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夢見る暗殺者  作者: 瀬戸 生駒
恋する暗殺者
11/35

第1話

 釉葉は父親を畏れてはいるが、それはたぶんにリスペクトの裏返しであり、決して嫌ってはいない。

 むしろ周囲からは仲が良すぎると、父娘スキャンダルの、ゴシップのネタにされたことも1度や2度ではない。

 それは全くの事実無根だったけれども、釉葉の理想の男性像が父親なのは彼女自身否定できないし、父親にしても、早くに死別した妻の面影を日増しに強める釉葉を溺愛していることを否定できない。

 だからこそ、ケジメはハッキリ線を引く。

 禁断の果実を食べて、アダムとイブはエデンを追われた。

 自分たちは、芦屋も神戸も追われ、社会的な地位も名誉も富もすべて失う。

 そのくらいの分別がつくくらいには、人類は進化している。


 釉葉は、そうっとリビングのドアを開けた。

 リビングは奥行きのある、20畳あまりの部屋だ。

 手前半分には、右手の壁際にロングソファがあるだけ。

 奥にはソファとテーブル、壁際にはカウンターバーもある。

 壁や調度はチークホワイトとアイボリーで統一してあり、アクセントにウッドブラウンが混じる。

 入り口そばのソファの正面の壁には、小さな風景画が額装されてかけられている。

 ヨーロッパの田舎だとは思うが、場所はわからない。


 父親は部屋の一番奥にあるソファに深く腰掛け、ネクタイを取り、ワイシャツの襟元と袖のボタンをはずして、自分でドリップしたコーヒーを口にしていた。

 灰皿には、火のついたタバコ。

「コーヒーにタバコは必需品」が父親の持論らしく、いくら釉葉が禁煙を求めても、決して譲らない。

 健康問題を訴えても、「老人ホーム行ってみ。90過ぎの爺ちゃんら、みんな美味そうにタバコ吸ってるわ」と。

 もちろん、分煙などの喫煙マナーには気を遣っているようだが、数年前に新社屋を建てたとき、「全フロアに喫煙ルーム」が唯一絶対の社長命令だと伝え聞いて、釉葉は匙を投げた。

 だからか、釉葉自身は全くタバコを吸わないが、喫煙者には寛容なつもりでいる。


「4枚、4人か。そのなかにアタリはおったか?」

 釉葉に気づいた父親が、ストレートに問う。

「アカンわー。壁の花までもよー行かんチキンのコミュ障が、手近で片づけようとしたんばっか。

 それよか、私は自分でエサもよーとらん血統書付きのチンチラより、野良の三毛のがええってゆーてるやん」

「三毛って、牝ばっかやぞ。オマエそんな趣味やったんか!」

「ちゃうわ!」

 それから少し猫や犬の話に脱線したが、

「クリスマスも過ぎて、もうじき大晦日やろ。ディスカウントもすぎたら、産廃やぞ」

「ワインかて、寝かした方が熟成するやん」

 と返す。

「ビンテージも失敗したら、ピネガーになるぞ」

「時々味見してるから大丈夫♪」

 と笑って返して………止まった。


「味見って、聞いとらんぞ!」

「言うわけないやんか!」

「だいたいやなー」

 そう言うと、釉葉は手のひらを自分の胸の前で開いて

「こーゆーたらアレやけど、私、平均点は超えてる思うよ。

 そら、90点とか100点満点とは言わんけど、80点はあるって。

 それがこの歳で手つかずやったら、逆になんか病気か、それこそ変な趣味があるみたいやん!」

「……マシタか?」

「は?」

 聞き取れなかった。

「前の職場で仲良かった、山下ゆーガキがいてたやろ。そいつか!」

 前の職場というのは、地元代議士の事務所で、山下はその時の同僚だった。

 それがこの前の総選挙で、突風と逆風が吹いて代議士は落選、事務所も月を超えられず解散した。

 山下が自分に気があるというのは、釉葉もうすうす気がついていたけれども、何のアクションを起こすこともなく、もちろん告白もなく、釉葉から言わせようとしているのに気がついて、したら急にさめてそれっきり。

