

 それを知った上で「問い合わせ」をすると、実は被疑者の側にメリットが多いことに気がつくはず。

 押収物の返還に応じると言うことは自分たちが捜査線上からはずれたことを知れる。

 もちろん、そう思わせて泳がすという手もあるが、腹の読み合いには自信のある父娘だ。

 念には念を入れて、問い合わせは電話ではなく、予告なしで警察署に乗り付ける。

「車出すから、3時に会社に来い」


 釉葉は純白のブラウスに濃紺のスーツスタイルの上着を羽織り、さらに濃い、黒に近い色のスカートを巻く。

 栗色セミロングの髪は、首の後ろで1回まとめて、そこから降ろす。

 これで眼鏡をかければ完全な秘書スタイルだが、あいにく釉葉は裸眼で運転できる程度には目がいい。

 やりすぎた演出は「やらせ」とばれて、逆効果になる。

 父親はグレイのダブル。左襟に社章のピンバッジ。

 そして、社長専用のリムジンを出す。

 目的地は、西宮署ではなく、芦屋署だ。

 芦屋在住者が芦屋署に行くのにリムジンで乗り付けるのは、これまたやりすぎた演出になるが、三宮の会社から帰宅の道すがら寄るのなら、違和感は軽減される。

 もちろん、含みはある。

 運転手付きの黒塗りリムジンで乗り付ければ、それだけで無言の圧力となる。

 芦屋に限っては、その圧力や違和感も多少軽減されるが、別のメッセージを送ることができる。

「仕事中」だ。

 警察といえども公務員で、公務員は「勤務中」という単語に弱い。


 それで芦屋署に行ったら、応接室に通された。

 少し待たされて、署長と生活安全課の2人、それと初対面の2人が形ばかりのノックをして入ってきた。

 父親と5人が名刺交換。

 2人の名刺には「西宮署」の文字が読める。


 その中の一人が

「申し訳ございませんが、お預かりしている品は西宮署で保管しており、こちらにはございません。

 内部事情で申し上げにくいのですが、書類手続き上の問題もございまして、もう少しお待ち頂けませんか。

 ご理解とご協力をよろしくお願いします」


 つまり、釉葉の嫌疑はまだ晴れてないってコトだ。

 考えてみれば、釉葉は被害者と、動機とまでは言わないまでもコンタクトがあり、当日犯行時刻にはアリバイがない。

 どころか、犯行時刻と前後して、犯行現場に近い西宮のホテルにいたことは、吉本巡査長が証言しているだろう。

 あえて言うなら物証がないことと、死亡推定時刻には西宮市外にいたことが芦屋の監視カメラで確認されているが、死亡推 定時刻は1時間程度の誤差がつきものだ。

 多少薄まってきたかもしれないが、限りなく黒に近いグレイというか、最重要容疑者の一人だ。

 少なくとも釉葉が警察の立場なら、そう考える。


「あ。それはそれと吉本さん。いえ、吉本巡査長」

 声を上げた釉葉に警部が

「呼んでやってや」

 と呟く。

「んじゃ、吉本さん。

 山下君が殺されたって言うてたやん?

 事務所が解散してから会ってないけど、やっぱ線香の1本もあげといた方がええかなーって思って。

 お墓の場所とか知らん?」

 問う釉葉に返事を返せない吉本巡査長に代わり、警部が応えた。

「お墓は知らんけど、実家ならわかる思うで。

 母子家庭やったみたいでお母さん落ち込んでる思うから、声かけてやったら少しは気が晴れるかもな。

 実家までは吉本に送らせるから…なぁ、なんか知らんけど許してやってや」

 そして吉本巡査長に

「折原さんを無事お送りすること。当日は県内出張で処理するから……がんばれ!」

 と、背中を叩いた。そして署長に合意を求めたあと、西宮署の2人に目をやって

「これくらいはお互い様でええやろ」

 と続けた。


 芦屋署をリムジンが去る。

 二人を自宅前まで送り、おろし、さらに走り去る。

 運転手も家に帰らないといけないし、リムジンが置ける余裕を持った駐車場を備えた、社内規定よりも大きな社宅を貸与している。

 口が堅いのはもちろんだが、アルコールの勢いとか金の臭いでぽろりと漏れないとも限らない。

 リアシートで二人は沈黙を守った。


 帰宅して、やっと羽を伸ばし、口を開ける。

 まず、釉葉にかけられた嫌疑が晴れていないこと。

 これはよっぽど鈍くなかったら、わかる。

 殺された山下君の実家は西宮で、西宮署と芦屋署は合同捜査をしていること。

 前回の家宅捜索は、釉葉の家に気を遣ったというより、芦屋署のメンツに配慮してだな。

 でもって、今、この合同チームは、決して仲が良くないこと。

 昔、大阪府警を暴力団にたとえた作家がいたが、言い得て妙だ。

 暴力団で言うなら、2つの署は杯を交わした五分の兄弟で、しかも同じ筋(兵庫県警)だが、だからといって相手の縄張りに入り浸り、シノギまでかけたら、暴力団なら抗争になる。

 今日、殺人事件なのに生活安全課の2人が同席したのも、二人が釉葉と顔見知りというのに便乗しつつ、西宮署とのクッションを期待してだろう。

 そのクッションにして、もうだいぶギスギスしている。

 鞘当てはすでに始まっていて、時間が過ぎれば、勝手に割れるだろう。

 ちょっと刺激を与えたら、破裂も遠くない。

 そして釉葉は、いつとも知れない「いつか」を待つより、自分のタイミングで割る方が好きだった。

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