パール
午後の授業。武術。
ダブルガーデンでは体育の代わりとして導入されているそれは、各国の武器の扱いや武道を教育する授業だ。他国の武術を学ぶことにより、国境を超えた文化交流をすることをサブに教育機関や政治家が考えた授業だ。
だが実際は、どの武術も基礎ばかりで奥深い技術は国家機密とされ教育されていない。また、授業の息抜きのような時間であるはずなのに、学生はいざという時に己の武術を磨くような時間になっている。
そのためか、教師は学生が面倒事を起こさないように見張ることが一番の仕事になっていた。
だが、それも今日は違った。
ダイヤ達が到着したときには、いつもは鬼のような形相と怒声で威厳を放つ教師は顔面にブラックからアイアンクローを入れられていた。
宙に浮きながらも必死に両手足でもがきながら。
「だからよ、先生。今日はちょっと遊びたいんだって。だからそのちょっとだけ、目を瞑るもとい、目を潰していてくれねぇかな?」
歪んだ笑顔で体育の担当教師に問いかけるブラックの手に増々力が入る。
教師の痛覚に堪える呻き声と、時々聞こえる骨の軋む音で周囲の生徒は青ざめ、絶句している。
教師は何かブラックに訴えるかのように口を幾度か動かすが、やがて力尽き手足もただ錘の様にぶら下った。
「そうかい、ありがとよ先生。我儘を聞いてくれる先生は好きだぜ。なんでも注意することだけが教育じゃないよな。たまには生徒の自主性を尊重する時も必要だ」
目ん玉くり抜くのは勘弁してやると、高笑いしながらブラックはゴミでも捨てるかのように教師を投げ捨てた。
「あいつ、無茶苦茶すぎるだろ……」
「……」
突然の状況に蒼白するサファイアと、特に無関心だという態度を保つダイヤ。
「先生の様子は?」
「大丈夫気を失っているだけみたいだ」
「保健室に運ぶ準備をしろ」
「厳龍寺先生に知らせた方がいいかな」
「待て、これ以上状況を悪化させる気かよ」
「じゃあ、この状況どうするんだよ」
始めから一連のやり取りを見ていた学生たちは、騒ぎ出した。だがその中で誰も、ブラックを自分で止めようなんてバカはいなかった。……唯一人を除いて。
「ブラック、何やっているの?」
決して低い声ではないが明らかに怒りの色をまとった声を発したのは、この場で誰よりも弱いであろうパールだった。
その声に反応して、振り向いたブラックの顔は嬉々としていた。
「ようやく来たかお前ら。おら、早く遊ぼうぜ」
「なんで、先生に暴行を加えたの?」
「あん?これは暴行じゃねぇよドちび委員長。お願いだよ、お願い」
「こんなのがお願いなわけないだろ!」
「待て、パール。それじゃ思うつぼだぞ」
怒りのあまりに我を見失いかけていたパールを、端で様子を見ていたサファイアが静止した。
「どうかしたか腰抜け」
「ブラック。お前の安い挑発には受けないよ。どうせ、俺やパールとのバトルがなかなかできなくてこんな状況を作ったんだろ?見え見えすぎて笑えてくるわ。しかも、本心は武術の成績の良かった俺とのバトルを希望しているんだろ。他の成績の五保持者に陰で勝負を挑みまくっているのは噂で聞いているぞ」
最近ダブルガーデンでは、武術の好成績者が怪我人となって医務室に運ばれる事件が相次いでいた。
だが、どの人も誰にやられたか口を割らず、捜査は容疑者は出るが、そこから先進むことは無かった。
「確かに、いつもコソコソ逃げている奴の逃げ道を断つことではあるが……、サファイア。一つ勘違いしているぞ」
ブラックはパールに向けて意味深な視線を送る。
「俺はそこのチビ委員長にもちゃんと興味があるぜ」
「え、こんなやつに?」
ブラックの言葉に、意表を突かれたサファイアは思わずパールを見る。
普段なら「バカにするな」と反抗してくるパールだが、なぜかその表情はひどく曇っていた。
「さ、前座は終わりだ」
ブラックは、武術に使用される訓練用の剣を抜く。その表情は嬉と楽に満ちていた。
「ケンカ、しようぜ」
その瞬間、パールとサファイアはブラックから放たれた殺気に身震いした。
殺気は彼らの身を突き抜け、縛り、支配した。それが、仇だ。勝負というものは常に油断し、気押されたものが負ける。
「何だ、こんなものか腰抜け」
サファイアが気付き、己の槍を出そうとしたときにはブラックの獲物はすぐ目の前に来ていた。
すでに時遅しと、気付いたサファイアには絶望、後悔、失望…様々な感情が襲った。
周囲もサファイアがやられることを感じ、ある者は目をそらし、ある者は食い入るように見、又ある者は止めに入ろうとする者がいた。
空気がざわめいた。
しかし、ブラックの剣が奏でたのは肉や骨を断つ音ではなく、高い金属音だった。
「なんだ、お前は」
「戦意喪失した奴を相手してもなにも面白くないだろ。仕方なしに相手してやるよ」
突如、サファイアとブラックの間に姿を現したのは先程まで後ろで成り行きを見守っていたダイヤだった。
その手には、ブラックと同じ、訓練用の剣が握られていた。
普段はダイヤの活気のない瞳は、光が宿り輝いていた。
「ダイヤ、お前……」
「勘違いすんじゃねぇよサファイア。俺はただ、俺がやりたいことをしているだけだ」
その表情はブラックと同じくらい嬉々とし、決してサファイアを助けたわけではないことを物語っていた。
闘争欲。
それが、今ダイヤを支配しているものだ。
「まぁいい。どこのどいつか知らないがお前のその眼、サファイアよりは楽しませてくれそうだ」
いつの間にか戦闘から離れ、安全圏に出されたパールは「本当は、同じクラスなんだけど」と心の中で呟いた。
その後、ブラックは気を失い医務室に運ばれることは誰も予想できなかった。