 別にケンカ別れしたとかじゃなく、そもそもそれ以前の関係だったんで、ケータイにはアドレスが残っているけれども、ぜんぜん連絡を取っていない。

 つか、今まで存在そのものを完全に忘れていた。


「キズの1つ2つは、ええわ」

 努めて冷静を取り戻そうとする父親に

「いあ。さすがに片手は超えとるわー。足の指まで使っ!」

 軽口を重ねていたら、眼前にいきなり刃先が現れて、釉葉は息を呑んだ。

 ステンレスではなくて、鋼。

 刃渡りは20cm程度で、刺身包丁のように見える。

 ただ、やたらと厚みがある。

 マグロを解体するときの刃物を、使っては研ぎ使っては研ぎって何年もやったら、こんな形になるかもしれない。


 あれ?

 ふと我に返った釉葉は、自分が刃物を突きつけられ、しかも刃先がぷるぷる震えているのにもかかわらず、思い切り冷静なことに違和感を覚えた。

 殺気がない?

 さすがに、どんなに怒っても父娘か。

 そのとき、刃物の持ち主、つまり父親はくるりと手首を返し、木製のグリップを釉葉に向けた。

「危なっ!」

 しょうじき、そこにあるのがわかっていて、止まっている刃物は怖くない。

 ただ、プルプルがイヤだったので、つまもうと指を伸ばしたタイミングだったので、思わず声が出た。

「もう、ついた傷はしゃーない。これ以上増やすな!」

「いあ、お父さん。刃物突きつけてそのセリフはシャレにならんて」

「守り刀や!」


「刀?」

 言われてみれば、確かにグリップは、ヤクザ映画に出てくる短刀のようにも見える。

 けど、映画のは、もっと筋とか線とか入っていて、刀っぽい。

 けど、コレはのっぺりしていて、やっぱり包丁のようにしか見えない。

 大陸製の廉価品かな?と思って刃ざわりをたしかめようとしたら

「やから、刃に触るなよ」

 さっき手の伸ばしたとき刃が動いたのは、たまたま父娘で息があったのかと思ったけど、釉葉の指を避けようとして動かしたようだ。

「これ、200万円は下らんぞ!」

「………はぁ?」


 なんでも戦国時代に作られた短刀で、「平造り」というらしい。

 騎馬武者の鎧を貫通してとどめを刺すとかで、「鎧通し」とも言うとか。

 あとは、備前長船がなんちゃら言ってたけど、さっぱりわからない。

 ともかく有名な人の一品物で、プレミアがついて200万円。

「いあ。それ、幸せの壺と一緒で、騙されてるったら!」


「ええから!」

「操を守るため、賊に辱められるくらいなら自ら命を絶つ!それが守り刀や!」

 まて!

 守るのは「操」で、殺すのは「自分」なん?

