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夢見る暗殺者  作者: 瀬戸 生駒
恋する暗殺者
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第2話

 目玉焼きとハンバーグを中央に置き、周囲をブロッコリーで囲う。

 トマトケチャップで半分、マヨネーズで残り半分に荒くラインを入れる。

 別の皿には、粗挽きソーセージ。小皿にマスタード。

 以前は毎週5日、家政婦さんが来てくれていたけれども、今は無職の釉葉が、週に4回食事を作る。

 前の仕事をしていたときは三宮のマンションで一人暮らしだったし、学生時代はアメリカに留学してシェアハウスの経験もある釉葉にとって、自炊は苦痛ではない。

 むしろ、料理は大好きだ。

 今夜のメニューにしても、見た目はゴージャスで大変そうに見えるけれども、実際には20分足らずで作れる手抜きだったりする。


 鼻歌を歌いながらテーブルに皿を並べる釉葉に、父親が言った。

「なにがあった?」

「えへへ~~~♪」

 笑ってはぐらかし、歌を続ける釉葉に、とうとう怒鳴った。

「ここんとこ、見てくれはええけど手抜きばっかりやし、味付けも俺を見てないやろ!

 男か!男か!男か!」

 さすがに鋭い……というか、よっぽど鈍感じゃなかったら、普通は気がつく。

「公務員なんよ♪」

「……まー。ややこしいサラリーマンよか、公務員のがマシっちゃマシやな」

 企業経営者、ましてそれが上場企業で、創業者兼オーナー社長となると、娘の伴侶はかなり選択肢が限られる。

 自社で帝王学をたたき込むにも、それなりのポストは必要になるし、相手が別企業の御曹司なら、企業間のパワーバランスにも関係してくる。

 まして、今はマテリアルと製造とITが混ざっている時代で、ちょっとした家庭内の会話がインサイダーともなりかねない。

 それがイヤで、釉葉の父はできるだけ会社の話を家に持ち込まないようにしているが、それでも彼のパソコンを開けば、機密情報は山と詰まっている。

 それくらいなら、はじめから後継者は社内競争の勝者にゆだね、娘の伴侶は全く無関係の公務員というのもありだ。

「で、どんなヤツや?」

 言われて釉葉はカーテンを少し開け

「あの人」

「ストーカーかぁぁぁ!」


「ちゃうちゃう、刑事さん。巡査長やって。

 ほら、あの山下君、殺されたやん?

 でな、事務所つながりで2人も死人が出てるから、要警護なんよ、私」

「監視対象とは違うんやろな」

 言われてみれば、心当たりは少なからずある。

 が、それは父親も同じだ。

「山下君が殺されたって聞いたとき、お父さんの顔が浮かんでな。やってもうたかなーって」

「俺は会社で夕刊見て、オマエの顔が浮かんだわ」

 叩けば埃が出る父娘だ。

「どっちにしても、しばらくはバイトできんでー」


 紅葉が色づき、やがて葉が落ちた。

 その間に釉葉は、少なからず警察官のことを知った。

 基本は、あくまでも週休2日なこと。

 残業2時間とサービス残業が2時間あること。

 当番制で、月に2回は休日出勤があることなど。

 もちろん、捜査本部が作られるような大きな事件の時は、労働基準法無視になるけれども、釉葉の前の職場が常態でブラックだったことを思えば、むしろピュアホワイトにすら思える。


 それよりも釉葉の悩みは、彼の堅さだ。

 釉葉の父親は交際を黙認してくれてはいるが、決して公認ではない。

 だから、デートの時の送迎は、電車なら尼崎駅まで、ドライブなら釉葉が甲南山手まで電車で出るしかない。

 芦屋で合流するのは、お互いにデメリットの方が大きいから。

 それはともかく。

 初対面の日に手をつないで………それから全く進展がない!

