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クリュスタルス(読み切り)  作者: 白ポッポ
5/10

閑話休題

「全くびっくりしたよ。ダイヤがあんなに強かったなんてさ」


 パールはニャハハと笑いをこぼしながらダイヤを見た。


 そのダイヤと言えば、パールを無視してサファイアとパールからおごってもらったイチゴミルクを飲んでいた。


「いや、マジで助かったよダイヤ」


 感動の涙でダイヤにお礼を言うサファイアがそこにいた。


 三人がいるのは、ダブルガーデンの中でも景色は良いが、寮や校舎から遠いということであまり人が寄り付かないカーテンヒルと呼ばれる丘だ。


 ブラックを切れ味の悪い訓練用の剣でダイヤが倒したことはあっという間に広まり、ブラックの不祥事も兼ねて問われることになったダイヤは、このカーテンヒルに逃げてきたというわけだ。


教師からの質問攻めにはパールやサファイアが対応してくれたが、噂を聞き付けた学生たちにはそうはいかなかった。


 このカーテンヒルは、その特性から元々ダイヤが授業をサボるために利用していた事もある丘だ。最も、そんなことはすでにパールに見破られているので今ではこうして、ただ人目を避ける場所となっている。


 一面草原や花で覆われ、丘の下には校舎が見える。空は青く澄んでおり吹き抜ける風は心地よい。その自然に自然と小鳥が集まってくる。


「イチゴミルク、うめぇな」


 ダイヤは満足そうにイチゴミルクを飲んでいた。


「ダイヤ、お前はブラックの事怖くなかったのか?」


「ん?全然」


「そうか、……強いんだな」


「強い?それは違うぞ。相手が弱いんだ」


 威張るわけでもなく、自信があるわけでもなくただ事実を述べるように言った。


「でも、ダイヤが『武術』で手を抜いたことはこれで証明されたね」


 そう、ダイヤの戦闘は鬼人の如き強さでブラックを圧倒していた。その強さは一般の人が持てるような強さではなかったのだ。


「なんで、手を抜いたの?」


 武術の成績は、学校の成績に大きく影響する。その為、普通は皆鍛錬し全力を尽くすのだ。そう、普通なら。


「だって、面倒じゃねぇか」


 サボりからも分かるが、成績云々に興味の薄いダイヤは周りからどう思われようが、自由に生きているのだ。


「でもすごいよ、俺もそれくらいの強さがあれば……」


「あれ?サファイアは成績五の保持者だよ。なんでそんなに強さを欲するの?」


「ああいや、ここは正確に言うと『強さ』より『勇気』だな。俺、臆病だからさ。でも、こんな逃げ回る自分が嫌いなんだ」


 サファイアは未だに恐怖を思い出し震える手を握り締めた。


「お前、どうしてそんな憶病なんだよ」


「臆病なのは生まれつきさ。俺さ、幼馴染がいるんだ。同い年の女の子なんだけどさ。小さいころからよく遊んで。そいつは俺よりも喧嘩が強くて、でも優しくて、いつも俺を守ってくれていたんだ。俺は、いつかそいつを守ってあげる側になりたい、そいつよりも前に立ちたいと思って頑張ったんだ。でもさ、この性格だろ?そいつが何より俺の敵になったんだ」


「どういうこと?」


 パールは不思議そうにサファイアの顔を見た。サファイアは遠い過去を見つめるかのように目を細め、苦虫を噛み潰したかのような顔をしていた。


「俺の国はもともと『槍の国』だ。今では『剣の国』に占領されたことは知っているよな?」


 頷く二人。パールは真面目に聞いているが、ダイヤは相変わらず半分興味を示さず聞いている。だが、それでも十分に濃い反応を示すのを確認しサファイアは続ける。


「占領されたのはつい三年ほど前の事だよ。それまでは独自の武術で戦争はしつつも普通の市民は平和に暮らしていた。先進国までとは言わないが、それなりに豊かな暮らしだったよ。

それがあいつらが急に襲撃してきて急変した。最初は槍の国の軍が交戦していたけど、途中で突破されて街まで侵略されたんだ。俺はその頃十四歳で志願さえすれば軍に入れた。

でも、俺は志願せず街に残っていた。だから、あの悲惨な光景は脳裏に焼き付いてるよ。押し寄せてくる敵の数に俺は迷わず逃げようとしたんだ。その幼馴染と一緒にな。

でもさ、隠れて避難していた途中、1人の剣の国の兵士に見つかったんだ。その時、俺は……戦うことができなかった。怖くて足がすくんで、涙が出てきて、人に傷つけられるのも傷つけるのも嫌で動けなかった。

今考えても情けねぇよ。そんな俺の横でさ、幼馴染のあいつは勇敢に兵士に戦いを挑んだんだ」


 攻め入られた街は変貌する。建物は焼かれ、死体が転がり、悲鳴が絶え間なく聞こえ、熱気と異臭、いつ自分が殺されるのかという恐怖心が襲いかかる。そんな中でのやり取りを想像し、パールは固唾を飲み込んだ。


「で、どうなったの?」


「あいつは……敵兵と刺し違えた。そして、今は……植物状態だ」


 サファイアの発言にダイヤもパールも表情をこわばらせた。そのサファイアは噛み切りそうなほど下唇を噛みしめている。その眼には涙を浮かべ、真っ赤に充血させている。その涙をぬぐい、サファイアは続けた。


「医者や周りの人はもう死ぬだろうって。でも、俺はあいつが目を覚ましてくれると信じている。また一緒に笑ってくれると信じている。そして、謝りたい。で、もうあんな無様な姿は見せたくない。あいつの前であいつの為にあいつを守って戦いたいんだ」