「私やったら、相手を返り討ちにして、まんまばっくれるかなー」

 父親はまた大きく溜息をついた。

「お父さん、溜息増えとるで。大丈夫なん?」

「原因が知った口叩くな!」

 あ。元気そうだ。

 200万円だかの変な包丁より、父親が元気な方が釉葉は嬉しかった。


 釉葉がJR芦屋駅を降りたのは、夜9時前だった。

 もう少し遅かったらタクシーを使うけれども、今夜はまだ早い。

 初秋特有の、暖かい空気と冷たい風が、歩くのには心地よかったというのもある。

 ただし、釉葉の心の中では、どす黒いものがうごめいていた。


 今日は、三宮で久しぶりの女子会だった。

 高校時代の気の置けない親友達と5人で、センター街を西に抜けた中華街でハメを外して。

「女三人寄ればかしましい」というけれど、5人ともなれば、騒音公害レベルだ。

 ちょっと気取ったレストランなら、つまみ出されてしまうだろう。

 が、中華街では、やかましいくらいが丁度いい。

 中華街で目当ての店とかは特に決まっていないけれども、歩いていれば目星はつく。

「日本語の通じる店」

 中国人の経営する、中国語の飛び交う店は、たぶん本格中華が食べられるんだろうけれども、それが日本人の舌に合うとは限らない。

 日本語の通じる店は日本風にアレンジされていて、高い確率でヒットする。


 そこで高校時代に戻って、時にはシモネタ込みの下品な冗談も交え、大いに騒いだ。

 それからセンター街を東に戻り、ちょっと洒落た喫茶店でアフターティー。

 一転してハイソなマダム気分を味わい、そのギャップにまた笑って。

 日が傾いてきたところでカラオケに行こうとしたら、一人が「子供預けてるんで」って抜けた。

 4人でカラオケボックスに入って、2~3曲歌ったところで、「旦那が帰ってくるから」と、また一人が帰宅を告げた。

 急に場が冷えて、そのまま全員解散した。


「旦那って便利やな!子供って最強やな!」

 釉葉は電車の中で、一人毒づいていた。

 高校時代は自分のことを「ファザコン」とネタにしていた……とは言っても、裏のない冗談なのはわかっていて、だからこそ今でも「友達」なんだけれども、今の自分らは何なん?

 釉葉は「こうなったら私もさっさと旦那とか子供作って、「主人が~」って先抜けしてやる!」と誓いつつ、メドが全く立たないことに落ち込んだ。


 その怒りを保ったまま、釉葉は駅の改札を抜けて、帰途についた。

 そしてしばらく歩くうち、「視線」を感じた。

 見られている?

 つけられている?

 チカンか変質者か……初秋の気候は春先にも似て、変質者のシーズンだ。

 もちろん、変質者は季節に関係なく1年中いるけれども、蠢くにはベストシーズンらしい。

「んー」

 釉葉は肩にかけたバッグの中身をあらためた。

 人差し指と中指がにスマホや財布が触れ、メイクポーチがあって、その下に……って、手の甲にあたる、慣れない布がジャマ!

 布は筒状というか棒状になっていて、ゴツゴツうっとい。

「なんやったっけ?」

 記憶をたどると……「守り刀」だ。

 って、まて!

 返り討ちにして、なんなら一生後悔させてやるつもりだったけれども、この状態でケガをさせたら、通報されたら、たとえ「守り刀」を袋から出してなかったとしても、釉葉の方が銃刀法違反やら傷害罪で逮捕されてしまう。

「なーにが守り刀や!かえって自分が危険や!」


 方針転換。

 まず、ネコを見つける。

 もちろん、都合良くネコがスタンバイしているはずもないけれども、塀の上に架空のネコをイメージし、そこに視線を向けて足を止める。

 手を伸ばして「にゃー」と言ってみる。

 言いながら、足音を探る。

 次は無言で指をクイクイさせつつ、さらに小さい音を探る。

 釉葉はこれで変質者(?)の足音を突き止めることができる。

 コンディションさえよければ、足音のテンポから、相手の歩行ペースはもちろん、自分との距離や相手の身長まで見当がつけられるが、夕方のアルコールと、さっきまでのムカムカのため、メンタル的にベストとはほど遠い。