 せめてキスくらいとは思うけれども、それすらない。

 クリスマスイヴに勝負するべきか、そもそも勝負の土俵に上がってくれるかすらわからない。

 だから釉葉は、もう密かに決心している。

 クリスマスイヴに勝負がなかったら、そのまま分かれようと。

 だからこそ、そのぶん「今」を楽しもうと。


 例によってデートのあと、釉葉は芦屋駅を降りて、歩いて家路につく。

 と。久しぶりの「視線」を覚えた。

 見られている?

 いつもの、「塀の上のネコ」を試みるが、足音は全く聞こえない。

 けれども、間違いなく見られている。

「仕事」を休んで久しいが、そのぶん男性とつきあって、周囲の視線に対するセンサーは、むしろ研ぎ澄まされているはず。

 前回のようにアルコールも入っていないし、鈍ってもいないし、自意識過剰で過敏にもなっていないと言い切れる。

 すっと脇道にそれ、ブロック塀の影に身を潜め、バッグの底を探り、ボールペンに触れた。

 が、動きは、ない。

「あれ?」

 気のせいと思い直して通りに戻ると、また視線を感じた。

 プロ?

 ならば……心当たりが多すぎる。


 それが1週間も続いた。

 デートに限らず、三宮で友達と食べ歩いたときも、梅田でウインドウショッピングを楽しんだあとも、芦屋の駅から見られている。

 さすがに2週間目からはタクシーを使うようにしたが、今度は芦屋駅に向かう釉葉を正面から見ている何かがいる。

 自分では、自分の根性は太いと自負していたが、3週間目に……吐いた。

 父親は「つわりか!」と驚いていたが、残念ながら手つかずのままだ。

 けれども自分でもヤバイのはわかるから、意を決して心療内科に向かって……やっぱりそれを誰かが見ている。

「アカン。折れる」と、ふらつきながら、駅前通の喫茶店にへたり込んだ。


「ゆずちゃん、顔色悪いなー。ええ方なん?悪い方なん?」

 なじみのマスターに声をかけられた。

「ええ方」というのは、つまりはおめでたで、釉葉に彼氏ができたというのは、いくら隠したつもりでも、公然の噂だったらしい。

 あるいはマリッジブルー。

「悪い方」は、そのまま病気ってコトだ。

「たぶん、悪い方」

 苦笑して返す釉葉に、マスターは声を潜めて

「お父さん、大丈夫なん?」

 え?

 思わず顔を上げる釉葉に、マスターはさらに声のトーンを落として

「警察が見張ってるらしいよ」と。


 釉葉の父親は、防犯協会の役員も務めているが、叩けば埃が出ない方がおかしい。

 一番怖いのは税務署だが、マルサと警察は別組織だ。

 もっとも、一般庶民に区別がつかないだけかも知れないが。

 あるいは、裏社会。

 総会屋はほとんど残っていないが、いくつかのダミー会社を通して、暴力団のフロント企業との取引は、ある。

 もちろん、その手合いは幾重にもダミーを通したあげく、総務部長か総務担当役員で止まるようにしていて、トップまで手が届かないようにはしている。

 万が一にでも上場企業のオーナー社長に手を出して会社が傾いたら、社長よりも先に県知事のクビが飛ぶ。

 そのまえに、県警本部長の首が。

 春先の新聞には、公務員の人事異動一覧が出るが、県警幹部に変な動きはなかった。

 となると、「自分」か?

 いや。それなら、県警詰めの新聞記者や雑誌社からリークがあるはず。

 可能性を浮かべては、消していく。

「あー。だいぶ顔色もどってきたやん」

「え?」

 マスターにそう言われて。

 確かに、かなり心が軽くなっているのが自覚できる。

 食欲までわいてきた。

「マスター、注文かんまん?ドライカレー」

「ホワイトシチューにしとき」

 芦屋のムラ社会をさんざんディスってきた釉葉だが、ムラ社会だからこその、こんな気遣いが嬉しい。

 思わず涙が溢れた。


 食後のオレンジジュースを飲みながら、釉葉は改めて整理してみる。

 まず第1は、ここのところのメンタルの不安。

 おそらく、センサーがどんどん過敏になっているのに、調整もアウトプットもしなかったため、バランスを崩したのだろう。

 第2は、そもそもの「視線」。

 喫茶店のマスターをして「警察」と断言させるのは、制服警官か、あるいはそれに似た意匠のガードマンか。

 第3。どこから?