 その眼は決意の灯火に満ちていた。サファイアは空を見上げる。青空をゆっくりと積雲が流れ、所々に影を落とす。だが、その合間から差し輝く光はサファイアを照らしているようにもみえる。


「サファイアは、その子の事が好きなんだね」


 パールは茶化すわけでもなく、自然にまじめに聞いた。その表情に苦笑いしながらもサファイアは頷いた。


「そのためには、ブラックごときで逃げるわけにはいかねぇよな」


 空気を読まず、ダイヤはその場の空気を一蹴した。これには普段は冷静な委員長キャラを通そうとしているサファイアも流石にあたふたしていた。


「しょうがないだろ!あいつは特別なんだよ。だいたい……」


「で、パールは何かあるのか?そういう目標とか夢とかさ」


「って、人の話聞けよ」


 もうサファイアからは興味が無いと、話し相手とパールに切り替えた。


「おっと、ダイヤからそんな発言が出るなんてびっくりだね。どんな風の吹きまわし?嵐でも来るんじゃないかな?あの目標とか夢なんて一番興味無さそうな君がそんなこと聞くなんてさ」


「確かに興味はないが、暇つぶしにはなると思ってな。ここは一つ、笑わしてくれよ」


「あー、やっぱりひどいな。でもいいや、今日はダイヤが一応授業に出てくれて機嫌が良いからね」


「あれは授業に出たことになったのか?」


 ダイヤの中では、ただ暴れて喧嘩して、教官や学生たちから質問攻めを受けた記憶しかなく、授業を受けたという記憶はない。そもそも、到着したときには担当教官が血祭りにあげられていたのだから、授業どころではなかっただろう。


「良いの良いの。あの場所にいたということが大きな進歩なんだから」


「俺はそんなに問題児だったのか?」


「そうだよ、自覚ないの?」


「……話、続けてくれ」


「自覚はあるんだね」


 ニャハハと笑いをパールはこぼした。その笑顔は本当に楽しそうにこの空間を過ごしている事を表していた。


「で、ボクの目標ね。そうだね、この場合夢の方が近いのかな」


「どっちでもいいよ」


 ダイヤはくどいとパールに釘をさす。


「はいはい。じゃ結論から言うと『みんなと友達になること』がボクの夢かな。こら、そこの二人、笑いを堪えない」


「笑うな、じゃないんだ」


 サファイアはパールの発言に腹を押さえながら突っ込む。ダイヤはしばらく顔を逸らしたかと思えば、いつものしかめっ面をして戻っていた。その口端時々ヒクヒクしており、笑いを堪えていた。


「良いんだよ、こんな発言したって笑われるのは分かっていたさ。でも、ボクの夢であることは変わらない。人に笑われようが、ボクは、ボクの意思は変わらないよ」


「どうしてそんなことを思うんだ?」


 パールのまじめな表情を見て、笑うことを止めたダイヤが聞いた。


「ボクは戦うことが嫌いだ。ボクは弱いし痛いのは嫌だ。それ以上に痛みや悲しみ以外生まない戦いが嫌いなんだ。それならさ、みんなが友達になれば戦う必要もなくなるでしょ?」


「果てしなく非現実論だな。そんなこと、できない。できるわけがない」


「だから『夢』なんだよ」


 あまりにも歯の浮くような甘いセリフに、ダイヤは表情を曇らせた。いや、その夢沢山な発言に殺気すらも放っている。サファイアは良い案だとは思いながらも、その夢いっぱいの台詞には同意の表情ができない。


「叶うはずが無い」


 ダイヤは冷たく、蔑むかのように一蹴した。でも、パールは表情を曇らせない。むしろ余計に笑顔を輝かせた。


「そんなことないよ。ほら」


 パールは二人の手を取って、己に引き寄せた。


「こうやって三人でいて、楽しいでしょ?嫌な気持ちはしないでしょ?だからボクたちはこれから『友達』だよ」


 その曇りのない笑顔に二人は思わず拍子抜けた。サファイアは笑う。


「俺は、元から友達と思っているけどな」


「うん、ボクもだよ」


「俺は……」


「はいダイヤ、そこで否定的な発言をしない。もう、こうして過ごしている時点でボクにはわかっているんだ」


「イチゴミルクに釣られただけ……」


「そんなことは関係ないよ。だって、ボクが友達と決めつけたんだからさ」


「そんなことでいいのか?」


「良いんだよ。友達なんていつの間にか、なっているもんだよ。ボクは君と一緒に過ごす時間が一番長いしね。なんなら『仲間』なんて言っても良いかも。こうしていくうちに友達が増えて戦争が無くなったら……」



「くだらねぇ」



 己の発言にはしゃぐパールを貶し、ダイヤはその場に立ちあがった。


「あっ、待ってダイヤどこ行くの?」


 制止を聞かず、カーテンヒルを下る道へと入る。


 慌ててパールが止めようとするが、その伸ばした手は、声は、ダイヤに届かない。ダイヤは無言でカーテンヒルからゆっくりと影を消した。


 ダイヤの姿が見えなくなり、残されたパールはしゅんと表情を崩す。


「ボク、やっぱり人に嫌われるのかな?」


「? 心配するな、ダイヤも照れているだけだよ。あいつは『孤高』なんだよ」


「そうかな?ボクにはどうしても『孤独』に見えるよ。ボクの勘違いなのかな?」


「おいおい、あいつは一人で何でもできてしまうタイプだぞ。群れるのが嫌いな奴なんてどこでもいるじゃないか」


何とか慰めようとサファイアは言ったが、二人の間には何とも言えない虚しさが支配した。

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