 まして、役に立たない「守り刀」のため、相手にケガをさせることもできないし、ヒールのついたパンプスで逃げるのも、おそらく難しいだろう。


 足音から察するに、相手は一人。

 固い音がするから、スニーカーじゃなくて革靴だと思う。

 なら、それなりの立場のある人の可能性が高い。

 釉葉は架空のネコに手を振って歩き出し、すぐ手前にあった角を折れた。


 それまで足音は、つかず離れずだったのが、急にペースをあげた。

 やはり自分を狙っていたのか。

 確信した釉葉は、バッグの中に手を入れた。


 人影が角から現れた瞬間。

「ぴろろろり~~~ん♪」

 間の抜けた音とともに、スマホのフラッシュが焚かれた。

 もちろん、撮影もしている。

 万一相手が逆上して襲ってきたら、その時はその時、釉葉も多少の護身術はたしなんでいる。

 もっとも、たいていは。

 変質者はとっさに顔を隠し、駅の方に走り去っていった。

 しょうじき、ほっとした。


 翌日、釉葉は目覚めとともに芦屋警察署の生活安全課に直行した。

 話が話だけに、無駄なけちをつけられるのもイヤなので、黒のTシャツにジーンズ。パーカータイプのベージュのサマーコートを羽織って行く。

 プリントアウトしたスマホの写真を見せて、前夜の顛末を話した。

 カウンターからパーティションスペースに促されて。

 対応した長身の警察官は、少し困った表情を浮かべつつ、

「情報提供で処理しますか?」

「いあいあ!私、被害者!相手変質者やん!」

「ケガとか……もちろん、事件にもなっていませんよね?」

 言われてみれば、自分は限りなく被害者気分だったけれども、実害は受けていない。

 けど、それはそれとして、やたら事務的な対応にもムカつく。

 何とかしてオオゴトにしないと負けた気すらする。

 オーバーリアクションで騒いでいたら、ひょいっと知った顔があらわれた。


「あれ。アンタ何してるん?」

 声をかけられて顔を向けたら、以前三宮署で知り合った警部さんだった。

「警部さんこそ、こんなところで何してるん?」

「警察官ゆーても公務員やし、転勤あるんよ。自分は?」

「私の実家、ここです」

「アンタ、お嬢やったんか」

 それから変質者のことも忘れて、昔話に花を咲かせて。

「アンタの先生、災難やったなー。ま、待てば海路の日和あり、や」

「その前に事務所解散して、私も実家に戻されたけどな」

「たしか……折原さん、やったっけ?今は?」

 姓が変わっていない屈辱を、この数日、連続して味わってる気がする。

「折原釉葉、彼氏募集中です!」

 そう言い捨てて、警察署をあとにした。


 帰宅した釉葉は、多少は冷静さを取り戻していた。

 まず、バッグを開けて、そもそもの元凶となった「守り刀」を取り出す。

 自分なりに調べてみると、クローゼットの中などで保管するのは、防虫剤がサビを招くらしく、絶対にダメらしい。

 サビを招くというと、ベッドの下とかも危険。

 壁に掛けられた絵の裏とかも考えたけど、何かあったときに、あからさまに「隠してます」って場所は、あらぬ誤解を招きかねない。

「あ、そか」

 逆転の発想だ。

 壁から掛けられていた油絵を額縁もろともはずし、額縁の台座になっていた金具を抜く。

 それを自室の入り口ドアの上に取り付けて、そこに守り刀をかけてやる。

 額縁の金具は、近いうちに買ってくればいい。

 これで、部屋の外から来た人には完全に死角になり、なおかつ「隠していない」レイアウトが完成する。


 スマホから、また変質者の写真をプリントアウトして。

 1枚目は「情報提供」で警察に渡してきたけれども、データが残っていたら何枚でもプリントアウトできる。

 町内会で晒してやろうかと、釉葉は考えた。

「アシヤ」はムラ社会で、住民ネットワークは強い。

 たとえ変質者が芦屋に住んでいなかったとしても、関西の中堅以上の会社経営者は多い。

 プリントアウトされた変質者はスーツを着ているし、ネクタイも締めている。

 足音から察するに革靴としたら、サラリーマンの可能性が高い。

 とっさに腕で顔を隠したらしく、残念ながら個人の特定はできないけれども、ウエストや頬の輪郭から察するに、決して若くない。

 なら、会社でもそれなりの地位はあるだろうし、うだつの上がらないヒラだったとしても、ベテランにはなるだろう。

 町内会の社長連中の目にとまれば、たとえ他社だったとしても、それなりの社会的制裁はさけられない。

 確かに今日の警察官が言ったとおり、釉葉に実害はなかったが、変質者の退治は市民の義務だ!