 芦屋の夜は早い。

 釉葉が帰る時間、この喫茶店はもちろん、通りの店も大方が閉まっている。

 深夜まであいているのは……喫茶店の窓越しに駅の方を見て……コンビニ!

 監視カメラか!


 なら、コンビニのオーナーに聞けばいい。

 店長は雇われだが、オーナーは古くからの地主で、釉葉の家とも親交はある。

 オーナー判断か店長判断か知らないが、そんなものは聞けばわかる。

 釉葉は父親の個人ケータイに電話を入れた。


「どした?大丈夫か?」

 娘を気遣う父に、

「コンビニの監視カメラで見られてたみたい。オーナーに確認してみて?」

 これで充分。

 ほどなくして小柄でガリガリの老人がとる物もとりあえず、部屋着のままで喫茶店に飛び込んできた。

 コンビニのオーナーだ。

「お父さん、何やらかしたんやろ……」

 古参地主をここまで押さえ込むというか、ほんの5分、おそらく電話1本で怯えさせるほどのネタを持っていたのか。

 土下座する勢いで釉葉に頭を下げ、事の顛末を店長に確認に行く。

 老齢のオーナーが、見てる釉葉が血圧を心配するほど真っ赤になって店長を怒鳴りつけ、「クビ!」と言うのを釉葉が取りなして。

 最後は店長とオーナーの間に入って頭を下げてなだめた。

 これでは店長をクビにもできず、オーナーは釉葉の家に借りを作ってしまい、店長も釉葉に頭が上がらなくなる。

 何でも釉葉に協力してくれるだろう。

 もっとも、おそらく年内に、この店長はクビになると釉葉は確信しているが、それは口にしない。

 今使えればいい。


 白いワイシャツに水色ストライプのエプロンをつけた40歳前後の店長が言うには、制服と私服の警官2人がやってきて、「任意で」モニターの前を占拠していたらしい。

 もっとも。あまり毎日長時間制服警官がやってきて、バックヤードに居座るのはバイトにも不評だし世間体も悪い。

 物のはずみで万が一にでも店側の問題が見つかったら、それこそこの歳で路頭に迷うハメになる。

 それで、店長がそれについて文句を言ったら、

「何か裏でごそごそしていた」と。

 裏を見ると、太いホースから何10本もの細いコードに分配されて、モニターシステムの下につながっていたが、なかの1 本だけ、5cm四方くらいの黒い箱が途中をまたいでいた。

 このあと来なくなったと言うから、送信機だな。

 どこに送っているかは、あとで専門業者に調べさせよう。


 店長に、その警察官の特徴を確認させたら、監視システムの記録用ハードディスクに記録が残っていた。

 監視カメラの映像は、バックヤードのモニターに流しながら、コンビニチェーンの本部にも送信されているが、同時に店側のハードディスクにも保存されるようになっている。

 コンビニの入り口扉には縞模様がデザインされているが、それはコンビニ強盗が入ったとき、犯人の身長を測るメジャーの役目をする。

 長時間録画モードのため、再生された画像は荒く、顔立ちはわからないが、おおよその身長や体型はわかる。

 長身細身と、ずんぐり体型のでこぼこコンビ。

「あれ?」

 それを見て、釉葉は首をひねった。

「この2人とも警察手帳だしたん?」

 尋ねる釉葉に店長は、

「いえ。こちらの制服の方だけですけど………」

「ややこしいなったなー」

 釉葉は右手で頭を押さえた。

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