 ピンポ~ン♪

 門のインターホンが鳴った。

 釉葉がリビングに降りて無言でモニターを見ると、男2人組。

 思わず身構えたが、「やあ」という軽い声に、力が抜けた。

 よく見ると、あの警察官と、あの警部さんだ。

「もう何なん。来るんなら来るで連絡してよー」


 玄関まで降りて「G」と記された大きな丸いボタンを押すと、門が開く。

 そこから2人は入ってきて、軽くドアをノック。

「G」の下の、今度は「D」ボタンを押すと、玄関のロックが解除される。

「あけましたー。どうぞー」

「おじゃまします」

 入ってきた2人を応接室に通す。

「アンタ、ほんまにお嬢やってんなー」

 警部さんの言葉に、釉葉は形容しがたい怒りを感じた。


 コーヒーメーカーにお湯と豆をセットしながら釉葉は

「事件になるん?それともボディガードとか?」

 と軽くジャブを放つ。

 あくまで牽制のつもりだったが、当たってしまった。

「しばらく、コイツが身辺警護にこの辺動くから、コイツ見て不審者とか変質者って騒がんといてな」

 そう言って長身の警察官の背中を押す。

 警部は相変わらず薄茶色のくたびれたスーツだが、その警察官は制服を脱ぎ、流行の黒い3つボタンスーツだ。

 一番下のボタンをはずしているのも、ちゃんと流行を押さえている。

「いあ。自分で騒いどってアレやけど、そんなオオゴトなん?」

 このあたりで、連続強姦事件とかは聞かない。

 もちろんふれ回るものじゃないだろうけど、人の口に戸は建てられない。

 が、そんな噂を釉葉は、全く聞いていない。

「オオゴト………かもしれん」

 声を潜めて警部さんがささやく。

「先生の事務所、山下君っておったやろ」

「うん……」

 つられて、つい小声になる釉葉に警部は

「明日の新聞か今日の夕刊でわかる思うけど、その山下君、殺されたんや」

 え……。

 山下とは確かに同僚だったけど、久しく連絡も取ってないし……自分、容疑者?

 動揺する釉葉をどう判断したのか、警部は言葉を続けた。

「折原さんが在職中に、先生のご子息が殺されたやろ。今度は元職員の山下君や。で、次は自分かも知れんって」

「あ………」

 そんな風につないだら、確かに自分もつながると、釉葉は気がついた。

 もっとも、先生のご子息と山下君との死因がリンクしていないのは、釉葉には自信があるけれども、それは黙って。

「先生、落選はしてるけど、今でも県党議連の幹部やん。ちょっとややこしい話になるかも知れん。

 で、折原さんの今朝の話、昨日の夜やろ。ちょっと気をつけなアカンかなって」

「うあ!マジでオオゴトやん!」

「でな。当面の身辺警護はコイツが当たるから。面倒見たってな」

 そのセリフに黒スーツの警察官は椅子からすくっと立ち上がり、腰を直角に折って

「兵庫県警芦屋署。巡査長の吉本です。よろしくお願いします!」

「あ……こちらこそよろしく。座って。んで握手しよ」

 そう言って釉葉は右手を差し出す。

 それを見て吉本巡査長は右手をまず懐に入れ、警察手帳を開いてテーブルに置き、あらためて右手を伸ばしてきた。


 それから、釉葉の近況とか、先生が落選してから事務所が解散するまでの話とか、けっこうドロドロした話も交えて。

 もちろん、こういう話は旧知であり、海千山千の警部が釉葉の相手となり、吉本巡査長はそれをパソコンに打ち込む。

 キータイプ、速い!

 釉葉が見ていると、エンターキーを押して一言、

「中座、よろしいでしょうか?申し訳ありませんが、お手洗いよろしいでしょうか?」

「あ。出て突き当たり右側です」

「ありがとうございます。失礼します」

 そう言って部屋から出て行った。


「どや?」

 警部が声を潜めて釉葉に問いかける。

「どや?って?」

「あいつ、独身なんよ。アンタが署でアホなこと宣言して、それでこの事件やろ。

 アイツ、絶対自分が行きたいってゴネて……俺がオマケや」

「あ………」

 若手警察官は、ベテランとペアを組んで現場を覚えるのが基本だ。

 普通はベテランが引っ張っていくけれども、若手の方に強い希望があれば、それも無視できない。

 釉葉は自分が芦屋署で口にしたことを振り返って……赤面した。

「マジっぽい?」

「まんざらでもない、でええか?」

 そう言って警部はニヤリと笑った。


 そのあとのやりとりを釉葉は、正直覚えていない。

 警察官だから、何か格闘技の有段者のハズなのに、指が細いこと。

 普段はコンタクトレンズをつけているけれども、パソコンを使うときは専用メガネをつけること。

 オフの日はコンタクトじゃなくてメガネで、オンラインゲームで1日潰してしまうこと。

 さっきの警察手帳から、釉葉の方が1つ年上にはなること。

 そして、彼女募集中、と。

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